我が国の製造業の未来を担うエンジニアの人材育成に求められる教育とは

はじめに

かつて、世界をリードした日本のものづくりは、いまやグローバル競争の中で厳しい状況に置かれています。その背景として、変化激しい市場環境への対応力や、イノベーティブなテクノロジーを開発する力、そしてデジタル・トランスフォーメーションへの対応の遅れが挙げられます。

 

この状況を打破するため、今、多くの製造業企業では、さまざまなデジタルツールを駆使し、効率的で生産性の高いデザインができる「デジタル人材」を求めています。

 

本稿では、日本の製造業が直面する課題と、製造業で起きている変化、そして、企業が求める人材像に対し、大学をはじめとする高等教育機関が取り組むべきことについて解説していきます。

 

「2024年版 デザインと創造の業界動向調査」レポート

日本の製造業が直面する課題

日本の製造業が置かれている厳しい状況の背景には、急速に変化する市場環境に対する状況適合力、すなわちレジリエンスの不足があります。

この数年においても、世界規模でのパンデミックや地政学的な混乱によって、社会・経済に大きな影響が出ていますが、諸外国、特に欧米諸国と比較して、日本はその対応に苦慮している企業が少なくありません。

ここに一つの数字があります。Autodeskが世界の産業界のリーダー5000人以上に調査を実施した結果をまとめたレポート、「2024年版 デザインと創造の業界動向調査」によれば、グローバルにおいて「予期せぬ変化に対応する準備ができていると考えている」企業は73%に及び、昨年から14ポイント上昇しました。この数字が意味することは、世界中の多くの企業がこれまでにない課題について、着々と対応策を練っている自信の表れと言って良いでしょう。

ところが、日本企業はこの質問に対し、その割合はわずか 44%に過ぎません。

その主な原因として、デジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れと、それを推進するデジタル人材の不足が挙げられます。多くの企業が社員のデジタルに対するスキルアップの重要性を認識しているものの、そもそもデジタル人材の少ない社内において、その人材育成には多くの課題があり、十分な成果を上げられていないのが現状です。

変貌する設計開発の現場

一方、特に2000年代に入り、製造業を取り巻く環境は急速に変化しています。製品のライフサイクルは短期化する一方で、設計に求められる要件は複雑化しています。コスト削減やサステナビリティへの配慮など、相反する要求を同時に満たすことが求められる中、従来の発想や手法だけでは対応が困難になっています。

 

テクノロジーの進化により、20~30年前では簡単にできなかったコンピュータシミュレーションや3Dプリンタによるプロトタイピングが、現代の設計開発現場では当たり前となっています。

 

さらに、少量生産品の製造では、3Dプリンタで出力されたものが製品として出荷されるということも始まっています。このように、いわゆるインダストリー4.0のものづくりの世界では、デザインとプロダクションの境界線が曖昧になりつつあります。

「製造業の未来」

今、製造業が求めるエンジニアの人材像とは

このような状況にある製造業において今後必要とされるのは、従来の「機械エンジニア」や「製造エンジニア」「機械オペレーター」など専門領域が限定的なエンジニアではありません。デジタル技術を駆使して「設計」から「解析」、「試作」、「製造」まで担うことができるエンジニアの役割です。

では、デジタル人材に必要とされるスキルとはどのようなものなのでしょうか。Autodeskがアメリカ機械学会 (ASME) と共同で、今後10年でエンジニアに必要とされるスキルとワークフローについて行った調査レポート「製造業の未来」によれば、製造業教育プログラムにおいて、新卒者が身につけているスキルと、業界の人材要件に大きな隔たりがあることが分かりました。

このようなギャップを埋め、インダストリー 4.0時代の人材ニーズに応えるためには、必要な技術やスキルを効果的にトレーニングするための新しい製造業教育の手法を確立し、スキル、適性を教える新しい高度な製造カリキュラムを作成するための対策を講じる必要があります。

必要とされる新しいスキルは、以下の3つのスキルです。

必要とされる新しいスキル

製造業界では、特定の分野だけでなく、エンジニアリング全般を俯瞰し、デジタルツールやデータを活用しながら、さまざまな課題に対処できるデジタル人材が求められているのです。

分野横断的なスキル

業種や業務のコラボレーションのニーズが高まるとともに、製造プロセスにおける各チームの役割をよく理解することが重要となってきます。そのためには、設計だけでなく、CAEによる解析、CAMと3Dプリンタなどを用いた試作や製造まで、一連のプロセスを理解し、実行できる能力が求められます。

ソフトスキル

デジタル トランスフォーメーションの取り組みによって、製造プロセスにおけるチームやワークフローがひとつに融合します。そこで重要となるのが、クリエイティブな問題解決やコラボレーション、コミュニケーションなどの「ソフトスキル」です。

