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建設業界DXにおける陥りがちなワナとBIM活用による解決策とは

  • DXを成功させるには、最終的なビジョンを念頭に置き、それが業務目標の達成にどのように寄与するかを考えることが必要だ。
  • 建設DXの実現にはBIMが不可欠だが、その導入には経営陣の意思決定と支援、文化の浸透、標準化と共有プロセスの改善が重要。
  • 組織や業務プロセスを変革し、会社全体の経営目標を実現するには、組織を跨いだ取り組みによる時間をかけた「全体最適」が必要であり、明確な目標と強力なチェンジマネジメントが迷走を防ぐ。

建設業界における就業者高齢化・作業者減少は古くから知られている課題だ。その上、2024年4月から時間外労働の上限規制が建設業にも適用され、作業者数とともに一人当たり労働時間も削減されることで、総労働時間も大幅に減少する見込みだ。企業の利益を担保するには、デジタルの力を借り、少ない労働時間内の労働量を増加させて生産性を向上させる必要がある。

こうした背景のもと、建設業界のDX (デジタルトランスフォーメーション) が急がれており、建設企業にDX推進部が設立され、BIM (ビルディング インフォメーション モデリング) ツール、工事現場の写真と図面データを一元管理するための電子小黒板、工程表・日報をデータ化する施工管理アプリなど、様々なデジタルツールの導入が行なわれている。だが、その一方で「何をすれば分からない」「うまく行なっていない」など、迷走している企業も多数存在している。

ここでは建設業界のDXを推進する際に陥りがちなワナにはどのようなものが存在し、それにどう対策べきかを探求したい。

DXはビジネス目標を達成するための手段

課題を理解するため、まずはDXが何を意味しており、何を目指すものなのかを明確にしておこう。2004年にスウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が提唱したデジタルトランスフォーメーションの略語であるDXの概念は、「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことだった。その後、DXはより広い意味を持つようになり、現在は様々な定義が存在するが、いずれの場合も「ビジネル目標の達成」が最終的な目的とされる。

2018年12月に経済産業省が発表した「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン」(DX推進ガイドライン) では、DXは「AIやIoTなどの先端的なデジタル技術の活用を通じて、デジタル化が進む高度な将来市場においても新たな付加価値を生み出すよう従来のビジネスや組織を変革すること」とされている。この経産省の定義は、以下のように分解することが可能だ。

  • 背景 = デジタル化が進む将来。将来に向けた取り組みであることを示している。
  • 道具 = 先端的なデジタル技術。デジタルツール、データ、開発技術などを指す。
  • 手段 = ビジネスや組織の変革。DXを行う際に、デジタル技術だけでなく、ビジネス変革や組織変革も必要な要件であることを指している。
  • 目的 = 新たな付加価値の創造。新しい付加価値には、対外的な売り上げ向上のための「攻め」の価値、対内的なコスト削減や効率化をするための「守り」の価値の2パターンがあることをよく理解する必要がある。

目的とされる新たな付加価値の創造における「攻めのDX」と「守りのDX」について、英Buro Happoldは戦略の目的と対象を軸として、次のように定義している:

建設業界DXに取り組む際に、多くの企業が陥りやすい誤解のひとつが、DXを単なる新しいツールやテクノロジーの導入と捉えてしまうことだ。本来のビジネス上の目標設定が不明確だと、それがDXの失敗の根本的な原因になってしまう。

この目標を、しっかりイメージ可能なものにすることも非常に重要だ。単に「生産性向上」が目標とされている場合は、具体的に誰の生産性をどこまで向上させれば良いかの理解が人によって異なるため、正確な定義ができていないことになる。

Buro Happoldの場合は、設計事務所として「生産性向上」の目標を「自動化」に置き換え、それを「Visual Programming -> Grasshopper Analytics -> Revit Modeling -> 図面出力」のワークフロー自動化を実現し、作業負荷を軽減することだと定義している。このワークフローの実現に向け、全社のRevit利用と自動化ツールの開発という具体的な施策が見えるようになることで、効果の測定も可能になった。

DXを成功させるために重要なことは、最終的なビジョンを念頭に置き、それが業務目標の達成にどのように寄与するかを考えることだ。

BIMは建設業界DXの入り口 & 先決条件

業界を問わず、DXの前提となるのは「本業」で必要なデータを確保することだ。どんな企業にも「本業」と位置付けられる事業があり、それに必要なデータも明確になっている。例えば建設に一番近いとされる製造業の場合、要となるのは自社で生産する製品の設計・生産データであり、そのためにBOMやPLMのシステムも必要になる。「本業」に関わるデータをデータベースに収集し、構造化した上で分析し、さらに次のサイクルで運用することで、効率化や最適化など、様々なことを実現できる。

