建築家対エンジニア: ビル設計の枠を超えた連携の促進
- 建築家は、建築物の用途や材料、形状、周辺環境との関係などを総合的にデザインする役割を担う。
- エンジニアは通常、ビル設計を建造可能な構造とするための技術的な問題解決を担当し、より低コストで効率的なデザインとする方法を提案する。
- 一般的な設計・入札・施工のプロセスでは建築家とエンジニアが分離していることが多く、ワークフローの連携が不十分になる。
- IPDやBIMなど、共通の目標や共通の手法で建築家とエンジニアを結束させるツールは、プロジェクトの効率化への新たな可能性を提供し、より優れた結果を生み出す。
20世紀後半を代表する建築家とエンジニアのコンビと言えそうなブルース・グラハム氏とファズラー・カーン氏は、建物の構造は直感的に理解可能であり、その外観と一体化していなければならないという構造表現主義の考え方を通じて、高層ビルのデザインに革命をもたらした。彼らの創作活動は、形式的・審美的特性と機能的性能を根本的に結びつけるアプローチであるモダニズムの黎明期と重なっている。
カーン氏とグラハム氏が設立したSOMは、現在も建築活動を続けている。SOMでアーキテクト デザイン パートナーを務めるライアン・カリガン氏は、ふたりの連携が大成功を収めたのは、謙虚さと明晰さによるものだと話す。例えばシカゴにある100階建て、高さ343.5mのジョン・ハンコック・センターは、特徴的なX字型のブレーストラス (重量による垂直荷重と風による横荷重を建物構造全体に分散させる) による構造表現と、幅広い複合施設とアクティビティ (1970年のオープン以来、シカゴの都市活力の拠点となっている) という、ふたつのアイデアから生み出された建物だ。「あの建物を生み出したデザイナー達は、その明確なアイデアを客寄せパンダにしてしまわない賢明さを有していました」と、カリガン氏。
カーン氏にとって、こうしたアーティストとエンジニアの連携は、建築業の専門化、プロ化によって崩れた近代以前の棟梁制度の伝統を実現するための次善策だったのだ。この流れはすぐには変わりそうになく、またエンジニアとの連携の必要性は、今日のカリガン氏の業務指針となっている。
「現行の案件では、よくその話をしています」と、カリガン氏。「建築が発祥としない本当に強力なアイデアを、謙虚に、建築表現を通して拡大するにはどうすれば良いか?ということです」。建築家とエンジニアの違いを理解し、効果的なコミュニケーションを可能にする(あるいは必要とする)ワークフロー体制を整えることは、建築プロジェクトの強固な基盤を生み出す。
建築家とエンジニアの違いとは?
ビルダーは別として、建築家とエンジニアは建設業界で最も目に付く2職業であり、そのスキルは完全に互いを補完し合う。一般的に、建築家は建造物の全体的なデザインを担当し、エンジニアはそのビジョンの実現を支援する技術者であると見なされている。だが、最も先進的かつ成功を収めた連携例では、この境界はかなり曖昧なものだ。
建築家
クライアントは建築家を雇い、一戸建てから街並みまで、さまざまなスケールの建造物のデザインを依頼する。建造物を総体的に検討し、そのコンセプトの方向性を定めるのが彼らの仕事だ。デザイナーは、建造物の大まかな構成要素と、建造物と周囲状況との相互作用に対して責任を負う。そこには、建造物のプログラム (そこでどのような活動が行われ、建造物がどう機能するか)、形態とスタイル、内部環境、使用する材料などの決定でクライアントを支援することも含まれる。
その広範さにより、建築家の目が技術的な細部にまで行き届かないこともある。だが建築家にとって、建造物が高効率かつ持続的、つまりできるだけ少ないエネルギーで運用できることはますます重要な課題となっており、このような基準には厳しい技術管理が求められることも多い。
米国では、建築の専門職学位は建築学士 (BArch: Bachelor of Architecture) が標準であり、その修了には5年かかることが多い。建築事務所によっては、望ましい専門職レベルを2年制の建築学修士 (March: Master of Architecture) をしているところもある。建築博士課程は専門的な実務ではなく、学術的・研究的な場で働きたい人向けであることが多い。
アメリカ建築家協会 (AIA) は、建築家のための米国最大の職能団体だ。建築プロジェクトに単独で責任を負うには、建築士には免許の取得が要求され、そのためには一連の試験に合格する必要がある。一般的に、クライアントは建築家をメインコンサルタントとして採用し、エンジニアをサブコンサルタントとして採用することが多い。
