オークランドの公共交通機関プロジェクトが敷設する未来へのレール
世界各地のさまざまな分野におけるコロナウイルスの影響を考える際、間違いなく難しい課題に直面するであろう業界のひとつが公共交通機関だ。世界の都市を支える大黒柱である公共輸送機関は、各国にロックダウンが広がったことで、利用者の大幅な低下を経験することになった。だがこの一時的な休止が、インフラ修繕のスピードアップや、一部では復旧の新計画を進める好機にもなっている。
新たなインフラ構築へ大きな前進を遂げているのがニュージーランドのオークランドで、この国内最大にして最も人口密度が高い都市には150万人が居住している。市内の通勤客に人気が高まっているのが公共交通機関で、2019年6月にはオークランドの公共交通機関利用者数が1億人に到達した。これはこの街で路面電車が最盛期を迎えていた1950年代初め以来の高い数字で、そのうち約20%が電車を利用。一方、オークランドの居住者人口は2033年までに200万人に達すると予測されている (PDF P.9参照)。
この公共交通機関の今後の需要に対処するため、オークランドは歴史上最も意欲的な交通インフラとなるCity Rail Link (CRL) プロジェクトを進めている。これは全長3.45kmの双設トンネルをオークランド線路網の既設路線に接続するもので、この地下鉄路線によって輸送力が倍増し、より多くのエリアを結ぶことで移動時間の短縮と道路交通の渋滞緩和、混雑するバス路線への負荷の低減が実現される。
100 にわたって進行中のコンセプト
オークランドに地下鉄を作るアイデアは1920年代からあったが、このプロジェクトの正式なスタートは2012年だった。建設工事は2つの新駅となるアルバートストリートのアオテア駅とカランガハペロードのカランガハペ駅で進められている。またマウント・エデン駅をCRLによりウェスタン線へ接続し、ブリトマート駅を終点から双方向へ通過できるよう改修してオークランド市の東部と西部、南部間の移動を高速化する再開発が計画されている。
Link Allianceデジタルエンジニアリング マネージャーのダニエル・ジューゲンス氏は「これはニュージーランドが取り組んだ中でも、最も大規模かつ複雑なインフラプロジェクトです」と述べている。「プロジェクトに関わる膨大な人数と、このプロジェクトの実行、それにより解決する問題は、今後のニュージーランドの建設、インフラ業界における大きな変革を生み出しています」。
CRLの主要なトンネルと駅のデザイン、建設工事の統率を行うLink Allianceは、大規模インフラプロジェクト開発に豊富な経験を持つローカル企業とグローバル企業で構成されたコンソーシアムだ。このアライアンスにはフランスの建設企業Vinci Construction Grands Projets S.A.、フランスの地質工学インフラ企業でニュージーランドにオフィスを構えるSoletanche Bachy、総合サービス企業Downer、インフラ企業WSP、AECOM New Zealand、ニュージーランドの環境/エンジニアリング コンサルティング会社Tonkin + Taylor、City Rail Link Limited (CRLL) が参画している。
Link AllianceでBIMマネージャーを務めるブライス・ゴーディン氏は「アライアンス形態による業務は初めてですが、こうした大規模プロジェクトには正しい契約モデルだと思います。これまで経験したことのないレベルまで、連携が強化されています」と話す。「全員が同じ目標、同じ要求に取り組んでおり、互いに大きな学びを得ています」。
駆動力はチームワークとデジタルワークフロー
この地下鉄の最深部には、上部を走る道路に沿い、市中心部の地下42mを走るトンネルが複数含まれている。湾曲するトンネル内に電車が安全に走行できる空間を確保するため、デザインチームはAutodesk Dynamoを使ってコンピューターを利用したデザインスクリプトを開発し、複雑な形状を実現した。
Link Allianceデジタルエンジニアリング リードのディーン・バーク氏は「トンネル内のカーブやスロープを、複数の車両で編成された列車の動きを正確に把握するのは困難です」と話す。「車両限界に抵触しないよう、トンネル内の構造や設備を動かしたりサイドを入れ替えたりして調整します。2Dベースでは、こうした複雑さを許容するため、より多くの空間を確保しなくてはなりません。コンピューターを用いた設計と正確な3Dモデル、空間整合を使用すれば、公差をより小さくしてデザインを最適化できます」。
こうしたコンピューターによる設計の採用は、輸送能力が毎時36,000人である6両編成から、ピーク時に最大54,000人となる9両編成の電車が停車できるようプロジェクトが拡大された際にも、チームに有利に働いた。バーク氏と彼のチームは、最初からやり直したり手動で変更したりするのでなく、コンピューターによるデザインスクリプトを再実行し、3Dモデルを更新することで、最小限の手直しで新たなデザインを実現できた。
Link Allianceデジタルエンジニアリング マネージャーのチェーザレ・カオデューロ氏によれば、CRLプロジェクトではチームがデザイン変更による更新モデルの生成に必要な時間を短縮するため、コンピューターデザインやジェネレーティブデザインを使用した効率的な方法を模索できるようになっている。
