建設DXの実現に向けたBIM導入で、BIMマネージャーが果たす役割とその重要性
- 建設DXとBIM推進の関係性を正しく理解・定義し、BIM推進のためのチェンジマネジメントを行う必要がある。
- BIMマネージャーは、企業のBIM戦略の戦術面を全面的にリードする。その実現のため、企業の経営陣がBIMビジョンを決定することが重要。
- BIMをDXの一貫や基盤として展開するには、BIMマネージャーは人とポリシーにフォーカスする必要がある。
2019年、Harvard Business Reviewは「デジタルトランスフォーメーションに重要なのはテクノロジーではない (Digital Transformation Is Not About Technology)」と題した記事で、2018年にDXへ費やされた1.3兆米ドルのうち9,000億ドルが無駄になったが、DXの失敗はテクノロジーの問題でなく組織変革の問題だと述べている。
では建設DXを成功させるため、組織の変革をどう実現していくべきだろう? その際に重要な存在となるのがBIMマネージャーとされているが、その役割と責任が曖昧であることも多いのが現状だ。
建設DXとBIM推進の関係性を理解する
建設DXの実現において、BIM (ビルディング インフォーメーション モデリング) 推進が重要な位置を占めるとされる。まずは、両者の関係性を整理しておこう。各企業におけるBIMの位置付けは次の3つのパターンの考え方に分類でき、それぞれでBIMマネージャーの果たす役割も変わってくる。
パターン1: BIMとDXには関連性がないと考える
両者が完全に違う軸で検討されており、BIMは現場で、DXはトップダウンで推進されるという場合。BIMマネージャーは現場でBIMを推進し、BIMプロジェクトを成功させるためのPM (プロジェクト マネージャー) の補助という位置付けだが、これは本来の役割よりも後述するBIMコーディネーターの役割に近い。
パターン2: BIMをDXのひとつに位置付ける
BIMはDXのプロジェクトのひとつだと考えられ、他のDXプロジェクトとは関係を持たせない。この場合は、蓄積されたBIMのデータが他のプロジェクトでは活用されないことが多い。全社でBIMを使うため、BIMマネージャーにはパターン1の役割に加えて、社内にBIMを展開するための基準やツールの管理を行うことも重要になる。
パターン3: BIMの情報を「DXの情報基盤」とする
DXの実現のためBIMによる情報基盤の整備が必要だと考える場合。BIMをプロセスとして捉え、そこで蓄積された情報はDXの取り組み全体で活用される。BIMマネージャーは、上記の役割に加えて、全社のBIM展開を成功させるためのチェンジマネジメントを行うことが重要になる。
どのパターンかによってBIM推進の仕方や難易度、課題、そしてBIMマネージャーの役割は大きく異なる。リストの上に行くほどBIM = 便利ツールと位置付けられ、全社で標準化して使われるのではないため、現場で勝手に使うことができる。BIMの導入は行いやすく、目先の効果も出やすいため現場からの抵抗も少ないが、長期的な目線で見るとデータが有効活用されない問題がある。
逆にリストの下に行くほどBIM = 基盤となり、全社で標準化する必要が出てくる。データをうまく使えるようになれば効果的だが、そのためにはプロジェクトを長期的に走らせる必要があるし、組織やプロセスから行動体系まで変化も大きくなる。そのため抵抗が大きくハードルも高いため、時間がかかる。
BIM推進のためのチェンジマネジメント
BIMをDXの一環、もしくはその基盤として推進するには組織やプロセスの変化が必須だが、社内を前向きにすることには、さまざまな阻害要因がある。組織の目標の達成のため、社員が素早く変化に対応できるようにするには、体系的なアプローチで組織を未来の姿へ移行させるチェンジマネジメントを行う必要がある。
組織やプロセスが変化するとき、まずは拒否やショックが生まれる。BIMをDXの基盤として導入するには長い時間が必要であり、数ヶ月や1年程度で効果が出ないと、BIM推進に対する不安・疑念が生まれてくる。だが体系的なアプローチによるチェンジマネジメントが行われることで、BIM推進が受け入れられ、継続的な改善につながるだろう。
チェンジマネジメントにおいては、技術、プロセス、ポリシー、人の4つが重要なポイントだと定義されている。それがBIM推進において具体的に何を指すかは企業によって異なるが、その要素と具体例を英Buro Happoldは以下のように定義している。
- 技術: インフラ投資、ツールへの投資、ガバナンス・パイロット
- プロセス: 生産性向上のための標準プロセス設計、共同設計、分析・計算・モデリングの連携、進捗管理
- ポリシー: ポジショニング、BEP・標準化・テンプレート
- 人: トレーニング、能力・ノウハウ、エンジニアリング コミュニティ