建設業界においても、「本業」である建物や工事のデータの構造化とデータベース化がDXの先決条件になる。そしてデータの収集・管理には、BIMが不可欠な手段だ。他のデジタル技術と同様、BIMの場合を、それを使用することが目標ではない。デジタルツールを活用することによるビジネスの向上が、最終的な目標になる。

だがBIMを定着させることは、決して容易ではない。2019年、Harvard Business Reviewは「デジタルトランスフォーメーションに重要なのはテクノロジーではない (Digital Transformation Is Not About Technology)」と題した記事で、2018年にDXへ費やされた1.3兆米ドルのうち9,000億ドルが無駄になったが、DXの失敗はテクノロジーの問題でなく組織変革の問題だと述べている。

BIMの導入も含めたDXの取り組みにおいて従業員のスキルアップは不可欠だが、最も重要なのは組織変革、業務プロセスの標準化や文化の浸透だ。具体的には、以下のようなことが必要になる:

  • 経営陣の意思決定と支援: BIMの導入には経営陣の意思決定・目標設定と投資、そしてBIMマネージャーの組織変革が不可欠。BIMマネージャーへの適切な人事権限を渡すことも重要であることは、海外の建設企業でも共通認識になっている。
  • 文化の浸透: BIMの導入には組織内従業員の意識改革が不可欠であり、古いプロセスや習慣を見直し、デジタル文化を醸成する必要がある。情報の円滑な流れを確保するために、プロジェクト参加者間の協力とコミュニケーションが必要だ。
  • 標準化と共有プロセスの改善: 建設業界全体でのBIMの標準化はまだ進行中だが、まずは組織内の標準化を進める必要がある。データの活用度合いは信頼性に依存するため、標準化によるデータの信頼性と品質の向上が重要である。

建設DXの実現に近道はない

どんな業界においても、DXに伴い組織変革や業務プロセスの変革が必要であり、会社全体の経営目標を実現するには、組織を跨いだ取り組みで「全体最適」(組織全体にとって最適な状態) の意識は欠かせない。そのため、長時間に渡った取り組みが必要となり、明確な目標と強力なチェンジマネジメントがないと迷走が起こりやすい。

ただし、どんな業界においても、残念ながらDXの近道は存在しない。製造業界においても、20年以上模索してきた企業が多数あるのが現実だ。

例えば、シーメンスのインダストリー4.0のモデル工場であるアンベルク工場での取り組みは、2018年まで28年間に渡って行われた。その結果、生産スペースや人員がほぼ変わらない中で、生産性は約13.5倍に向上し、不良品件数を1/60以下にするという目標を実現している。この取り組みの本質は、デジタル上で工程や製品データを分析することでPDCAサイクルを高速で回すことで、それが生産性向上や品質向上へ即座に繋がっている。

建設業界の場合は、一品生産による流動的なプロセスや様々な業界習慣・作業方式が存在するため非常に複雑であり、一般的なDXアプローチが全てのプロジェクトに適用できるわけではない。建設業界のDXは他業界と比較しても非常に難しい状態であることを理解しながら、まずは入り口となるBIMからしっかり定着まで持っていくことが必要だ。

BIMの定着が難しいことから、BIMは必要なく、データさえあればDXを実現できるという考え方もある。だが、そうしてDXの近道を模索すると、迷走のワナに落ちることになりがちだ。

建設業界DXは、業界の未来を切り開く重要なステップだが、その成功には多くの課題が伴い、陥りがちなワナも少なくない。DXは最終的に業務の目標を達成するための手段であり、ツール単体では成功しない。組織文化の変革やスキルの向上が必要であり、見えない部分への投資も重要であることを理解する必要がある。また、建設業界DXの先決条件であるBIMの定着には時間と努力が必要だが、その成果は競争力向上と持続的な成功につながる。建設業界がこれらの課題に真摯に取り組み、適切な方向性を見極めることで、DXを通じて未来に向けて進化し続けることができるだろう。

著者プロフィール

高橋りえんはオートデスク株式会社 グローバル事業開発部のアジア太平洋地域 建設事業開発部長として、オートデスクの建築ソリューションのビジョン、世界におけるBIM・DXの状況のリサーチ結果などを建築業界に共有・展開。2022年の入社以前はアクセンチュアやIBMにてIT・業務コンサルティング業務に従事し、主に自動車・ハイテク業界における日本企業のグローバルIT戦略と経営基盤システムの展開をリード。それ以前は2018年よりDropbox Japanで技術営業部長・インダストリーエバンジェリストを務めた。東北大学工学研究科卒業、修士(工学)修了、建築設計および地域環境計画専門。

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