ビルやインフラのオーナーが握るコネクテッドデータの鍵
- 次のDX (デジタルトランスフォーメーション) を牽引するのはビルオーナーであり、データや自動化、機械学習を活用した建物資産の性能の最適化により、ライフサイクルコストの削減をリードする。
- 人口増加と気候変動が、こうしたDXの触媒となる。
- クラウドベースのプラットフォームがコネクテッドデータフローを可能とし、オーナーが過去の知識を活用して将来の課題に備えることを支援する。
超高層ビルの建設を望んだEmpire State, Inc.のオーナーは、これが世界最高峰のビルとなるよう、建築家に15回ものデザインの見直しを依頼した。この意欲的なプロジェクトは、着手から完成までを18カ月以内に完了させたいというオーナーの要望を受け、さらに意欲的なスケジュールで進められた。1931年5月1日、建築家とエンジニア、協力会社、オーナーの連携で実現したエンパイア・ステート・ビルディングは、エンジニアリングの偉業により、ニューヨークの上空443mから光を放つことになった。
それから90年。AEC (建築、エンジニアリング、建設) は、こうした15回の修正が数分で行えるデジタル業界になった。そして業界全体の変革を推進する上で、オーナーが再び重要な役割を果たすようになっている。
企業が建物を構築、運用する方法を変える必要がある。過去40年間、AEC業界は デジタライゼーションに尽力してきたが、再び破壊的変化をもたらすときが来ている。
最初の大きな変革は、パソコンを使った設計 (CAD) が可能になったことだった。そしてBIM (ビルディング インフォメーション モデリング) の登場により、部門間での連携が可能となった。その後、業界はクラウドへと移行。こうした変化は、同じ軌跡を辿りながらも、より加速している。変化の必要性を理解したイノベーターが変革を引き起こし、業界はそれに波状的に追随するのだ。
世界的なパンデミックと地球の急速な変化の中、AEC業界はプラットフォーム、機械学習、自動化を活用したデータドリブンな業界へと、第4の転生の準備が整ったところだ。次世代のイノベーションで重要なのは、データを収集・分析し、レジリエントな未来のための構造物を設計、構築、運用することになる。
第4の変革の要因
自然災害は増加の一途を辿り、世界の人口は2050年までに100億人へ達すると予想されている。そこに世界規模のパンデミック、都市化現象、労働力の減少、資源の枯渇、サプライチェーンの脆弱性などが加わり、複数の厄災が同時に起こる壊滅的な事態、いわゆる「パーフェクトストーム」が到来しつつある。
だが建造環境は、それに対処する準備ができているとはいえない。現在の状況を整理しておこう。
- インフラは老朽化を続けており、気候変動がその劣化を加速させている。
- 建物は世界の温室効果ガス排出量の40%を占めている。
- サプライチェーンは脆弱で、建設会社の60%でパンデミックによる混乱が継続中だと報告されている。
- 多くの建設プロジェクトで、80%の予算超過、20%のスケジュール遅延が発生している。
- 2025年まで毎年22億トンの建設廃棄物が生じる計算だ。
企業が建物を構築、運用する方法を変える必要がある。AEC業界は過去40年間に渡ってデジタライゼーションに尽力してきたが、再び破壊的変化が必要なときが来ているのだ。
この移行を、クラウドがシームレスに実行できる。クラウドが業界の常識となって5年が経過したが、まだ比較的新しい現象だ。多くのAEC企業で、その導入はパンデミック前から始められていたが、コロナ禍でその重要性がさらに高まった。パンデミック以前、リモートで業務を行う人の割合は20%に過ぎなかったが、それは今や71%になっている。クラウドは企業が生産性を維持するための必須アイテムであり、これがデータのコネクティビティを実現するための舞台ともなる。
大量のデータを包囲する
Statistaの予測によると、生み出されるデータの量は2025年までに181ゼタバイトへ増大する。1ゼタバイトは、300億本分の4K映画のストレージ容量に相当する。
AEC業界のデジタル化が進めば、計測値、材料、塗装色、備品などのほか、リアリティキャプチャ、ドローン、センサー、AIなどで収集されコンテキスト化されたプロジェクト情報など、膨大な量の新規データが作成される。
IoTが加わり、センサーから収集された何十億ものデータポイントは、運用が開始された建物の性能を説明し、それは性能、持続可能性、自動化の最適化に役立つだけでなく、将来の建設の参考ともなる。
しかしデータの真の価値を引き出すには、データを管理し分析する必要がある。それぞれに異なるソフトウェアプログラムにサイロ化されていたり、ローカルデバイスに保存されていたりするのでは、うまく機能しない。
データがコネクトされることで、イノベーションが生まれる。重要なのは、気候変動、人口増加、枯渇する資源など、地球規模の課題の緩和を支援するには、それが不可欠だということだ。こうした課題に対して最終的に責任を負い、データが業界の変革を推進することを理解すべきなのはオーナーだ。専用プラットフォームは全てのデータをコネクトでき、オーナーやAEC関係者が、必要なときに必要な情報を得ることができる。
プラットフォームは設計、施工、運用、監視、計画の連続したループを通じて、人とプロセス、知見、データをコネクトする。オートデスクはそのことに確信を持っており、だからこそ自社の未来をForgeプラットフォームに賭けているのだ。
オーナーがイノベーションを推進