チェンジマネジメントにおいては、技術とプロセスが必要条件、ポリシーと人が根本要素とされており、その実現には根本要素を変える必要がある。そのため、BIMをDXの一環や基盤として展開するには、BIMマネージャーは必ず人とポリシーにフォーカスする必要がある。
BIMマネージャーの役割と必要なスキルセット
今度はBIMマネージャーの役割を、企業組織、プロジェクト体制という2つの面から見ていこう。
企業の組織におけるBIMマネージャーの役割
全社でBIMを導入するには、これまでの経験から企業の規模を問わず、必ずトップダウンとボトムアップを同時に進行する必要があることが分かっている。そのためには、まずはBIMの導入によって実現したいハイレベルな目標 = 「BIMビジョン」を設定し、その認識をマネジメントレベルと現場レベルで統一することが重要だ。
そのビジョンに従って、業務とITのあるべき姿の設定とハイレベルな導入計画 (例: 来年までに全プロジェクトのXX%をBIMプロジェクトにする) を策定する「戦略」が決められる。そこから、対象・優先順位のより詳細な計画策定などBIM要件の決定、さらには組織全体のリソース・予算計画といった投資計画などの「戦術」が決まり、それに基づいて「プロジェクトの実行」が行われる。
ここで強調しておきたいのは、企業の経営陣がBIMビジョンを決定しないことには、BIMマネージャーは仕事ができないということだ。BIMマネージャーは社内でのBIM導入を担当する責任者としてビジョンを展開する役割を持ち、その戦術を担当して、経営陣が設定した範囲内でBIMの戦略的な方向性を指導する。BIM導入が組織の目標に沿って確実に行われるためには、経営陣がBIMマネージャーとも議論しながら社内のBIMの戦略・方向性を決める必要がある。
投資計画が決められた中で、現場でどういう作業・分析・管理をするのかはBIMコーディネーターの仕事になる。BIMマネージャーの主な仕事は戦略・戦術、BIMコーディネーターはマネージメントの運用面、モデル製作者は制作の運用面ということになる。
プロジェクト体制におけるBIMマネージャーの役割
プロジェクトにおけるBIMマネージャーの役割の定義に関して、現時点では国際的な合意は存在しない。ただし、BIMマネージャーは現在のプロジェクトの各レイヤーに参加して、全体のプロジェクトの進捗や品質を俯瞰的に管理する役割を果たす存在と言うことはできるだろう。
BIMマネージャーの役割については国交省でも議論があるが、2019年に発表された「建築BIMの将来像と工程表」の取組6では、BIMを活用した建築生産・維持管理に係るワークフローの整備、BIMモデルの形状と属性情報の標準化など、プロジェクトにフォーカスした役割とされている。また最新の議論では、BIMマネージャーの役割もデータ管理からプロセス管理へ展開する傾向があるようだ。
BIMマネージャーは、70%の役割が自社のBIM推進・DXの推進の成功のためのリーダーであり、残りの30%のうち、半分がBIMプロジェクト成功のためのリーダー、残りの半分は自分で手を動かして自社のBIM推進に係る。それに対してBIMコーディネーターは80%がBIMプロジェクトの成功にフォーカスするが、残りの20%は社内のBIM推進に貢献するという分担になる。
プロジェクト体制におけるBIMマネージャーの役割は「The BIM Manager (BIMプロジェクト管理のための実践ガイド)」でも細かく定義されている。そのキーワードを拾ってみると、BIMマネージャーの場合は定義・整備・調整・リード、BIMコーディネーターは実装・準拠・監督・サポートとなる。
BIMマネージャーのスキルセットと人材育成
「The BIM Manager」で定義されているBIMマネージャーのスキルは、基準・標準、プロフェッショナルから施工経験、ソフトウェア技術、さらには販売・ネットワーキング、管理・コミュニケーションスキルまで、特定の分野で深い知識を持つ何でも屋のイメージが強い。そのため、業務知識、BIM知識のバランスを取って仕事をしていく必要があるが、私はとりわけコミュニケーションの能力が重要だと考えている。チェンジマネジメントでは組織や人を変える必要があり、変えなければいけない人とのコミュニケーションも要求されるし、企業のBIMビジョンを理解した上でそれを人に伝える能力が重要になる。
では、BIMマネージャーへと成長するためには、どのような経験やスキルが必要だろう。まず重要なのはプロジェクト経験が重要で、現場の理解や3Dモデリングなど専門的な技術を学習しながら、人事・予算の管理能力も身につけてBIMコーディネーターとなり、ソフトウェア展開やデータへの理解を深める。またトレーナーとしても経験も有用で、トレーニングを行うことで自分の理解も深まり、コミュニケーションの能力も高めることができる。その上でBIMマネージャーとなることで、全体のプランニング・管理をして、全社のBIMビジョンに向けた問題解決の能力も身につけることができるだろう。
