アジャイル製造: 新しい実践への適応、競争で実現するハードウェアの成功

企業が顧客それぞれの要望や市場の力の変化、サプライチェーンの分断への対応を急ぐ中で、アジャイル製造がその勢いを増しつつあります。

A man and a woman work on a project in a manufacturing setting

Jen Ciraldo

2022年6月6日

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  • かつては主にソフトウェア開発プロセスの迅速化に用いられていたアジャイル手法が、現在はハードウェアの開発・製造にも応用されている。

  • マッキンゼーによると、アジャイルなアプローチを採用した企業は、効率や顧客満足度、エンゲージメント、パフォーマンスを30%向上させることができる。

  • アジャイル製造とリーン生産方式は同じ意味で使われることが多いが、両者には明確な違いがある。

  • アジャイルなアプローチは、企業が市場の変化へ迅速に適応し、競争優位性を実現するのに役立つ。

メーカーが競争力を維持するには、これまで以上に適応力が必要とされるようになった。需要の極端な変動への対応、サプライチェーンの問題の解決、既存の価値を打ち砕く市場投入モデルのナビゲートが要求される企業は、急速に変化する世界へ対するレジリエンスを構築する、新たな製品開発と製造のアプローチを必要としている。そう、アジャイル製造の時代の始まりだ。

アジャイル製造とは?

drone delivering package
荷物配送用ドローンはアジャイルハードウェア開発の「スクラムフォール」手法からメリットを得られる可能性がある

アジャイル製造は、変動する顧客需要や予測不可能な市場現象へ、企業が迅速に適応するための戦略だ。

インダストリー4.0の実践がますます拡大する中、メーカー各社はアジャイル開発手法の進化を牽引する技術を手中に収めつつある。アジャイル製造の特徴には、顧客中心のアプローチと熟練の労働者、迅速な反復作業、社内プロセスの継続的な改善などが挙げられる。

アジャイル製造は企業に、以下のような競争優位性をもたらす。

  • マスカスタマイゼーションの実現

  • 変動するキャパシティに合わせた処理能力の増加

  • 混乱時 (パンデミックの世界的流行など) における方向転換

  • 企業がサプライチェーンの問題を迅速に解決できるような分散製造の促進

これは注目を集めるトレンドのひとつだ。マッキンゼーによると、企業の12%は最初からアジャイルだと回答し、また44%はアジャイル変革の真っ只中だという。アジャイルなアプローチによって潜在的な過剰生産や機会損失を回避でき、同時に顧客満足度と従業員エンゲージメントを30%向上させることができる。

世界経済フォーラムは、最先端を行く製造業企業を「グローバルライトハウスネットワーク (Global Lighthouse Network) 」に認定している。新型コロナウイルス感染症の世界的流行による混乱にもかかわらず、こうした企業は新たな収益源を生み出し、生産量を増やしてきた。同フォーラムは、その理由を「こうしたメーカーはアジャイルな業務手法をフルに導入することで、生産ネットワークやバリューチェーンにおける需給の混乱や現在も継続中の変化に対応できたから」だとしている。

アジャイルの歴史

ソフトウェア会社のエグゼブティブによるグループAgile Allianceは、2001年に、より柔軟で迅速な市場投入を可能にするソフトウェア開発アプローチの構想を打ち出した。Allianceによると、アジャイルソフトウェア開発とはアジャイルソフトウェア開発宣言で表された価値原則に基づく一連の手法や実践の包括的な用語である。ソリューションは、自律的に編成された機能横断型のチームが、それぞれの状況に適したプラクティスを用いて連携することで見出される。

アジャイルソフトウェア開発は、総体的なマインドセットとなった。企業はソフトウェア開発において、厳密なルールを固守するよりも、より柔軟なアプローチを採ることのメリットを認識したのだ。その20年後、メーカーはハードウェアの開発・製造へアジャイルをどう応用できるのかを問うようになった。

アジャイルソフトウェア開発宣言では、次の点が強調されている:

  • プロセスやツールよりも個人と対話を

  • 包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを

  • 契約交渉よりも顧客との協調を

  • 計画に従うことよりも変化への対応を

これらの原則は、スクラムのような特定のソフトウェア開発手法に対するフレームワークを提供する。ラグビー用語である「スクラム」では、5-9名から成る機能横断型のチームが、「スプリント」と呼ばれる一定期間内 (通常2~3週間) にマイルストーンを達成するよう取り組みを調整する。単一のライフサイクルではなく、「象をスライスする」ように、一連の手順を踏んで製品を設計、製造していく。

