「人」と「つながり」を重視する老舗メーカーの十川ゴムが、つながるデータで見据える事業の変革
タイヤやホース、ベルトから靴底、パッキンまで、ゴムはあらゆる工業製品に使われてきた。1909年にドイツのフリッツ・ホフマン博士が開発した合成ゴムは、現在では自動車や航空機のタイヤから日用品などゴム製品のほぼ半数で使われ、私たちの生活に欠かせない材料となっている。
現在は大阪市西区に本社を置く株式会社十川ゴムが創業したのは、この合成ゴム誕生のわずか16年後。有名な「日の出馬印」のホースのほか、シリコンチューブやパッキンなどさまざまな成形品を製造しており、その製品数は実に2万点以上になるという。同社の十川利男代表取締役社長は、その理由を「汎用品でなく、お客様のさまざまな要望に特化するような製品を作ってきました。不器用だけど真面目にやってきた結果、製品ラインナップが広がった」と述べる。
ラインを組み合わせる工夫などで要求される製品を作ってきた一方で、そうした対応にはコストがかかる場合も多い。「効率を上げるには、ある程度は汎用的な製品に収斂させる必要がありますが、お客様とのつながりを大事にしてきた結果、そうはできなかった。創業当時からの古い作りの、手作りによる製品からデジタルエンジニアリングによる新しい製品まで、何万点という製品コードがあるのが、ある意味で弊社の特徴になっています」。
デジタル化で実現させてきたさまざまなメリット
ゴムホースや樹脂ホース、ゴムシートなどのゴム工業製品や押出・成形、型物など幅広い製品を提供する十川ゴムは、材料設計、構造設計、ものづくりのテクノロジーの基礎研究や応用研究、そして製品化の研究に力を注ぐ。3次元CADの導入も1998年と、ゴム業界においてはタイヤメーカー同様の早い時期に行われた。
研究開発部の井田剛史次長は、「カーメーカーで使われているCADに対応するには、3次元化が必須でした」と述べる。「例えば自動車の燃料系ホースは、エンジンとの間を血管のように縫う、非常に複雑な配管になっています。そのレイアウトを行い、信頼性を高めるにエンジンの振動データを入れた振動試験を行うには、治具を含めて3次元での形状設計が必要でした」。
そのための3次元CADにAutodesk Inventorを選択。「他のCADからのデータを取り込む、材料のデジタルデータを入れて解析する、CAEや3Dプリント用のソフトウェアを導入するなどという際にも非常に互換性が高く、形状が変わってしまうような問題が起きても、その中の機能で簡単にフィックスできました」と、井田氏。「現在は研究開発部の開発、技術、各工場の技術開発など、全部で数十名が使用しています」。
こうしたデジタルエンジニアリングの導入で、十川ゴムはさまざまなメリットを実現してきた。「まず、見える化が格段に進みました」と、十川氏。「従来はお客様からの要望をもとにした、マーケットイン型の開発が多くありました。それを提案型にしていくためには、設計の見える化が必要です。3次元のイメージで見せられるようになることで、例えばカーメーカーとの打ち合わせなども、スピード感が上がりました」。
また、3次元化によりシミュレーションが実現したことも大きなメリットだと言う。「出来上がった形状のものが、どれくらいの強度があるかをシミュレーションすることで、設計の無駄がなくなり、解析によって最低限の試作回数で提案が可能になりました。また、そうしてシミュレーションしたものを、いきなり金型にするのでなく3Dプリントなどで造形することで、お客様の目の前に、実際のものの形を持って行けるのも便利です」。
技術者の育成と社会問題への対応
さらに、金型の作成でもメリットが生まれる。井田氏は、「造形機で試作型を作ることで、その金型を使って本物のゴムの試作品を作れる。これで設計時間のロスが格段に減り、それで製品まで作れた事例もあります」と述べる。「これは、若い技術者を育てる上でも有効です。ソフトウェアで解析し、3D造形機でモールドを作ることは、それが教育ツールにもなります」。
これは、「人を大事にする当社では、お客様だけでなく、お客様のニーズに応えられる従業員を育てることも同じように大事」と語り、若手社員や新人に向けた教育プログラムも充実させてきた十川氏の信念とも合致するものだ。「これまでは1カ月かけて70-80万円の金型を作っていたのが、2-3万円の金型を、3日くらいで作れる。開発費が必ずしも製品に反映されていたわけではないという問題も、これで解決できます」。
こうした研究開発への注力の背景には、ゴムは形状やサイズによらず、加えた力の方向へ大きく伸縮し、その力を除くと元の形状に戻る特性(弾性変形)を持ち、またその温度依存性など、この材料特有の難しさがあるという。「ゴムは、力のかかり方で大きく変わる、非線形な難しさがあります。季節性もあるし、温度や湿度など環境にも依存します。これまでは職人の勘と経験でやっていた部分の伝承も難しくなってきたので、それがデジタル化できればと思っています」と、十川氏。
「時代とともにつながりのカタチが変化していく中で、当社でもデジタルを取り入れながら、社会の問題にも対応しています」と、十川氏は続ける。その一例が、東日本大震災の際に発生した、貯水槽の問題への対策だ。その当時、手洗いや、洗面、歯磨き等の日常の衛生面での水の使用ができなくなり、感染症の発生が懸念されるに至った。
十川ゴムが中央大学、タンクメーカーのエヌ・ワイ・ケイと構成した産学連携研究グループは、地震によって発生する長周期地震動によって貯水槽内の水の液面が大きく浮動し、それによって起こるスロッシング現象で貯水槽が損傷を受けて使用不能となる問題に対応するため、「浮体式波動抑制装置〜タンクセイバー・波平さん」を共同開発。波の力を抑えるダンパーを作り上げたが、そこには自社のピュアブルホースなどにも使われている、耐久性に優れ、飲料水にも使える特殊柔軟性ポリエチレン樹脂が採用されている。
つながるデータで目指すゴム業界の未来
2025年には創業100周年を迎える同社は、今後の変革へどう取り組むのだろう。十川社長は「これまで非常に多品種の製品を設計・製造してきたので、データの共有や整理ができておらず、研究や設計も、各個人がそれぞれテーマを行なってきました」と述べる。「工場によって製品群が縦割りになっていることもあって、データ共有を含めて、横への連携ができていない。例えば、同じような製品でも工場が違えば異なる材料を使うケースもありますが、技術的な要素は同じものもあります。そこを共有できるようにすることで、効率化が図れると思います」。
こうしたデジタルエンジニアリングの推進を事業そのものの変革につなげるには、データをさらにつながったものにすることが重要だ。「現在、製品の設計、金型の設計まではCADベースで実現できています。また、季節性などで流れが大きく変わるゴムの製造条件をコンピューター上でシミュレーションするのはかなり難しいことですが、それもようやくできつつあります」と、十川氏。
「いかに無駄なく作るかは計算できるようになったのですが、いまはそれを成形機の中に情報として入れることはできない。成形機はIoTに対応しているので、そのコンディションを確認したり、メンテナンスをしたりすることはできるのですが、成形条件がつながっていない。それがつながるようになれば、ゴム業界でも本当のDXができると考えています」。