エンジニア
建築家が概して何を作るかを担当するのに対して、エンジニアは極めて重要な、どう作るかという部分を担当する。従来、エンジニアは建築家のプランを技術的に実行することに重点を置いてきた。つまり、デザインプランの機能的目標と美観を達成するために、材料の経済性と費用のバランスをどうとるか、という点だ。ここでは、芸術的な構成やバランスといった質的なものよりも、科学や数学といった量的なスキルに重きが置かれている。建造物においては、エンジニアは構造体の機械系統や隠れたインフラ (排水、空調、電気など) を担当することもある。
建築家が連携するエンジニアの中で最も多いのは、空港、橋、道路などの公共インフラを担当する「土木エンジニア」と、ビルその他などの構造システムを専門に担当する「構造エンジニア」だ。地下構造物には地盤工学、ターミナルビルには交通工学、グリーンインフラには環境工学など、プロジェクトに応じてさまざまな工学の専門分野が建築との連携に関わってくることもある。建築エンジニアの中には、建築家と一緒に仕事をすることを専門にしたり、建築家と一緒に社内で仕事をしたりする者もいる。
工学部の専門職学位 (工学学士) 取得には4年、工学修士は2年かかることが多い。建築学と同様、工学の博士号は一般的に研究と学術に重点が置かれている。工学系学位の分野は建築学よりも豊富で、機械工学、構造工学、化学工学、土木工学、電気工学、材料工学など、さまざまな専門分野がある。
エンジニアになるにも、州法に基づく免許が必要となる。いくつか存在するエンジニアのための職能団体の中で、特に有名なのが米国土木学会 (ASCE) と全米プロフェッショナルエンジニア協会 (NSPE) だ。通常、エンジニアは建築家のサブコンサルタントとなる。
建築家とエンジニアが必要になるのは?
プロジェクトに建築家またはエンジニア、もしくはその両方が必要なのかどうかは、プロジェクトの対外的な可視性が手がかりとなることもある。例えば下水装置の修理や新設にはエンジニアが必要となり、オフィスビルの設計には建築士が必要だ。公共性の高いプロジェクトである程度の精度が要求されるのであれば、両方の役割が必要となる。斬新さや希少性のある新築のビル設計は両者の専門的見地から恩恵を受けるだろう。著しく劣化した不動産の補修、改修、再利用プロジェクトも同様だ。
建築家とエンジニアの連携における課題
従来、建築家とエンジニアはDBB方式 (設計・施工分離方式) と呼ばれるプロセスで連携していたが、このモデルはよりコラボレーティブで階層的でないアレンジに置き換えられつつある。DBB方式では、建築家は単独で建造物を設計することが多く、エンジニアはそれを引き継いで、構造システムのエラーや非効率性を修正するトラブルシューティングを行う。その後、プロジェクトは入札にかけられ、施工会社から見積が出される。その後、プロジェクトが着工することになる。
建築家とエンジニアの関係は、プロセスが進むにつれて変化する。建築家が設計の構想を練る初期段階では、エンジニアはコンサルタント的な役割を担い、建築家の作品が実現可能かどうかをチェックする。いよいよ着工となると、エンジニアが中心的役割を果たすようになり、施工の管理と調整を担う。多くの場合、これらの各フェーズはバラバラに進み、また専門分野間のコミュニケーションは限定的で、ある専門家から他の専門家への「バトンタッチ」も個々に行われ、責任を限定するため、各専門の担当分野は狭くされている。
建築家とエンジニアのコラボレーティブなアプローチは拡大しつつあり、それは分野横断的なチームの連携手法を根本から問い直すことにつながっている。例えばIPD (インテグレーテッド プロジェクト デリバリー) は、プロジェクト開始時に建築家、エンジニア、プロジェクトマネージャー、クライアント、施工会社が、設計と施工のプロセス全体にわたる共通のリスクと関与についてまとめた共同契約書にサインすることを意味する。これにより、コミュニケーションの手順とワークフローのプロセスが確立されて、チーム全体が常にプロジェクトの進捗を把握できるようになり、より高度な全員参加型の品質管理が可能となる。