アジャイル製造と従来のハードウェア開発の比較

diagram comparing waterfall vs. scrumfall manufacturing
伝統的なウォーターフォール型のプロセスでは、生産は厳密に直線的に行われる。しかし、現実には、プロセスはより「スクラムフォール」に従っており、特定のフェーズにおいてある程度の反復と顧客からのフィードバックが可能だ
drone delivering package
荷物配送用ドローンはアジャイルハードウェア開発の「スクラムフォール」手法からメリットを得られる可能性がある

従来のハードウェアプロセスの例として、Amazon Prime Airプロジェクトにヒントを得た、荷物配送用ドローンの開発を挙げる。このドローンの要件は次のとおりだ。

  • 最大5ポンド (2.3kg) のパッケージを半径10マイル (16km) の範囲に (注文から配達まで) 30分以内で届ける

  • 安全であり、政府の規制に適合していること

  • 販売者と顧客に配送状況を通知する

ウォーターフォールモデルでは、各フェーズ (作業工程) は前工程が完了しなければ開始されず、設計 (Design) > 製造 (Make) > 運用 (Use) となる。製品が満たすべき要件などの仕様は、最初に定義されて「設計」段階へ送られ、そこで代替策が作成、分析される。選択されたデザインは「製造」段階に投入され、そこで製品の生産が計画、実行される。最終的にドローンを顧客に対して展開することで「運用」段階がスタートし、そこにはドローンの運用やサービスが含まれる。

実際には、こうした厳密なリニアプロセスで実行されることはほとんどなく、チームは何度かの反復を含む、より回りくどいプロセスを使って進むことが多い。顧客や社内のフィードバックを得る機会はあっても、そのフェーズ内に留まる。例えば、ドローンは設計段階中に何度かの反復が行われ、製造段階でさまざまな生産オプションが検討されることもある。これはリニアモデルの改良版とも呼べるが、ウォーターフォールであることに変わりはない。

ウォーターフォールアプローチの3つの大きな欠点

  • 要件が変更されないことが前提: ウォーターフォールは、変更や不測の事態への対処なしに計画と実行が行えるような、予測可能なプロセスに依存している。顧客の要件はプロジェクトの初期に指定され、ずっとそのままだとみなされる。だが現実は異なる。急な変更や予定外の展開は例外でなく当然のことだが、こうしたリニアなアプローチではそれは考慮されていない。

  • 顧客からのフィードバックを充分に反映できない: ウォーターフォールでは、顧客との意思疎通の大半が、チームによる要件設定時に前倒しされる。チームは、製品仕様文書が完成して (固定されて) から作業に取りかかる。だが、顧客が自身の望むものをプロジェクトの初期段階で正確に把握できていることは稀であり、それが当初の仕様に合致していても、間違ったものを間違った価格で、間違ったタイミングで製造する格好のレシピとなってしまう。。

  • ビルドの前の考察が多過ぎる: ウォーターフォールモデルによる設計は、プロジェクトが「設計」から「製造」の段階へと移行する時点で、ほぼ固定されてしまう。このプロセスの問題は、チームが「設計」に影響を及ぼす可能性のある事項を知るのが、恐らくは「製造」段階であり、また顧客は設計が固定される前に「実際の」製品を一度も目にする機会がない点にある。固定されたデザインに変更を加えることは難しく、コストも高く付く。

こうした欠点を、先ほどのドローンの例で考察してみよう。プロジェクト開始から数週間後、競合他社が10ポンド (約4.5kg) のパッケージを20分で運搬できるドローンを開発していると、顧客が知ったとしよう。顧客の設計は「完了」しており、チームは既に定義済みのコンセプトの製品化を行なっている最中だ。競合他社に匹敵するような要件への変更は、ドローンの構造の再設計、認可用の解析の再実行、製造計画のやり直しなどを意味する。これは痛い!

