日本の建設業界は、デジタル化による業務の革新が急務となっています。国土交通省では、「i-Construction(アイコンストラクション)」と題して、建設現場のデジタル化を推進しており、2040年度までに3割の省人化、つまりは生産性の1.5倍向上をめざしています(国土交通省「i-Construction 2.0~建設現場のオートメーション化~」)。
こうした国を挙げた取り組みの背景にあるのが、深刻な労働力不足です。高齢化にともなう労働人口の減少、そこへ若年層の建設業離れが重なり、建設業界では年々、人手の確保が困難になっています。さらに2024年4月には、建設業においても時間外労働の上限規制が適用を開始されました。これにより、一人当たりの労働時間も減少することから、工期の延長や費用の増大につながる「2024年問題」が懸念されています。
労働力不足が避けられない状況で、建設業界が持続的に発展していくためには、BIM(Building Information Modeling)やAI、ドローン、ロボット技術などを活用し、生産性の向上を図る必要があります。
また、日本は「災害大国」ともいわれ、地震や台風、豪雨などの自然災害に頻繁に見舞われます。近年は気候変動の影響から、その被害が激甚化しています。自然災害の予知やシミュレーション、リスクを考慮したプロジェクト管理、災害発生後には速やかな復旧作業が必要であり、そのためにもデジタル技術の導入が有効です。
建設業界におけるデジタルアダプション(導入したデジタルツールを効果的に活用できている状態)は、効率化だけでなく、安全性向上やリスク回避のための重要な取り組みともいえるのです。
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国を挙げてDX(デジタルトランスフォーメーション)化が叫ばれる一方、日本の建設業界のテクノロジー導入率は、他国に比べて低いことがわかっています。Autodeskでは2024年、Deloitte Access Economicの協力のもと、アジア太平洋地域のなかから6カ国(日本、オーストラリア、シンガポール、インド、マレーシア、香港)に本社がある建設・エンジニアリング企業933社を対象に、デジタル化についての調査を実施しました(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
そのなかで、16種類のデジタル技術について、現在の導入状況を尋ねたところ、日本は2.9種類であり、6カ国のなかで最も少ない結果となりました。6カ国の平均は5.3種類であり、最も多いインドでは7.5種類にのぼります。
では、DX化が遅れている日本の建設業界において、デジタルアダプションを実現するためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。ここでは、デジタルアダプション実現のために有効な5つのアクションについて解説します。
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まずお勧めしたいのが、DXの段階的な導入です。DXプロジェクトでは、新しいデジタル技術を小規模で試験的に導入する段階と、組織的に本格導入する段階を分けて考え、その移行戦略をあらかじめ計画に盛り込んでおくことが重要になります。
ある調査によると、DXプロジェクトの70%は、計画の不備が原因で失敗に終わっています。よくある失敗例として挙げられるのが、「従来のシステムから新しいシステムへの完全な移行ができない」ことです。従業員に新しいデジタル技術について周知し、その効果的な活用方法を教育できていないことが、失敗の一因となっています。
この従業員への周知・教育は、DX化の成功に不可欠なステップです。にもかかわらず、このための予算がもともと組み込まれていない、あるいはコスト削減の対象となってしまうケースが少なくありません。DX化の成功の鍵を握るのは、組織全体のデジタル戦略を策定し、そのための予算を確保しておくことです。あらかじめ本格導入の際にかかるコストを確保しておくことが求められます。これができている企業は、できていない企業に比べ、デジタル技術導入数が4.3種類多いことがわかっています(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
組織のデジタル戦略を立てるのと同時に、DXプロジェクトの先頭に立つリーダーを選んでおくことも、DX成功の重要な要素です。
導入したデジタル技術が従業員に定着するデジタルアダプションの状態に至るには、一定の期間が必要になります。特に、本格稼働に向けたフェーズでは、予期せぬ課題の発生などで想定以上に時間がかかり、DXに対する従業員のモチベーションが低下することがあります。そんなとき、DXのビジョンやプロジェクト継続の必要性を一貫して発信するリーダーがいれば、疲労感の軽減や士気の向上につながります。
