スマートコンストラクション技術で美しいハーモニーを実現する北京副都心劇場
- 中国を象徴する京杭大運河の存在を意識してデザインされた北京副都心劇場には、オペラハウス、劇場、コンサートホールという3つの「文化の受け皿 (Containers of Culture) 」が備えられる。
- 建築、機械、音響、環境保全を考慮したデザインの実現には、多分野連携が不可欠だった。複雑な構造内で理想的な音響特性を実現するには、ロボット、3Dスキャン、BIMなどのスマートコンストラクション技術を活用する必要があった。
中国の2つの都市と4つの省をまたぐ、全長1,700kmに及ぶ京杭大運河は、1,000年以上にわたり運用されている。この古代水路は、かつて中国の経済と文化、芸術遺産の重要なルートだった。そして今、時を経て薄らいだかつての栄光に、復活の兆しが現れつつある。
そのひとつの兆しである北京副都心劇場は、建築系情報サイトのDezeenやArchDailyで、2023年の注目すべき建物に挙げられている。この総床面積125,300㎡、座席数約5,500席を擁する複合施設 (都市緑心大劇場としても知られる) は、オペラハウスとドラマシアター、コンサートホールの3つの劇場から構成されている。通州区の運河沿いにある穀倉や帆船から着想を得たこれらの劇場は「文化の受け皿」ともされる。
テクノロジーの効果を最大化
複雑な建築構造や仕上げ、設備のノイズに対する厳格な要件が定められる劇場建設では、材料や電気機械から舞台、機械装置、さらには照明や音響まで、多くの専門分野が関わってくる。そうした多分野間の連携は、大きな課題となることがある。3つの異なるユニットを有する複雑で入り組んだ構造であり、また仕上げや音響の要求度が極めて高いワールドクラスの劇場である副都心劇場プロジェクトは、より一層の多分野連携が必要とされる。
北京建工集团 (BCEG) でこのプロジェクトのチーフエンジニアを務める傅亜迪(Fu Yadi)氏によると、中国国家大劇院 (NCPA) が設立した専門管理チームがプロジェクトの開始から設計、建設、完成までの建設と運営管理プロセスの継続的なフォローを行なっている。NCPAは、その用途や演出のニーズに従ってステージデザインを構成。プロジェクトのデザインがあらゆる段階で一貫性を保つようデザインスキームの最適化、改善を行なったことで、全てがスムーズに進むようになった。
「その複雑さと専門的なコラボレーターやグループの多さから、平面図だけで連携の要件を満たすのは不可能でしたが、このプロジェクトでは真の意味でのモデルベースのデザインと連携を実現させています」と傅氏は話す。例えばステージ部分では舞台装置と照明装置が非常に細いワイヤーロープや吊物機構で構成されていますが、こうした構造物の構築に2次元モデルだけを使用したのでは、干渉の回避は事実上不可能となる。
BIMとスマートコンストラクションが実現する飛躍的な進化
近年の急速なインテリジェントコンストラクション、デジタル技術、BIM (ビルディングインフォメーションモデリング) の発展による複雑な建設技術が、秀逸な音響の実現に貢献した。副都心劇場プロジェクトではBIM技術がデジタルコンストラクションを強力にサポートし、プロジェクトの納入、運用、保守の基礎を構築した。
傅氏によると、このプロジェクトのエンジニアリングはBIMによるところが大きい。舞台装置や座席などの特殊なニーズに対する物理モデルがなかった従来の劇場建設プロジェクトとは対照的に、現在BCEGは全工期でBIMを用いたより包括的な物理モデル構築を検討し、他分野の統合も図っている。BCEGはまた、現在進行中のモデリングからデータ数値を抽出し、有益なこのデータを将来のプロジェクトで活用する方法も研究中だ。