「例えば建設会社とデザインの両方の要件に基づいてトンネル掘削機の正確なデザインモデルを生成するため、ジェネレーティブデザインを活用しています」と、カオデューロ氏。「このモデルには線路形状に基づく覆工セグメントの最適化が含まれます。これにより、どの段階でも設計目標からの偏差を最小限に抑えることができます。予備調査下でのさらなる開発により、地盤の制約に基づいたセグメント配置を最適化するための岩盤掘削の最大化や形状知見アルゴリズムなど、デザインと建設工事上の目標が導入されることになるでしょう」。
またCRLプロジェクトのサステナビリティ実現に、BIM 360 Designが役立っている。サステナビリティはオークランド地下鉄建設の重要な目標だ。「材料情報を3Dモデルに入力しています。このモデルにより、コスト、量、サステナビリティ効果が算出できます」と、ジューゲンス氏は言う。
データをつなぐ:ビジュアル化からバーチャルリアリティまで
Link Allianceは地下鉄建設に付随する課題の多くにデジタルエンジニアリングを利用して対処した。このアライアンスはデザイン レビューから現場の安全教育まで、プロジェクトの多くの場面でVRを活用。これは、デザインの実現と労働上の安全の両方の観点から、現場で製造がどう行われるのかを視覚化することでコストを削減する。チームはまた、鉄道事業主がこの新しいシステムの理解を深められるよう、ドライビングシミュレーターを開発中だ。
現地情報のキャプチャには点群データを利用し、LIDARスキャンとドローンの測量情報を組み合わせている。測量技師は毎月ドローンを飛ばして建設工事の進捗を評価し、この情報はデザインモデルと建設可能性モデルに直接リンクされている。「データを現場で使用可能にすることは、実際に建設に携わる人たちにとって大きな変革です。正確な現場情報でデジタルモデルを更新することが、極めて重要になります」と、ゴーディン氏は話す。
アライアンスは建設可能性を裏付けるための仮設工事デザインモデルと建設順序のアニメーションを開発中だ。アセットマネジメント情報はデザインと建設の進行に合わせてBIMに統合される。
これらすべてのテクノロジーを束ねているのは、共通データ環境であるマイクロソフトのクラウドベース連携プラットフォーム、SharePointだ。この環境はチームが必要な情報を検索するハブとして機能し、Autodesk Civil 3D、InfraWorks、Navisworks、ReCap、Revitへのリンクも提供する。
「ミーティングの議事録やデザインに関する決定事項も保存する必要があります」と、ゴーディン氏。「つまり、これはデータだけでなく、コミュニケーションや共有のための仕組みでもあります。全体を管理するための手段なのです」。
この共通データ環境は、コロナ禍においてさまざまな制限が施行され、全チームがテレワークで業務を遂行しなければならない場合に特に有益であることが証明された。「新型コロナウイルスの到来後も、そのまま仕事を続けました。いつも通りに」と、ジューゲンス氏。「この共通データ環境がなければ、プロジェクトは停止していたことでしょう」。
狙いを定めた教育で作業員のスキルアップを行う
この約3,113億円のプロジェクトには1,200人近くが携わっており、2024年の完了が予定されている。必須となるスキルと知識を有する十分な人材を探すのは大変な仕事であり、Link Allianceは建築家向けのデジタルデザイン ツールから建設/エンジニアリングチーム向けのトンネル掘削手法に至るまで、さまざまな役割にターゲットを絞った訓練を提供する教育プログラムを考案した。トレーニングセッションは、外部サプライヤーや施工会社にも拡大提供されている。
「このプロジェクトに関わる全員が、スキルセットを向上させています。このプロジェクトは、特にデジタル分野において業界を変革すると考えています」と、バーク氏。「このプロジェクトだけでなく、今後のプロジェクトにも広範な技能を提供できるようになるでしょう」。
CRLプロジェクトは、スキルアップにとどまらず、ニュージーランドの建築、エンジニアリング、建設のデジタルな未来への道を切り拓いている。「他のプロジェクトの基礎となるデジタル基盤を構築しているのです」と、ジューゲンス氏。「建造環境のデジタル表現が実現すれば、画期的な出来事となるでしょう。仕組みの全てを一変させることになり、それ以降の進展への第一歩となるはずです。
「このアライアンスでは皆が一丸となり、共同体としてオフィスを共有し、全関係者間で生の情報を扱って仕事をしています」と、ジューゲンス氏は続ける。「我々は3Dモデルがデザインからアセットマネジメントまで、ライフサイクルの段階を経て、知識の暫定的な管理者となることを歓迎しています。これには、このアライアンスで得られた、3Dのデジタル表現をサプライチェーン内の次の鎖へと確信を持って回せるようになるための付加的なデューディリジェンスが必要となります。デジタルワークフローを採用することで、ライフサイクル全体で最善の結果が得られるようになり、最終的にはニュージーランド全体の利益に貢献できます」。