アジャイル製造

アジャイル製造は、設計・製造・運用という順序は同様だが、従来とは異なるルートを取る。カスタマイズ可能とするため、イベントは同時にも、独自の順序でも発生させられる。製品開発のライフサイクルは、スプリントと呼ばれるモジュール型のフェーズに分けられる。スプリントの手順は以下の通りだ:

  • 機能横断型チームの作成: 5-9名から成る自己編成的なグループが各スプリントに一丸となって取り組む。グループの舵取りをするスクラムマスターや、実際の作業を行う開発チームなど、各チームの役割が明確にされる。

  • プロダクトバックログの構築: チームは、スプリントに必要な作業を決定し、ToDoリストを作成する。

  • スプリントプランニング: スクラムマスターのリードにより、スプリント中に実施すべき作業の範囲を決定する。

  • スプリント: 作業開始。開発チームは一定期間内 (通常2-3週間) にタスクを実行する。

  • デイリースクラム: チームは毎日、短時間集合して進捗状況を報告する。

  • スプリントレビュー: スプリントの最終盤に、最終製品や事前に決めておいた目標などの最終結果をチームで検証する。また次のスプリントの開始前に、機能したこととそうでなかったことについて議論し、プロセスを改善する。

アジャイル環境では、メーカーは反復と革新が可能だ。顧客のフィードバックはプロセスの改善につながる。途中変更も可能で、新たな需要に応じて運用を再構成できる。プロセスをスプリントに分割することで小ロット生産が可能となり、リスクが軽減されてアジリティが高まる。アジャイル製造は、多くの場合にDXを伴う。デジタルワークフローがサイロを取り払い、システム同士をつなぎ合わせ、さらなる柔軟性を可能にするためだ。つまりアジャイル運用は「変化への適応」から「適応力を持つように変化」することになる。

例えばテスラは、アジャイルなアプローチとともに誕生した。同社はフォードの構想を逆転させたのだ。ソフトウェア開発のバックグラウンドを持つイーロン・マスク氏は、アジャイルを電気自動車の製造に応用した。3Dモデリングとジェネレーティブデザインにより、同社では迅速な反復作業、生産途中でのさまざまなアイデアのテスト、顧客のフィードバックを活用した新機能 (販売後かなり時間が経ってからでも追加可能) の開発が可能となっている。

だが、アジャイルモデルが適切に実施されなければ、幾つかの問題に直面することもある。

アジャイルアプローチの潜在的な問題点

  • アジャイル運用には変動要素がある。アジャイルなシステムは、A点からB点へ移動するのでなく複数のスプリントから構成されており、全てのスプリントを詳細に管理する必要がある。適切に管理されなかったスプリントは、予算と時間を超過することもある。

  • アジャイルな組織となるには、より大きな先行投資が必要だ。再教育の必要性により、企業は高い人件費と、より高価な技術を背負うこととなる。

  • チームは、最終的に何が得られるのかが正確には分からない。これはアジャイルなアプローチでは極めて自然なことだが、意思決定者を不安にさせ、摩擦を引き起こす可能性がある。

全米製造業者協会が最近行った調査によると、78%の企業が、現在もサプライチェーンの混乱に見舞われている。アジャイル手法への移行は、企業が将来の混乱を抑えるためのソリューションを開発するのに役立つ。

リーン生産方式とアジャイル製造の比較

アジャイル製造は、リーン生産方式と混同されることが多い。両者には重なる部分もあるが、明確な違いがある。

リーン生産方式とは、作業を単純化することで生産工程を継続的に改善する実践手法だ。これはトヨタが始めた理念で、トヨタ生産方式にその概要が示されている。リーン生産方式の使命は、以下のことで顧客のための価値を生み出し、生産性を高め、効率を向上させることだ。

  • 無駄、重複、過剰生産の排除

  • 在庫の現場保管の削減

  • 注文を受けてから生産する「プル型生産方式」の採用

  • 予期せぬダウンタイムを回避するための予防保全の実践

  • 鍵と錠の原理を適用してミスを防ぐ

アジャイル製造は、顧客のための価値を生み出し、より効率的に運用することでもある。しかし、リーン生産方式が社内の運用改善により重点を置いているのに対し、アジャイル製造は業界のあり方やサプライチェーンの問題など、外的要因への適応に重点を置いている。これらの手法は共生関係にもある。アジャイル製造は、リーンの原則を活用し、状況の変化に対応し方向転換できるより柔軟な運用を実現する。つまり、リーンであることは企業のアジリティを高めるのに役立つ。

アジャイルプラクティスを製造に取り入れる

diagram of agile sprint progress
アジャイルなプロセスは、スプリントを用いて、左から右へと進行していく

ハードウェア開発へ無差別にアジャイルを「応用」する誘惑には耐える必要がある。より道理に適っているのは、ハードウェア向けに調整された、以下のようなアジャイル的な (主にスクラムからの) 実践と原則だ。