また、DX化では自社の業務に最適化されたシステムの構築が重要になります。そのためには、試験導入や導入初期の段階で、従業員の要望を集約し、ソフトウェアベンダーにフィードバックする必要があります。情報の拠点となるリーダーを配置することは、組織全体のベストプラクティスを導き出すためにも有効です。企業には、DXを牽引するリーダーを積極的に発掘し、その活動をサポートする姿勢が求められます。
デジタルアダプションの障壁として、39%の企業が「コストの問題」を挙げています(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。新しいデジタル技術を導入するには確かに初期投資が必要になりますが、将来的に生産性向上やコスト削減といった効果が投資額を大きく上回ることが期待できます。この初期投資の妥当性を証明するために、投資対効果(ROI)を明確にすることが重要です。
しかし、大規模な建設プロジェクトでは、DXへの投資以外の要因がプロジェクトの成果に影響を与えることが考えられ、ROIの見積もりが困難です。また、新しい技術を導入し、従業員が十分に慣れるまでに、ある程度の時間を要するという問題もあります。試験的な導入段階でその効果が十分に把握できなければ、さらなる投資に踏み切れなくなる可能性があります。
そこで、投資の正当性を適切に評価するために、新しいデジタル技術の導入前後で複数の成功の指標を測定しておくことをお勧めします。例えば、業務効率の改善度、コスト削減効果、収益の向上などです。ただし、これらの投資効果が明確な数値として現れるまでにも、やはりそれなりの時間がかかります。収益への反映が正確に評価できるようになるまでは、従業員の使用状況や満足度といった広範な指標を補足的に活用するとよいでしょう。
DXの成功には、パートナー企業との本質的なコラボレーションが不可欠です。デジタル技術の進歩はスピードを増しており、特にAIのような革新的な技術に自社で適応するのは難しくなっています。専門のテクノロジープロバイダとの戦略的な提携が必要であり、パートナー企業を選定する際には、業界に対する深い理解と豊富な知識をもったベンダーを選ぶべきです。そうすれば、企業が抱える課題に対し、効果的な解決策を見つけて前に進める良き伴走者になってくれるでしょう。
また、継続的なサポートが提供されるかどうかも重要な要素です。なぜなら、DXはデジタルツールを取り入れることが目的ではなく、従業員がそのツールを適切に活用し、業務を改善することが目的だからです。そのためには、従業員が導入したツールの知識をもち、使い方を理解していることが重要であり、教育やトレーニングを継続的に提供できる企業を選ぶことが、デジタルアダプションへの近道となります。
AI は今後、建設業でも一般的に使用されるようになると予想されます。前出の調査でも、94%の企業がAIのビジネスへの導入を見込んでいることがわかっています(Autodesk「建設業界におけるデジタルアダプションの現状 2024」)。
AIを使えば、新しいプロジェクト提案をゼロから作成する必要はなく、過去の同様のプロジェクトの材料や価格設定を利用することができます。導入にあたっては、オープンソースのAIツールを使用するよりも、過去のプロジェクト等の社内データを用いてトレーニングし、カスタムの AI モデルを構築するほうが、業務の大幅な効率化が行えます。
AIツールの急速な進歩と普及を考えると、その導入は建築業界でも差し迫った課題となっています。まずは自社のビジネスが AI に対応できているかを確認することが重要であり、具体的には、AIに関するスキルをもった人材が確保できているか、AIが効果的に機能するのに必要なデータの収集・管理・分析の仕組みがあるか、AIを運用するための技術的基盤(ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなど)が整っているかを見直しておきましょう。
DX化が遅れている日本の建設業界が、デジタルアダプション実現のためにとるべき5つのアクションを紹介しました。
すべてのプロジェクトには、ビジョンと戦略、それを発信する強力なリーダーが必要です。DXプロジェクトではそれに加えて、業界に対する深い理解をもち、デジタル技術の教育にも貢献するパートナー企業と提携することが成功の鍵を握ります。特にAIの導入は多くの企業にとって喫緊の課題となっていますが、進歩の著しいこの分野に自社のみで対応することは難しく、AIの効果を最大限に引き出すためにも、AIに精通したアドバイザーが必要です。
DX化は新しい技術を導入したから終わりではありません。自社ならではのシステムを構築し、新しい技術を従業員に定着させるために、是非この5つのアクションに優先的に取り組んでみてください。