海外の成功事例に見るBIMマネージャーの役割
では、BIM推進を成功させた世界の企業の例を見てみよう。ここで紹介する2社では、BIM導入のペースも、BIMマネージャーの役割も全く異なるのが興味深い。
Grimshaw Architects
HS2 London Euston Station、ニューヨークのQueens Museumなどの作品で知られるGrimshaw Architectsは、ロンドンを拠点とし、600人以上の規模を持つ英国の建築事務所。この会社では、まずはBIMマネージャー/コーディネーターの9つの業務フレーム (社内標準作成、テンプレート管理、データ監査、トレーニング管理、BIM実行管理など) が定義され、BIM推進は段階的に実施された。
BIMマネージャーは、経営層や営業・人事と密に連携して新しいプロジェクトのBIM要件などを随時確認し、プロジェクト毎にリソースのアサインや追加BIMリソースの準備・トレーニングなどを実施。BIMプロジェクトの増加に応じてBIMコーディネーターを徐々に増やし、チームを拡大してきた。BIMコーディネーターは、プロジェクトの管理に加えて、いずれかの業務フレームを担当。BIMマネージャーは残りの業務フレームを担当しつつ、横軸ですべてのプロジェクトを管理し、自分でも別のプロジェクトを担当した。
この方式は、BIMコーディネーターの興味や特性に応じた担当業務フレームの入れ替えやプロジェクト調整ができるため、全体の進捗管理や柔軟な調整が可能で、同様にグローバル展開もできるのが特徴。またクラウドベースの共同作業ツールも使い、いろいろなプロジェクトの進捗状況を共有しながら、柔軟に調整が行われている。
KPF (Kohn Pedersen Fox Associates)
1976年に結成されたKPFは、750名のスタッフを抱え、米国を代表する建築設計事務所。超高層ビルの設計が世界中で評価されており、日本での作品には六本木ヒルズ森タワー、コレド日本橋、大手町タワーなどが挙げられる。
同社初のAutodesk Revitプロジェクトは2008年だったが、その後の10年間は利用率が低迷し、主流はAutoCADのままで、2018年の段階でRevitユーザーは全体の15%に過ぎなかった。そしてRevit人材の不足によりPMはBIMプロジェクト化がリスクだと考え、自分のプロダクトをBIMプロジェクトにしない。そして、BIMプロジェクトが少ないため、BIM人材が育たないというネガティブフィードバックに陥っていた。
BIMを全社展開しないことが自社の競争力低下を招くと警戒した経営層は、スタッフが継続的に知識を構築し、従来のネガティブなフィードバックループを打破するにはBIMの利用率を向上しなければならないと考え、1年で全社のプロジェクトBIM化率75%を達成する目標を設定。実現に向けた社内のBIM組織とBIMプロジェクト体制の強化の重要な打ち手が、BIMマネージャー、BIMコーディネーターのロール強化と適切なBIM人材配置だった。
BIMマネージャーはチェンジマネジメントにフォーカスし、社内の標準化リソース (施主ともBIM User Guideを使ってコミュニケーション、US/UK/ISO基準のBEP、BIM 360 Protocol)、自動化ツールの整備 (自動連携ワークフロー、自動レビューツール、Revitプラグイン、データベース整備)、社内の勉強リソース (BIM能力マトリクスに沿った学習、評価制度、自習可能な勉強リソース)、さらにはコミュニケーションの場の創造によるBIM文化構築などで、より良い結果を出すことができた。社内のリソースへよりアクセスしやすくするため、検索用チャットボットの開発も進んでいる。2020年までに、KPFはごく一部の小規模なプロジェクトを除き、全プロジェクトのBIM化を実現した。
成功のカギはBIMマネージャーの組織と役割の設定
BIMマネージャーは、企業のBIM戦略において、その戦術面を全面的にリードする重要な役割である。国交省や海外で策定されたガイドラインは存在しているものの、各企業は自社のBIM戦略の実現に最適なBIMマネージャーの組織と役割を設定する必要がある。そのため、上級管理者は自社のDXとBIMの関係性、BIMのビジョンの策定と明確化を行なった上で、それに適正な組織構成・成長モデルと人員配置と権限設定を検討することが必要であり、BIMマネージャーとのビジョンや戦略の認識を合わせることも重要になってくる。
BIM推進の担当者やBIMマネージャーは、自身の役割と重要性を再認識した上で、企業・組織の戦略や目標の理解をさらに深め、そのために必要なチーム・部下の育成計画を検討することが重要だ。もちろん、オートデスクも国交省BIM推進会議の動向や海外事例の継続提供を行いながら、顧客のBIM (DX) 推進を継続的にサポートしていく。