コロナ禍を経て、多くの製造業ではクラウドシフトやリモートワークが浸透しつつあります。さらに今後は、クラウドベースのプラットフォームを通じたデータ共有や、リモートでのコラボレーション開発が一般的になっていくでしょう。


グローバルな開発も増えつつある今、地理的な制約を超えて効率的に協働できる能力も不可欠です。

技術/ハードスキル

ジェネレーティブデザインに代表される急速なAI技術の活用が進んでいます。これにより、問題解決の効率化・高速化が図られるだけでなく、従来の概念を覆すようなイノベーティブな設計が可能になります。いわば、CAD(Computer Aided Design)からAAD(AI Aided Design)です。


コスト削減とサステナビリティ対応といった、相反するような多くの需要が求められる今日のデザインにおいて、ジェネレーティブデザインを適切に活用し、人間の創造性と組み合わせることで、新たな価値を効率よく短い時間で生み出すことができます。

学生にレクチャする先生

大学教育の役割と課題

産業界がデジタル人材を望む一方で、大学をはじめとする高等教育機関はこれに応える人材育成を行う態勢ができているでしょうか。

旧来の専門分野に特化した教育カリキュラムはすぐに見直すべきでしょう。また、産学連携のような「ものづくりの現場」を肌で感じ、コラボレーションを通してその動向や課題を知ることができる環境づくりも重要です。

そして、実学の中で統合的なものづくりを体験することが重要でしょう。実際の学びの場で3D CADを使った設計、CAEによる設計の解析、そしてCAMを使って実際に3Dプリンタや工作機械を動かして物を作り出す。さらにはジェネレーティブデザインを活用して、デザイン上の課題を多面的に解決するという経験をした学生は、社会にでて即戦力となるはずです。

しかし、このような環境を整備するためにはさまざまな機器やソフトウェアを導入する必要があります。特に限られた予算の中での設備投資が求められる大学では、新たな投資は容易ではありません。

そこで、Autodeskでは、このようなエンジニアリング教育環境のニーズに対する一つの答えとして、Autodesk Fusionを学生・教職員向けに無償で提供しています。

Autodesk Fusionは、CAD、CAM、CAE、PCB、データ管理、コラボレーションの機能をオールインワンで提供する統合クラウドプラットフォームです。以下の特長から、大学教育に最適なツールと言えます:

設計・解析・製造の統合環境

デザイン・設計から解析、製造のプロセスを一つのプラットフォームで学ぶことができ、マルチスキルを持つエンジニアの育成に適しています。

 

クラウドベース

学内外を問わずどこからでも、同じプロジェクトに対して複数のユーザーがリアルタイムで共同作業を行うことができ、作業効率の向上やコラボレーションのしやすさが実現されるため、特に現代の分散型チームやリモートワーク環境に適した学習が可能です。

 

ジェネレーティブデザイン機能

詳細な製造条件に基づいて、AIを活用し様々な設計案を自動生成することで、設計プロセスを効率化し、革新的で最適化された製品を迅速に市場に投入することが可能になります。現代の市場競争が激しい市場におけるスキルとして非常に重要な要素です。

 

プロフェッショナルユースのツール

プロの現場でも使用されるAutodesk Fusionを学ぶことで、学生にとって実践的かつ効果的な学習機会を提供し、学生は将来のキャリアにおいて競争力を持つことができます。企業の即戦力としての活躍が期待できます。

 

教育機関向け無償ライセンス

教職員・学生向けに無償でライセンスが提供されています。最新の技術に無償でアクセスし、現実に即した実践的な学習とスキルの習得が可能になり、教育の質が向上します。

 

Design Now

まとめ:デジタル時代の工学教育に向けて

日本の製造業が遅れを取ってしまった国際競争力を向上させるためには、デジタル技術を駆使できる次世代のエンジニアの育成が急務です。大学教育には、この社会的要請に応える必要があります。

Autodesk Fusionの導入は、その第一歩となるでしょう。しかし、ツールの導入だけでは不十分です。カリキュラムの見直し、教員のスキルアップ、産学連携の強化など、包括的なアプローチが必要です。

また、学生たちに対しては、技術スキルだけでなく、変化に適応する力、創造性、批判的思考力などの育成も重要です。これらのスキルと最新のデジタルツールの活用能力を組み合わせることで、真に産業界で活躍できる人材を輩出することができるでしょう。

デジタル時代のエンジニア教育は、従来の枠組みにとらわれない柔軟な発想と、最新技術の積極的な採用が求められます。今こそ、大学におけるエンジニア教育の在り方を根本から見直し、未来のものづくりを担う人材育成に全力で取り組むべき時ではないでしょうか。