国際的な知名度を持つ公共建築であり、また建物の中に建物、部屋の中に部屋という複雑な建築構造になっているこのプロジェクトでは、準備段階から納入、運用、保守までスマートコンストラクションの適用が求められる。そこには (主にAutodesk RevitやNavisworksを用いた) BIMモデルをベースとする綿密な設計、包括的な施工管理、プロセス統合型の完全な現場管理が含まれる。
このプロジェクトではハードウェア、ソフトウェア、3Dレーザースキャン、VR技術がさまざまな段階で多用され、コストと材料の両方の削減に成功している。Autodesk Environmentによる設計調整によって2,000以上もの重大な干渉を解決したことで、100万ドルのコスト増となるような設計変更を回避することができた。またモデルベース解析と設計施工計画の最適化により1,650tの鋼材が削減され、300万ドル以上のプロジェクトコストを節約。サステナビリティも向上した。
複雑な空間構造内に完璧な音響性能を実現するべく、チームは高精度測定ロボットを使用して現場の主要エリアを何度となく3Dスキャンした。土木構造物の3Dレーザースキャンを定期的に実施し、点群モデリングによるBIMモデルのレビューを行うことで、モデルと図面、現場施工の間の整合性の問題を迅速に検知できた。傅氏によると、チームは複数の産学パートナーと連携し、プロジェクト全体にデジタライゼーションとIT情報技術を応用している。2つの研究機関と3つの大学が参加し、技術的なサポートを提供した副都心劇場プロジェクトは、連携とイノベーションのテストケースとなった。
建築の芸術を探求
副都心劇場は、北京都市緑心の大部分を占める。プロジェクトのプロセス全体を通じて、コミュニティと建築、環境への配慮、サステナブル建築の概念の統合が優先事項だった。 傅氏によると、この空間の計画において、都市緑心全体がその先見性を大いに発揮している。「全体的な空間計画から道路計画、色彩計画、グリーンエネルギー計画まで、全体的な要件とコンセプトはどれも非常に先進的です」。
副都心劇場ではオープン共有とグリーン効率が基本理念であり、本複合施設を構成する3つの個別ユニットは広範囲で地熱を採用して電力を共有する。地熱ヒートポンプの冷暖房システムは、このプロジェクトのサステナビリティに大きく貢献している。システム稼働時には水の消費や汚染がなく、ボイラーや冷却塔、燃料廃棄物の保管場所を必要としないため、環境上と経済上のメリットが得られると傅氏は話す。また高度な自動化と遠隔管理により、保守費や維持コストを大幅に削減している。ヒートポンプは冬と夏に熱交換を行うため、二酸化炭素排出量を抑え、生態系のバランス維持に役立つ。
副都心劇場の建築デザインは、「文化の受け皿」プロジェクトにより、それ自体が芸術作品となっている。オペラハウスの印象的なファサードは、日光を受けて美しく輝く。その背後は、ひとつひとつ異なるアルミ製の折りたたみ式カーテンウォールパネル4,134枚で構成された複雑かつ不均質な構造となる。
テクノロジーが未来のデザインを実践
傅氏はプロジェクトでの経験を振り返り、このように大規模かつ極めて複雑なプロジェクトは、エンジニアリングのデジタライゼーションとITの推進に大きな役割を果たすだろうと語る。そして、この技術が効率的な通信標準を生み、さまざまな応用シーンで役立つようになるだろうと述べている。
今後半年ほどにわたり、チームはスペシャリスト用の機械室の設置や舞台装置の仕上げの作業を継続する予定だ。副都心劇場プロジェクト全体のBIMデータ収集は2023年内に完了し、この大規模プロジェクトのデジタルデリバリーが可能となる。
この「文化の受け皿」が完成すれば、北京都市緑心におけるグリーン建築のベンチマークとなり、この都市の重要な新ランドマークとなるだろう。副都心劇場は、今後の建設のモデルとなる実証プロジェクトともされている。副都心劇場の建設は、文化芸術に対する中国人のたゆみない探究心を象徴するものだ。このプロジェクトに携わったオーナー、デザイナー、施工会社にとって、実にやりがいがあり、かつ満足感をもたらすジャーニーだと言えるだろう。