国内設備業界がデータの標準化で目指すべき改革とは
- 従来型の業務フローを改善することによる大幅な生産性向上の実現は困難
- DXを実現するには、単なるBIMの導入でなく、情報の集約と整理、活用が不可欠
- BIMを活用することで、既に人とコンピューターの協業によるさまざまなメリットが実感されている
- 日本の設備業界も、BIMをデータとして見るという視点で整備や活用を進めることが必要
慢性的な長時間労働や高齢化など、建設業界特有の事情から5年の猶予期間が設けられた時間外労働の上限規制の施行が2024年4月に迫る中、施工業者は「改革待ったなし」の状況と言える。働き方改革のために人員や工事日数、残業時間を削減した環境では、従来と同じ生産量を維持するだけでも大幅な生産性向上が必要となるのは明白だ。
建設業界では、生産性向上の実現に向けたDX (デジタルトランスフォーメーション) の推進が世界的なトレンドとなり、国内各企業の中期経営計画にもDXというワードが並ぶようになった。だが日本の建設業界の施工管理技術や職人の持つ技術が、既に世界的にも相当高度なものになっている以上、従来型の業務フローを維持したまま、ここから人の工夫によって大幅な改善を望むのは厳しい状況だ。
この解決に向けた方策は、コンピューターと人の協業によって仕事のしかたを大きく変えることであり、それこそがデジタルによる変革 = DXだ。建設業においてはBIMの導入がDXだと理解されることも多いが、それだけでは業務の改善にはならない。DXの実現とは、データとデジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスモデルを変革し、業務そのものや組織、プロセス、企業文化、風土を変革することだ。
データ活用のための課題
ここで、日本の設備業界におけるBIMの現在地を確認しておこう。“Building Information Modeling”の略であるBIMとは建物を情報管理しながらモデリングする技術であり、2つの技術で構成される。最初の技術は“Building Modeling”、つまり建物のモデル化だが、日本では既に設備BIMが普及しており、ここは世界の中でも先行している部分だと言える。もうひとつの技術である“Building Information”とは情報の集約と整理、活用、つまりデータベース化を指すのだが、ここに日本の設備BIMの課題があると言える。
従来は手描きされていた図面の作成にCADが使われるようになって以降、コピーやレイヤーの技術によって図面作成は高速で行えるようになった。だが図面表現は個人に依存した作業であり、図面と計算書、帳票がそれぞれ独立した存在であることから情報の不整合が生じていた。国内の設備CADの多くが3D CADになると、三次元での収まり検討が可能となって、ものづくりの精度は飛躍的に向上したが、依然として属人的な作業であり、情報の整合性の問題も残された。
BIMの時代になると、事前に準備したパーツを組み上げてモデルが作成されるようになる。BIM上に配置されたパーツには、空調機などの機器類だけでなく、バルブやダンパー、継ぎ手などまで固有のIDが振られ、それぞれが位置情報を持つことなる。BIMパーツでは、実務に必要な系統、数量、価格、素材、重量などさまざまな属性情報を管理できるため、線の情報だったCADの時代とは異なり、コンピューターが必要な情報を理解して自動処理できるようになった。これにより、人とコンピューターの協業が可能となったのだ。
BIMがもたらすメリットとDXへの道のり
オートデスクがDodge社に依頼したレポート「転換期を迎えた建築・建設・土木業界」によると、建設各社はBIMを採用したメリットに、労働生産性の向上、収益性の向上、工程の改善だけでなく、手戻りや不具合の低減、関係者とのコラボレーションの向上、スケジュール遅延などの改善も挙げている。これはBIMベースのアプローチにより、モデリングや調整作業、文書化によるメリットが生まれるだけでなく、関連する行動や下流のプロセスにもモデルが活用されるようになったということだ。
また、BIMを活用することで、廃棄物量や人件費の改善、現地据付工事の品質向上、配管/継手の追加購入の削減など、プレファブリケーションと現地工事への好影響も起きているという。この業界には、部材の調達や価格の変動、世界的な熟練技術者の不足、コロナによる安全性の懸念などの問題もあるため、こうしたプレファブリケーションの活用が加速している。
BIMはモデルや図面を作るためのソフトというだけでなく、建物情報を構造化されたデータベースとして扱うことができる。BIMを起点としてさまざまなアプリケーションやデータベースを連携でき、業務の効率化や付加価値向上につなげることができる。それによって業界や各社の暗黙知やデータを活用可能となり、それによって設備業界のDXが達成可能となる。
さらにBIMデータをクラウドで共有することで、そこにさまざまなステークホルダーがアクセスし、常に最新のモデルを共有しながら協業が可能となる。また、自社の会計や見積もり、労務管理などの基幹システムともつなぐことができる。設備業務の場合、BIMとクラウドによる建物データベースを構築しつつプロジェクトを進めることで、設計、見積、施工図、施工計画、施工、試運転、維持管理などの全てにおいて、自動化の実現などによる各業務の効率化、ワークフローの大幅な変革が可能となる。
データの標準化で目指す業界全体の改革
設備企業がBIMで成果を挙げるには、属性情報データの標準化が重要で、それによってメーカーはオブジェクトやアプリケーションを無駄なく提供できる。建設業界の中でもメーカーとの関わりが深い設備業界は、標準化によって最も大きなメリットも享受できる業界とも言えるだろう。コンピューターと効率的な協業を実現していくためにも標準化、つまりルール化、マニュアル化が必要だ。大きな変革期にある設備業界のこうした課題が、一社では解決できないレベルであることは明白だ。まずは業界として標準環境を整備した上で土壌を整え、各社が競争していくことが重要だろう。
日本の設備業界ではさまざまな種類の設備CADが使われ、三次元での干渉チェックが幅広く普及しているなど、既にBIMを活用してDXを実現するための下地が用意されている。米国や英国の状況を参考にしつつ、国交省のBIM推進会議や関係団体による環境整備も急ピッチで行われており、また設備業界のトップランナーである高砂熱学工業も、国内設備業界のBIM標準化を整備するべく、オートデスクとの戦略的提携を行い、業界全体の業務プロセス改善を目指している。BIMをデータとして見るという視点で整備や活用を進めることで、海外の取り組みにも比較的短時間で追いつけるのではないだろうか。