この実用的なアプローチは、すべての関係者が操作可能な共有モデルを提供するビルディングインフォメーションモデリング (BIM) などのデジタルツールによって強化できる。カリフォルニア・ポリテクニック州立大学サンルイスオビスポ校建築学部助教で、エンジニアのシネイド・マクナマラ氏との共著『Collaborations in Architecture and Engineering』(Routledge、2014年) の著者でもあるクレア・オルセン氏は「それにより、建築家がプロジェクトのコンサルタント全員を“監督する”ことで起きていた従来の課題を軽減できます」と話す。「統合プロジェクトでは、主要なプレイヤーは最初からチームとして作業を行う契約を結びます」。
「この関係により、早い段階で全関係者からデザインコンセプトへの賛同を得ることができ、より良好な成果を得られる確率が高まります」と、SOMのカリガン氏は話す。「建築家が自ら生み出した設計上の難題をエンジニアに投げ、その“問題解決のアプローチ”を導入するよう要求するでは不十分なのです」。エンジニアが解決すべき設計課題の作成に関与するのが理想だ。
それが実現しないと致命的な構造的欠陥が生じる可能性があるが、一般的な悪影響としてはコストの超過、時間のロス、不要な二酸化炭素排出がある。もうひとつ、「気候や快適さに配慮のない空間」が生まれる可能性もあると、カリガン氏。これは、設計と施工のプロセスにおけるギャップにより、暑すぎたり、寒すぎたり、風通しの悪かったりする建物を生み出してしまうことを指している。同様に、建築家とエンジニアが緊張関係にあると、数十年の耐用年数の中で必然的な、建物用途の変化に対応する柔軟性に欠ける空間が生まれる可能性が高まると、カリガン氏は話す。
建築家とエンジニアの連携を向上させる方法
オルセン氏とマクナマラ氏は著書『Collaborations in Architecture and Engineering』の中で建築家とエンジニアに、社員採用時に最も重要な基準をランク付けすることを求めた。リストの上位を占めたのは、意外にもデザインの才能やスキルではなかった。最も望ましい資質は「コラボレーション能力」だったのだ。
BIMは、分野を超えたより良い連携を促進するために建築家とエンジニアが使用できる、数あるツールのうちのひとつだ。BIMプロセスにより、専門家は施工前、施工中、施工後のさまざまな段階で、建物に関するより詳細な情報にアクセスできる。Autodesk Revitなどの3Dデザインソフトウェアは、デザイナーやエンジニアが早い段階で適切な判断を下し、事後の問題を防ぐことで時間とコストの削減に役立つ。「BIMによって建物の設計過程での連携が可能になり、より効率的な施工が実現します」と、オルセン氏は話す。
デジタルモデルへのアクセスをほぼ瞬時に共有できるため、設計チームのメンバーは分野を超えて、より多くの反復が行えるのだと、カリガン氏は話す。例えば1週間のうちに空調システムをさまざまに入れ替え、気候のしきい値や空間の質にどのような影響が出るかを確認できる。「昔とは比べものにならないスピードで意思決定が行えるようになりました」と、カリガン氏。
こうした深い技術知識だけでなく、コミュニケーションや透明性を高めるのに役立つBIMの機能が重要だ。2005年からRevitを使用しているエンジニアリング会社Buro Happoldのポール・マクギリー氏は「透明性はどのようなプロジェクトでも非常に重要であり、他のメンバーが何をしていて、何を計画しているのかを確認できます」と話す。同社は、設計パートナーのBIMモデル内でなされた詳細な設計変更 (と、その影響) の特定に役立つ計算ツールを社内開発した。「建築家にすべての変更点のアウトラインを尋ねるのは大変です」と、マクギリー氏。「大まかな概要はメールで提供してくれるかもしれませんが、よりタイトで厳しいプロジェクト納期に直面する数百万平米規模のプロジェクトでは、それは変更の連絡に十分な方法とはとても思えません」。
SOMでは、ほぼすべてのプロジェクトが、各分野のリーダーを招き、設計のコンセプトや建物の環境を検討して、提案されたプログラムに合意することから始まる。チームでスケッチや図を描きながら、大まかなシャレットにまとめる。「各分野の担当者に、このプロジェクト向けの特別なアイデアと思われるものを3つ用意するよう宿題を出します」と、カリガン氏。 「私の経験では、こうしたアイデアのいくつかが、瞬く間に浮かび上がります」。
最も重要なのは、こうした状況では、建築やそれ以外の分野からも魅力的なアイデアが生まれる可能性があるということだ。建築と施工の全分野を早い段階で関与させることは、建物設計全体をチームメンバー全員に開放することだ。建築家の中には、このスポットライトを共有することに神経を尖らせる者もいる。
建築家とエンジニアが限界を打ち破っている5つの例