施設のライフタイムコストのうち、平均して80-90%は運用中に生じる。これまで情報は紙に記録され、それが箱に保管されていた。クラウドベースのプラットフォームを利用することで、オーナーは全ての運用データをデジタル化して保存し、それを設計施工データと統合して、いつでもアクセスできるデジタルツインを作成できる。
公共インフラのオーナーである政府の多くは、データドリブンなアプローチに移行しつつある。2016年、英国は全ての公共プロジェクトにBIMレベル2を義務化し、データの相互運用性の基準を作成した。これが功を奏し、コネクテッドデータの活用によって、ライフサイクルコストの33%削減 (PDF P.21) につながった。
竣工後、オーナーが望むのは鍵だけではない。必要なのは、より良い結果をもたらすための、次のようなデジタル情報だ。
1. デジタルツイン
デジタルツインとはデータを満載した構造物のバーチャルレプリカのことで、建設後にオーナーに引き渡されるべきものだ。デジタルツインテクノロジー (Autodesk Tandemなど) は、設計から解体までのライフサイクル全体のスレッドを作成する。オーナーは、ビル制御システムの運用データをデジタルツインにリンクし、リアルタイムに性能を分析できる。このコネクテッドデータは、オーナーが計画や改修の際により良い決定を下し、予知保全を可能にして運用の中断の抑制に役立つ。
2. 運用の最適化のための知見
オーナーが求めているのは、変わらない事実や数値だけではない。彼らが必要としているのは、より良い意思決定を行うための実行可能な知見だ。テクノロジーにより、リアルタイムで詳細な情報にアクセスし、建物内の居住者や空気循環の動きなどのデータセットをモニターすることが可能になる。NASAのエイムズ研究センターでは、広さ4,600平米以上の施設であるSustainability Baseのセンサーが室温や景観への水使用量などをモニターし、建物のライフサイクル管理に対するインタラクティブなアプローチを可能にしている。
3. 次のプロジェクトを計画するための自動化
データは自動化された環境にも対応できる。機械学習やAIは、既存の情報を取り込み、想定されるシナリオをシミュレーションする。ジェネレーティブデザイン・ソフトウェアは、現在の資産のモニタリングや分析、空間の再設計、次のプロジェクトの計画などに対する何千もの選択肢を生み出す。エアバスのある工場は、非効率なレイアウトのため、従業員は工具や材料を取るために長い距離を歩く必要があった。ワークフローを効率化するため、エアバスは人の動きをデジタルで追跡し、ジェネレーティブデザインを活用して工場を再構成した。既存のデータと望む成果を結び付け、ネットゼロコンクリートなどの再生可能材料をより多く使用した、より良いデザインを作成することができた。
データドリブンな未来は、AEC業界の全関係者に以下のようなメリットをもたらす。
- クラウドベースのプラットフォームで共通データ環境を構築することにより、オーナーは資産のスナップショットを手にし、十分な情報に基づいた意思決定とライフサイクルコストの削減が可能となる。
- IoTを搭載した建物はリアルタイムでの性能分析を提供するため、オーナーは個々の要素を管理して全体の機能を向上させ、運用コストを削減できる。
- プラットフォームを通じて実現されるコネクテッドデータにより、より優れた自動化が実現され、プロセスを合理化し、エラーや手直しを減らし、冗長性を排除できる。
- コネクテッドデータは、オーナーが建物の二酸化炭素排出量を削減する選択を支援して、持続可能性を支える。
- プラットフォームは粒度の高いデータに対応しているため、オーナーは情報の下位集合にアクセスし、より優れた俊敏性と迅速な問題解決を実現できる。
レジリエントな成果をもたらすデータ活用
変化する世界に対応するため、世界各地の多くのオーナーたちがデータ駆動型のアプローチを活用している。こうした次なる変革が具体化しつつある2つの例を紹介しよう。
1. データでノートルダム大聖堂を再建
2019年4月にノートルダム大聖堂の大部分が火災で焼失した際、フランス政府は1,000年の歴史を持つ大聖堂の建造物としての整合性を保存したいと考えた。AECチームはBIMプロセスを活用し、データドリブンな設計と手彫りの石などの伝統的な建設方法を組み合わせ、大聖堂を細部まで再現。ノートルダム大聖堂のオーナーは再建後もデータを収集予定で、IoTセンサーを設置して今後の不具合を予測し、次なる災害を回避しようと考えている。
2. 天然資源を管理
世界がより高温で乾燥したものになれば、水はより貴重なものとなる。水インフラの改修は、長年の懸案事項だ。米国では2分毎に配水管が破裂しており、毎日2,200万tの処理水が無駄になっている。Innovyzeは油圧システムのデジタルツインを作成するソフトウェア会社だ。これにより公共事業のオーナーは日常業務を管理するためのリアルタイムな知見を入手し、AIを使用して潜在的なリスクを特定。サービスの中断を回避し、廃棄物を削減できる。
よりレジリエントで持続可能な未来に貢献するインフラや建築プロジェクトの開発には、AECのプラットフォームエコノミーで支えられたコネクテッドデータが不可欠だ。オーナーはこうした変化を推進する最前線におり、プラットフォームエコノミーの一部となることが強く求められるようになっている。だが、彼らだけでは建設は不可能であり、AEC業界全体が総力を挙げて実現に向けて取り組む必要がある。そして、全員がその恩恵を受けなければならない。