日本経済はバブル崩壊以降、低迷を続けており、2024年の経済成長率は0.7%と1%を下回ることが予想されています(世界銀行「World Bank Open Data」)。近年は、長きにわたるデフレからインフレへの転換がみられる一方、賃金上昇が追いついていないことが景気回復の課題となっています。長期的な観点からは、高齢化とそれに伴う労働力不足が経済成長の大きな阻害要因になると考えられます。
建設業界をみてみると、日本の建設投資額は、ピーク時である1992年の約84兆円から2011年には約42兆円まで落ち込みましたが、その後、増加に転じ、2023年の推計は約70兆円となっています(国土交通省「2023年度建設投資見通し」)。この回復傾向に大きな壁になると考えられるのが、やはり高齢化と労働力不足です。
国土交通省の報告によると、日本の建設業の労働者は、他の産業に比べて55歳以上の割合が多く、29歳以下の割合が少ないことがわかっています(国土交通省「建設業を巡る現状と課題」)。また、建設業界では長年にわたり人材の確保が非常に困難な状況が続いています(国土交通省「建設労働受給調査」)。その背景に熟練労働者の高齢化による離職の増加があり、さらにバブル期に入社したゼネコンのベテラン技術者の定年退職も迫っている状況です。
そうしたなか、2024年4月1日に建設業においても、時間外労働の上限規制が適用を開始されました。これにより人手不足に拍車がかかり、工期の延長や費用の増大につながる「2024年問題」が懸念されています。
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次に、アジアの他の国と比べた日本の現在地についてみていきたいと思います。AutodeskがDeloitte Access Economicの協力のもと行った調査から、他国に比べ日本の建設業界では事業収益の伸びが弱いことが明らかになっています(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
この調査は、アジア太平洋地域のなかから6カ国(日本、オーストラリア、シンガポール、インド、マレーシア、香港)に本社がある建設・エンジニアリング企業933社を対象に行われました。その結果、日本の2023年の収益成長率は3%に留まり、2024年は8%と予測されています。これは6カ国中で最も低い成長率です。収益成長率が最も高いのはインドで、2023年が25%、2024年の予測が17%でした。2024年はすべての国が二桁の成長率を予測されているなか、日本のみ一桁の予測となっています。
また、雇用についても、日本の建設業界の弱さが目立ちます。2023年に日本の建設業が生み出した雇用は48万5,000人であり、これは全雇用の6%にあたります。一方で、オーストラリアでは130万人以上の雇用を生み出しており、マレーシアでは建設業の雇用が全雇用の14%を占めていました。また、日本では非正規雇用が多いという不安定さも指摘されています。
高齢化と労働力不足が進行する日本が経済成長を遂げていくためには、生産性の向上が不可欠であり、そのために日本政府はDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を企業に働きかけています。しかし、この点においても日本の建設業界は出遅れています。
前出の調査において、日本の建設関連企業が利用しているデジタル技術は平均で2.9種類でした。これは6カ国のなかで最も少なく、デジタル技術を最も多く導入しているインドでは、7.5種類にのぼりました(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。この要因として、日本の建設会社は中小企業の割合が多いこと、設計や施工管理にはデジタルツールを使っても、現場作業はいまだ手作業に依存していることなどが挙げられます。
さらに、この日本の建設業界のDX化の遅れは、今後も簡単には解消されずに続くものと考えられます。なぜならデジタル化への投資が十分でないからです。前出の調査で、日本の新しい技術への支出割合は14%に留まっており、こちらも6カ国中で最低となっています。新しい技術への投資を最も多く行っているインドでは28%であり、日本の倍にあたります。新しい技術に対する投資の姿勢は、現在の導入状況とほぼ一致しているのです。
一方で、デジタル技術を効果的に取り入れている日本企業では、収益率も他国と同程度であることがわかっています。例えば、建設ロボットによる工事の自動化に力を入れる清水建設株式会社では、1人の作業員が複数のロボットを操作できるテクノロジーを導入し、生産性の大幅な向上を実現しています。
