老朽化する日本のインフラは新たなビジネスの機会となるか
防災・減災に重要な役割を果たす日本のインフラは、その多くが高度経済成長期以降に整備されました。設計上の寿命は通常 50 年ですが、絶対数が少なければそれほど大きな問題ではありません。しかし、日本の社会インフラの数は膨大です。道路橋(橋梁)だけでも全国に約 72 万橋が存在し、2023 年にはそのうち約 29 万橋、2033 年には実に 45 万橋が、建設後 50 年を超えてしまいます。
それら全てを作り替えることは不可能ですが、寿命は補修や補強などによって伸ばすことが可能であり、それがインフラの点検の大きな目的でもあります。正しい点検ができ、その健全性を把握できれば、さらに 10 年寿命を伸ばすことも可能です。一部の鉄道会社は 100 年というゴールを設定し、さまざまな補強計画を行なっています。また人口が変化・減少する中で、例えば道路の車線を減らす、用途別だった道路の一部を無くすなど、運用上の工夫も行われています。
社会インフラの維持管理ビジネスの未来
国交省では同省所管分野における橋梁・トンネル・河川・ダム・砂防・海岸・下水道・港湾岸壁、空港・官庁施設などの社会インフラについて、2018 年からの 30 年間で維持管理・更新費が上昇を続け、176 兆 5,000 億円~194 兆 6,000 億円規模に及ぶと推計しています。こうした社会インフラの維持管理・更新は、企業にとってのビジネスチャンスでもあるのです。
しかし、それは簡単な仕事ではありません。2021 年 10 月 3 日、和歌山県和歌山市の「紀の川」にかかる水管橋が補剛部材の劣化などによって崩落し、周辺の広い地域で長期間にわる断水が発生したのは記憶に新しいところです。この事故は日本の社会インフラの老朽化が進行していることだけでなく、その維持管理の難しさを象徴する一例と言えるでしょう。
道路(橋梁、トンネル、高速道路などを含む)の点検においては、2014 年に施行された「道路法施行規則」に則り、点検に関する相応の知識・技能を有する人の「近接目視」を基本に、 5 年に 1 回の頻度で点検を行うことがルール化されています。現在、橋梁やトンネルでのこうした点検の実施率は 99% 以上と非常に高い割合になっていますが、点検結果への対応は必ずしも迅速ではありません。例えば、「次回(5 年後)の点検までに修繕の措置を講ずべき」と判定された全橋梁のうち、修繕未着手の橋梁が 2018 年末時点で 78% に上っていました。地方公共団体 (自治体) 管理の橋梁の場合、修繕が必要な約 6 万 3,000 橋の 80% が修繕未着手の状態です。
自治体による修繕の遅れの背景には、自治体や民間事業者(建設事業者など)における、インフラ点検のスキルを持った人材不足という問題があります。国交省によれば、2019 年 6 月時点で町の約 3 割、村の約 6 割で、橋梁保全業務に携わっている土木技術者が存在していなかったそうです。こうした人材不足の問題はインフラの点検についても負の影響を及ぼし、自治体が実施した橋梁点検については直営点検で 54%、委託点検においても 42% が、点検研修未受講・民間資格未保有の人員によって点検が行われていたと同省は指摘しています。
こうした点検は交通を遮断して行うことができないこともあり、夜中や祝日に行なわれることが多くなります。それは働き方にも影響するため、点検員は職種としても人気がなく、人手不足の影響が真っ先に現れます。また、点検そのものの問題も指摘されています。従来は、人間がロープでぶら下がるなどさまざまな方法による目視で認識したクラックの位置や長さ・幅を、野帳を開いて記録し、それを事務所に持ち帰って、オペレーターが CAD で描き直していました。本来であれば、その5年後に行われる点検の際にそれをもとに損傷が進んでいるかどうかを判断するのですが、記録が不正確である場合が多く、クラックの位置が数 m 違っていたり、橋脚の前面と背面で違うものになっていたりするため、実際にはほとんど参考にされていないのです。
こうした状況を受け、現在はドローンで撮影した画像から点検を行えることになっています。またオートデスクも支援を行っていますが、人が損傷をデジタル情報で判断する前に、まず AI で判断することもできるようになりました。それで8 割程度を判断できれば、人間の判断が必要なのは 2 割になります。それによって現場に出て行う作業が 1/5 になれば、それにかかるコストも減ることになります。
インフラを点検して記録する会社にとって、今後は人間の目で記録をして帳票・台帳を作成する仕事は大きく減っていくでしょうが、ドローンや衛星、新しい技術やロボットを使って記録をする作業は残ります。そのためのテクノロジーへの投資は必要ですが、すでにドローンなどは一般化しているため、それほどコストはかかりません。ソフトウェアに関しても、今後は単純にデジタルで帳票を作るのではなく、何らかの形でデータとして記録しておけば、必要なときに帳票のスタイルで出力したり、ダッシュボードで判断するための情報を一覧表示したりできるようになります。点検が、人が行わなくてもいい仕事になれば、そこに従事してきた人が補修を設計する立場に変わるなど、作業員から設計員に変わるスキルアップのタイミングにもなり得ます。
より重要度を持つ発注者の役割
今後重要になるのは、そうした情報をどう使うかを、発注者が明確にすることです。さまざまなデータをやみくもに保存するのでなく、発注者が維持管理という目的のユースケース、どの情報をどう組み合わせて何の判断をするかを示す必要があります。道路や河川であれば国交省や地方自治体、また鉄道事業者や道路の管理運営会社が、自分たちの財産であるインフラをどう評価し、どう守っていくのかを明確にしなければなりません。もちろん、インフラは維持管理していくだけでなく、完全償却すれば新たな投資をして新しい財産を作ることになります。日本は人口の増えない国なので、サービスを維持しながら小さくしていく、ということも必要になるでしょう。
インフラの未来に向けた取り組み
こうしてビジネスモデルが変わっていくことを受けて、今後はどういうビジネスで収益を上げていくかを考えている企業や自治体も存在しており、オートデスクもそれを一緒に研究しています。例えば、京都大学のインフラ先端研究コンソーシアムは 60 社ほどの企業がメンバーになっており、弊社も研究員として参加しています。そこではインフラマネージメント、維持管理の先端技術をテストして評価するのが研究テーマになっており、そこに参画している企業は、同じ方向を向いていると思います。
2023 年までに労働生産性を 20% 向上させる必要があると言われています。それは企業の利益が増えるのでなく、同じものを作るためのコストが下がる、つまり受注金額が下がるということでもあります。それを単に受け入れるのでなく、例えば新しい技術を使ってコストを 30% 下げられれば、それだけ利益も増えるのだと考えることが必要でしょう。先進国での生産性の改善率を見ると、製造業においては2倍になっているのに対して、建設業は 20% 程度しか向上していません。業界の違いもありますが、発想して設計し、それを作って維持していくというプロセスは同じなので、技術的には問題ないと思います。そのための取り組みをどのタイミングで、どういう技術とともに進めていくかという、施策の作り方こそが重要でしょう。