曲線とCO2削減を共存させた壮大なコンクリート インスタレーション
“レンガに「どうして欲しい?」と尋ねると、「アーチがいい」と答えた。私は「いいかい、私もそうしたいよ。だがアーチは金がかかる。コンクリートのまぐさ石だったら使用できるがね」と告げた”。これは建築材料の巧みな活用で知られる建築家ルイス・カーンの、材料に対する精神的、形態的な偏愛を表す有名な言葉だ。
シカゴ建築ビエンナーレ2019向けにデザイン、建設されたStereoform Slabパビリオンは、レンガではなくコンクリートの理想的な形状を思索したものになっている。このインスタレーションの精神は、材料の有効性に対するカーンの譲歩へ直接的に対応するもので、アーチをコンクリート彫刻と組み合わせ、よりサステナブルなコンクリート活用のアプローチを提示している。
コンクリート構造は、この近代性を定義する材料の幅広い表現力を明白に示す、絶好の機会となることが多い。Stereoform Slabで採用された手法は、デジタル製造されたコンクリートの繊細で美しい波が、標準的な構造をさらに美しく見せられることも示している。これほど一般化した建材で、こうしたデザインを優れたCO2効率で実現することは重要な意味を持つ。
メガ建築事務所SOMがデザインした (オートデスクも一部の資金とデザインに協力) このパビリオンは、より優れた材料の強度と効率を実現するため古代から続いてきた荷重支持の工学原理と、比較的新しい型枠を使用した製造技術を、前代未聞のスケールで活用するものだ。
建設プロセスの最初に、デンマークのOdico Construction Roboticsが、直線と曲線が共存するコンクリート形状用の型枠を作成。この型枠は7軸の固定砥粒ワイヤー切断ロボットアームで切り出されたもので、ロボットアームが巨大な旋盤のように型枠をスライスして成形を行った (型枠はスタイロフォームによく似た発泡ポリスチレン製で、より強度と密度が高い)。先端がダイヤモンド加工された連結式の帯のこを、カスタマイズされたデジタル製造ソフトウェアで CAD図面を元に動かし、コンクリートの強度を生かしつつ弱点を補うような形状になるよう切断している。
最終形状はデザイン プロセスで決定された。SOM の構造ディレクター、ベントン・ジョンソン氏は「施工される構造は、結局のところ、力の流れの物理的な現れなのです」と話す。コンクリートのまぐさ石ならぬ、高層ビルのスラブ (パビリオンの屋根はスラブ = 床板を思わせる姿をしている) を支えられる強度を追加する理想的な方法は、2本の柱の間のできるだけ離れた所にアーチを配置することだ。
「ただし、問題はアーチが床には適していないことです」と、ジョンソン氏。そこで、Stereoform Slabではアーチの上下を逆にしてカテナリー曲線となるようにし、張力が最大になってもスラブを支えられる構造になっている。SOMシニア アーキテクトのカイル・ヴァンサイス氏は「張力と圧縮力を逆転させたのです」と話す。「コンクリートは、完全に圧縮された状態でその性能を発揮します」。スラブは各柱に向かうにつれて厚みを増し、圧縮力が最大になるところでは薄くなっている。
また、高層ビルの敷板を思わせるパビリオンの屋根は完全な平板になっているが、それを支える手法には繊細な美しさがある。コンクリートの波は屋根から押し出され、屋根を支えている角柱部分で合流。その形は、上下が逆転した完全対称のスケート場のようにも見える。現地で成型できるよう、デンマークからシカゴへ輸送されたパビリオンの型枠は、シカゴのウェスト・ループ地区に運び込まれた。
通常、曲線のコンクリート型枠はCNCミルを用いて製造されるが、SOMとOdicoは固定砥粒ワイヤー切断アームを使う、より効率的な手法を見出した。Odicoのアスビョルン・ソンダーガードCTOは「CNCミルは極めて万能ですが、非常に時間がかかります」と話す。
SOM のデザインパートナー、スコット・ダンカン氏は「従来のCNCミルと比較すると、最大の利点はスピードです。各層ごとに削り取るのではなく、素材を漸進的に粉砕していきます」と話す。「まっすぐに切断していくだけで完了です」。
ソンダーガード氏は、従来のCNC製造を「バスタブの水をティースプーンで空にしようとするようなもの」だと例える。固定砥粒ワイヤー切断方式は100倍以上も高速で、成型に使用される型枠も4枚以下で済む。
指定のスパンに対して使用するべき材料の量を正確に微調整することで、この構造に使用される材料は一般的なものより20%少なく、CO2排出量も20%削減できる。コンクリート平板の成型は建造物のCO2総排出量の40-60%を占めるため、建設プロセスにおいて、この部分の効率アップは非常に大きな影響を及ぼすことになる。複雑なコンクリート成型にかかる材料のムダと製造時間を最小限に抑えることは、大幅なコストの削減ももたらす。
「まっすぐな壁でないもの、普通とは違うものなど標準的でないコンクリートの場合、型枠が主要なコスト要因となります」とソンダーガード氏。
Odicoが専門とするロボットによるワイヤー切断技術は6年ほど前に登場しているが、このプロジェクトにおける最大の課題のひとつが、Stereoform Slabのサイズ (全長約21m) だ。「私たちが取り組む問題は、大抵はテクノロジーそのものではありません。その規模が問題なのです」とヴァンサイス氏が述べる2.4m幅の型枠 (Odicoがそれまで作成したどの型枠よりも幅広だった) の製造には、24mもの長さの切断作業台を特注する必要があった。この種の型枠としてはOdicoにも未体験のサイズだ。
SOMとOdicoは、この製造手法が、より少ないエネルギーと材料で、より高層の建物や幅広のスパンを作成できる、総体的で将来的に移動可能なシステムになるという展望を持っている。この旋盤ロボットアームは、輸送コンテナに納めて建設現場に搬入できるため、工場をどこにでも設置可能だ。
簡単に輸送できるよう、型枠は分解できる。型枠を現場で作成しない場合も、高層ビル構造では、比較的軽量の型枠を下階から上階へと1階毎に移動させ、コンクリートを打設できる。「エレベーターに収まるサイズになります」と、ダンカン氏。
このプロセスの最も平凡な要素こそ、建設業界に最も破壊的な変化をもたらす可能性がある。デジタル製造の型枠は通常のコンクリートにも使用でき、規格外の材料を必要としないのだ。また、コンクリートを流し込んだ後は専門の作業員も必要ない。これは業界全体での幅広い導入を促進する要因となるだろう。「材料科学の革新を超越する必要があります」と、ソンダーガード氏。「今日のコンクリート処理にふさわしい何かを創り出さなければなりません」。
「世界のほぼあらゆる場所で最適な形状のコンクリートを打設できます」と、ヴァンサイス氏。理想的で、表現力も豊かであること。コンクリートの形状は、無数の文化、地域、伝統へと適応している。世界中のあらゆる場所で、形態と機能を旋盤加工と巧みに組み合わせることが可能だ。