日本はまだデジタルアダプション(導入したデジタルツールを効果的に活用できている状態)の初期段階にあるといえます。このデジタルアダプションの拡大を阻む最大の障壁として、日本の建設会社が最も多く挙げたのが「テクノロジーにかかるコスト」でした。その次に「スキル格差」と「デジタルスキル/能力に自信がない」が続き、デジタルスキルの不足が課題となっていることがわかります(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
コストについては、日本のインフレ率は今後も2%台で推移するとみられていることから、コスト圧力はさらに強まると予想されます(国際通貨基金「World Economic Outlook Database April 2024 Edition」)。しかし、現在のビジネス環境で成長し、企業を存続させていくためには、デジタル化への投資は不可欠であり、そのメリットに目を向けるべきです。
デジタル化のメリットについては、次項で詳細を述べますが、デジタル技術を導入することで、生産性向上、コスト削減、品質向上、安全性向上といったさまざまなメリットが得られます。初期投資には確かにコストがかかりますが、長期的にみれば、得られる収益の伸びがそのコストを上回ると考えられます。 また、日本政府は「中小企業省力化投資補助金」の対象に、建設DX関係の製品を新たに追加し、支援していく方針を明らかにしています(日本経済新聞2024年5月29日付記事)。日本政府はDX推進を掲げて補助金や助成金を複数用意しており、こうした支援制度の活用によるコスト削減を検討するのもひとつの方法です。
次に、デジタルスキルの不足も、日本において特に重要な課題といえます。日本の建設業者は多くを中小企業や個人事業者が占め、さらに現場の高齢化が進んでいるからです。デジタル技術を導入する際には、従業員が使いこなせるように企業側がサポートする必要がありますが、日本ではスキル不足が障壁と認識しているにもかかわらず、解消のための策を講じる企業が少ない現状にあります。アジア太平洋地域ではデジタルスキル不足への対応として、労働者を新規採用する企業が75%、既存の労働者のスキルアップを図る企業が80%であったのに対し、日本企業ではそれぞれ58%と66%でした(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
デジタルスキル不足への具体的な対策として、デジタル技術に長けた人材を中途採用する、デジタル化推進のためのリーダーや専任組織を設置する、デジタルスキル習得に対してインセンティブをつける、デジタル化のパートナー企業が提供するeラーニングや講習会を受講するなどが挙げられます。特に、従業員のスキルアップと継続的な教育はDX化において必須の取り組みといえるでしょう。
人手不足が深刻化するなか、品質と安全を確保しながら、収益を上げていくためにはデジタル技術の導入が欠かせません。建設業でデジタルアダプションを推進することには、次のようなメリットがあります。
BIM(Building Information Modeling)やAI、ドローンや3Dプリンターなどのデジタル技術を活用することで、設計・施工・管理業務の効率が大幅に改善され、生産性が向上します。
作業の自動化と業務の最適化により、無駄な作業や手戻りが減少し、コストを削減できます。デジタルデータの共有が進むことで、コピー代や書類の保管スペースなどのコストも抑えられます。
BIMで設計と施工の連携がスムーズになり、3次元データの活用により施工の精度が上がることでミスが減り、品質向上につながります。また、データに基づく分析により課題を事前に発見し、対策が立てやすくなります。
ドローンやセンサー、AIを活用した遠隔監視や危険予知が可能になり、労働災害のリスクを低減できます。
デジタル化による無駄の削減や施工の最適化によりエネルギー消費が抑えられ、環境に優しい建設が実現できます。
過去のプロジェクトのノウハウや失敗事例、豊富な知見をデータベース化することで、熟練技術者の豊富なナレッジを後進に引き継ぐことができます。
日本の建設業界はデジタルアダプションの初期段階にあり、改善の余地が大きいと考えられます。これは裏を返せば、デジタル技術の導入を加速させることで、収益率の大きな向上が期待できるということです。人手不足といった課題への対処のみならず、収益率の向上、近年ますます重大なテーマとなっている持続可能性の観点からもデジタルアダプションの推進が有効です。
*Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」は、必要事項を記入の上、こちらからダウンロードしていただけます。ぜひご活用ください。
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