皮膚のバイオプリンティングが実現する動物実験の廃止と移植手術の改善
新型コロナウイルス感染症がもたらす世界規模のパンデミックとの闘いで、3Dプリントが注目を集めている。検査キットに使われる綿棒や人工呼吸器のバルブからフェースシールド、その他の最前線で働く医療関係者向けのアイテムまで、医療用品や個人防護具 (PPE) の迅速かつ低コストでの製造に、メーカー各社が3Dプリントを活用している。
インドのスタートアップ企業 Next Big Innovation Labs (NBIL) は、ヒトの皮膚のバイオプリンティング技術により、3Dプリントを次なる段階へ進めようとしている。バイオプリンティングは、細胞などの生体材料を使用して作成したバイオインクを、バイオプリンターへ注入することで実行される。
人体最大の臓器である皮膚は、有害なバクテリアに対する防御の最前線であり、体温を調節し、触覚もサポートする。多層構造のため、3Dプリントの積層プロセスにも適している。
NBILが究極の目標とするのは、チームが有するアディティブ マニュファクチャリングや合成生物学、材料科学、コンピューター設計などの専門知識を活用して、10億人に及ぶインドの人々へポジティブな変化をもたらすことだ。
NBILの共同設立者であるアロック・メディケプラ・アニル氏は「我々が目指しているのは、ヒトの皮膚のレプリカを作成することです。そのためには皮膚が生物学的にどう機能するかだけでなく、物理学的にどういう構造であるかも理解する必要があります」と話す。アニル氏は以前、自動車や航空宇宙の業界で3Dプリントのエキスパートとして働いていたが、より大きなインパクトを生み出せるバイオテック分野へ転身した。
NBILは、同社がInnoskinと名付けた人工皮膚を作成するための、3段階のプロセスを確立している。まずプリバイオプリンティングと呼ばれる段階では、皮膚組織のサンプルから皮膚細胞を抽出し、それを細胞バンクに保存。次に、その細胞を独自のバイオインク処方で混合し、バイオプリンターに注入する。
「バイオプリンティングの段階では、指定したサイズと形状、サイズに従って 3次元構造をプリントします」と、アニル氏。「構造の形成を完了した後、その内部に細胞が埋め込まれます」。
最終的なポストバイオプリンティングの段階では、細胞による組織構造を、人体の内部同様に細胞の成長に適した環境 (摂氏37度、通常の血中濃度と同じ95%の酸素濃度など) に設定されているインキュベーターに移す。14日後、細胞は皮膚組織へと成長し、表皮とその下 4層を形成する。
NBILは、自社のバイオプリンターTrivimaにジェネレーティブ デザインを応用して軽量化を行った。「マシンをミクロンのレベルで制御可能とするために、これは極めて重要でした」とアニル氏。
同社のチームは、Trivimaの回路基板のカスタマイズにAutodesk Eagleを、シートメタルによるバイオプリンターの構成要素にFusion 360を活用。「堅牢さが重要です」と、アニル氏。「マシン内のごくわずかな振動により、プリント結果のクオリティが左右されることもあります。シートメタルは頼りになるオプションです」。
NBILは現在、Innoskinの有効性を検証中。バイオプリンティングで作成した皮膚と実際のヒトの皮膚の性質を比較し、人体の外層である皮膚をどこまで再現できているのかをテストしている。同社は、このInnoskinを年内にローンチ予定だ。
人工培養皮膚は活発な研究が行われている分野であり、とりわけ動物実験を止め、より倫理的な解決策へと転換したいと考えている数々の業界で研究が進められている。例えばMatTekの EpidermやロレアルのEpiSkinは、どちらも人工培養で製造された皮膚で、発売前の化学薬品や化粧品、家庭用品、医薬品の検査に使用されている。
だがInnoskinが他の人工培養皮膚と異なるのは、その入手可能性と一貫性、そしてスケーラビリティだ。「人工培養では、必要とされるバッチ単位での効率性は提供されません。各バッチで、ヒューマンエラーにより差異が生じる可能性があるためです」と、アニル氏。「3Dバイオプリンティング皮膚では、バイオプリンターで皮膚モデルが製造されるため、バッチ毎の差異を低減できます。これは検査用の標準モデルが必要な業界には大きな利点です。拡張性とコスト削減という利点もあります」。
NBILは、動物実験に代わる現実的な選択肢を生産することに加えて、Innoskinを皮膚移植やけがの手当など臨床用途の医療分野にも提供したいと考えている。「火傷により皮膚移植が必要な患者のニーズへ貢献することを検討しています」と、アニル氏。「バイオプリンティングであれば患者自身の細胞を使い、各患者に合わせた皮膚を作成することができます」。
またNBILは製薬会社メルクと連携し、自社のバイオプリンティング技術を用いて医薬品開発のプロセスを高速化し、コストを削減することも検討中。新たな分野であるバイオプリンティングの今後の成長と向上には、関係性の構築が重要だと考えている。
「まだバイオプリンティングはニッチな分野であり、個別に研究を行っている研究者も多いのです」と、アニル氏。「弊社は世界各地の研究所や学術機関、業界の同業者とのコンタクトを始めています。それは我々が、コラボレーションこそが成功のカギだと信じているからです」。