1. ドバイの未来博物館
Killa Designが設計を行い、Burro Happoldがエンジニアリングを担当したこの博物館は、中央が空洞となった環状のしずくのような形状で、構造の難易度も高いが、その中でも最も複雑な要素がファサードだろう。繊細なアラビア文字を模した形状の窓で覆われた建物のファサードは、ひとつひとつ形の異なる1,240枚のステンレススチールをファイバーグラスで融合したパネルで構成されている。最初のコンセプト立案から実施設計図に至るまで、すべての設計プロセスがRevitで行われた。
2. ドバイのO-14
O-14タワーは、建築の典型的な構造と装飾の概念を裏切るものだ。建築事務所Reiser+Umemotoが手がけたこのビルは、グラハム、カーン両氏の構造的表現主義のアイデアを継承しているが、高層ビルの構造要素をより大きな構成における独立したファサードの要素として提示するのではなく、主要な外部ファサード全体を構造強度と主要な美観の源として、ビルの居住フロアのプレートから完全に分離させている。イスラエル・A・サイヌークが構造設計を、 ARUPがエンジニアリングを担当したこのビルの流れるようなハニカム構造の外壁が建物を支えているのは明らかだが、表面の水玉模様はまさに建築的出会いと言えるものだ。
3. シンガポールのマリーナ・ベイ・サンズ・リゾート
このSafdie ArchitectsとARUPが手がけたリゾートは、55階建ての3棟のタワーから分かれて伸びる6本の脚が上空約200mに長さ約304mの「スカイパーク」をかかげるような形となっており、緑豊かな眺めの中、ドリンク、食事、語らいを楽しみ、シンガポールのスカイラインを見渡すインフィニティプールで泳ぐことができる。タワーに架かった豪華客船のようなスカイパークの外郭構造は、オフサイトで製作された上で14個のスチールセグメントとして搬入され、リゾートホテル、コンベンションセンター、カジノ、店舗、ナイトクラブ、イベントプラザ、ミュージアムの上に油圧スタンドジャッキで所定の位置へと吊り上げられた。スカイパークは、世界最長級の約70m (747型機並み) のカンチレバーを使用し、5tのマスダンパーに格納することで安定性を高めている。
4. ニューヨークのハドソン・ヤード
建築工学における印象的な偉業は、しばしば目に見えるところから遠く離れた場所で起こる。何もない場所に生まれたマンハッタン・ウェストサイドの超高層ビル街、ニューヨークのハドソン・ヤードは、まさにその例だ。このKPF、Diller Scofido+Renfro、Rockwell Group、SOMが手がけた高層ビルは、網の目のように広がる公共設備網や鉄道路線の上に位置している。施工当時、それらは稼働中だったため、構造支柱を挿入できたのは敷地の半分以下だった。
Thornton Tomasetti (構造エンジニア) とLangan (環境・地質エンジニア) 率いた、この1,800万平米に及ぶ開発は、線路から約9m上のプラットホームの上に建設されており、その大部分にプレキャストコンクリートスラブや構造鋼が使用されている。イースタン・ヤードの1セクションだけで2万5千tの形鋼が使用されており、岩盤の深さ6〜24mまで到達させた直径約1.5mのケーソンを288個使用して空中に支えている。この巨大な構造体の内部には冷却液チューブが張り巡らされているが、これは造園会社Nelson Byrd Woltzがデザインした植栽を生育させるため、鉄道操車場内の灼熱 (最高で摂氏65度にもなる) を緩和するものだ。
5. 北京の保利国際広場
中国の複合企業のためにSOMが設計したオフィスタワーは、ジョン・ハンコック・センターでカーン、グラハム両氏が展開した構造表現主義のブレース構造をさらに進化させたものだ。31階建ての超高層ビルは内部にコンクリートコア、外部にダイアグリッド構造を採用し、エンボス加工された外装用形鋼で縦方向の重力と横方向の風荷重を超効率的に分散させる。力強くドラマチックな外骨格 (鋼管にコンクリートを充填し、白色のアルミニウムで覆ったもの) は、各構造部材は極めてまっすぐだが、ビルの湾曲するファサードを包み込んでいる。SOMの建築家とエンジニアは、すべての構造支持体をビルの最外周に配置することで刀剣の鞘のような構造体を作り出し、無限に広がるガラス、柱のないインテリア、そしてタワーの最上部にまで届く高さ約122mのアトリウム2か所を実現している。
本記事は2015年6月に掲載された原稿をアップデートしたものです。