スプリント反復

スプリントがハードウェア製品開発へ最もポジティブな影響を与えるのは、ほぼ間違いない。より早い段階で、より迅速に「設計 – 製造 – 運用」のサイクルを進め、設計段階のより細分化をチームに強制するからだ。プロセスは左から右へと進行する。スプリントは、ウォーターフォールの3つの問題全てに対処する。チームが間違った方向へ進み過ぎるのを防ぎ、「考察」と「構築」の間の時間を短縮して、各スプリントで判明したことに基づいて要件を修正する機会を提供する。設計上の重要な決定を、プロジェクトの遅い段階で行える柔軟性も、もうひとつの利点だ。アジャイルベースのチームの場合、重要な情報を収集するため、幾つかの決定を数回先のスプリントまで先送りできる。ウォーターフォールモデルの場合は、全てのデザイン決定を製造へ進む前の段階で行う必要がある。プロセスが左から右へと進む場合、チームは重要なデザイン決定をプロセスの後半で行うことができる。

製品要件文書をいつでも変更可能

要件は優先されるプロダクトバックログ項目で決定される。その項目は、有用性が高く、実行可能で、1スプリント内で達成できる規模であり、ある程度の融通が利き、検証可能なものでなければならない。また誰が、何を、なぜ、が取り込まれている必要がある。「製品に何をさせたいのか?」ではなく (これでは単調な要件リストが生まれるだけだ)、「製品で何をしたいのか?」を問うべきなのだ (そうすれば検証可能な使用事例が生まれる)。

コラボレーティブなチーム

アジャイルは、製品開発チームの根本的な構成と役割を再定義する。アジャイルでは、部門 (デザイン、分析、製造など) で分類されたチームではなく、部門の枠を超えて機能し、自立し、自己管理されたコラボレーティブな小規模チームが推奨されている。チームは、プロダクトバックログ項目を、指定のスプリント内で完了する責任を負う。スクラムチームは、例えばプロダクトオーナー (その所有を担当) とスクラムマスター (プロセスを担当)、開発チーム (実際の開発を行う) のみで構成される。

製造用のプロトタイプや3Dモデルの議論を行う同僚たち
アジャイルハードウェア開発ではプロトタイプや3Dモデルなどの漸進的な成果物が重要だ

プロセスを通じて細分化された成果を提供

アジャイルハードウェア開発の適用に反対する人は、ハードウェアはソフトウェアとは異なり、各スプリントの最後にリリース可能な成果物を生成することは、経済的にも実用的にも不可能だと主張する。だが物理的な成果物が、段階的進展への唯一の道なのではない。コンピューターシミュレーションやVRによるデモ、デジタルツイン、コンセプトプロトタイプなどは、全て有益な成果物だ。重要なのは、チームが各スプリントの最後に有意義な成果物をリリースできるよう、プロダクトバックログ項目を細分化することだ。項目はさまざまな方法で細分化できる。例えば、合致レベル (概形から最終形まで)、バーチャル対フィジカルのレベル、ユーザーの役割などだ。

アジャイル製品開発の実践

ポルシェは、1940年代に伝統的な生産工程による自動車生産を開始したレガシー企業だ。だが2021年の段階では、ドイツ・シュトゥットガルトにあるポルシェの最新工場は完全デジタル化され、アジャイル手法を取り入れたものとなっている。組立ラインは「フレキシライン」だ。自律走行する誘導車が車種やリソースの空き状況に応じて次のステーションに車を移動させるため、同社はカスタマータクト (顧客当たりの工程作業時間) を維持し、設備全体の効率を最適化しつつ、各オーダーをカスタマイズできる。この新工場はAgile@Porscheの旗印のもと、アジャイルな組織への転換に取り組むポルシェのコミットメントから生まれた。この新しいマインドセットを導入し、組織全体にわたりアジャイル文化を発展させるべく、アジリティコーチが迎え入れられた。

アジャイル製造:進むべき道

アジャイルフレームワークを採用するメーカーが増え、ソフトウェアを念頭に開発されたこの方法論がハードウェアにも応用可能であると明らかになってきている。この2年の間、製造業界は途方もない試練に直面してきた。企業各社は不確実要素に対して適応し、成長していく必要がある。アジャイル製造は、実績ある大企業から小さなスタートアップまで、世界の動向に関係なく、企業の評価、適応、競争に役立つ。

本記事は、2016年12月に掲載されたディエゴ・タンブリーニ氏の原稿をアップデートしたものです。

Jen Ciraldo

Jen Ciraldo について

ジェン・シラルドはメディアプロデューサー兼ライターで、雑誌や映画、企業、博物館のコンテンツを作成。カリフォルニアの耐火住宅から職場の文化を向上させるテクノロジーまで、我々の生活にインパクトを与えるトピックを取り上げています。

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