デカトロンがAIを活用してデザインする「自転車の再発明」とは
- 毎年、世界で生産される自転車は、実に約1億3千万台に上る。
- これは、自動車の生産台数の2.5倍以上だ。
- 軌道自転車が1817年にが発明されて以来、自転車は常に進化し続けてきた。
- スポーツ用品を販売するデカトロンは、気候変動問題への取り組みをきっかけに、AIを活用して未来のパフォーマンスバイクを作っている。
1976年の夏、フランス北西部のリール郊外にあるアングロの駐車場でのことだった。デカトロンの冒険は、スポーツ愛好家であり、生来の起業家でもある友人たち7名が立てた、ある誓いから始まった。それは初心者から愛好家まで全てのアスリートに、どこにも負けない値段で装備を提供することだ。十種競技を意味するデカトロンの歴史は、10種類のスポーツ用品の提供から始まる。その目標は、スポーツから得られる喜びや健康をできるだけ多くの人にもたらすことだった。
それから10年。同社は自転車の販売代理店との配送トラブルをきっかけに業務を転換し、自社ブランドのスポーツ用品のデザインと販売を行うことを決断した。現在、デカトロンは性能、価格、環境への配慮という3本の柱に基づいた開発を進め、世界57カ国で80種類以上のスポーツに向けた製品を販売している。
デジタライゼーションが促進するデカトロンのエコデザイン
デカトロンは、新興技術や習慣の変化に合わせて進化し、自らを改革することを得意としている。その結果、デザインプロセスは継続的に向上してきた。
2016年には、今後10年以内に販売ユニットあたりのCO2排出量を40%削減すると明言し、デザインフェーズだけで20%の削減を目標に掲げた。絶え間ないイノベーションと気候変動への取り組みをもとに、デザインチームは現在、コンセプトから生産までのプロセス全体を向上するためジェネレーティブデザインに取り組んでいる。
こうしたジェネレーティブデザインへの転換は、フランスでデカトロンのデジタルデザイン スキルリーダーを務めるシリル・アンスリー氏と、デジタルチェーン部門統括を務めるアドリアン・ラニョー氏に委ねられており、そこにはブランドのデザインプロセスやバリューチェーンの根底からの変革が含まれる。
「材料だけではなく、デザイン手法もです」と、アンスリー氏。「我々の目標は全製品のカーボンフットプリントを、従来のモデルから10%削減することです。そのためには、すべてのプロセスを見直す必要がありました」。
チームは新たなテクノロジーを利用し、製品デザインの最初から持続可能性を組み込むことを目指している。それにより、製品の影響を製造後でなく製造前に測定することが可能。また製品開発サイクルを短縮し、パフォーマンスを最適化することもできる。アンスリー氏は、「エコデザインは最も重要な経路であり、より効率的にできるよう支援することで、デザイナーの業務手法を転換させます」と付け加える。
急速に変化する世界での業務手法を学ぶ
デジタライゼーションへの第一歩となったのは、社員の意識改革だった。チーム毎に技術的な成熟度が異なり、それぞれのペースで進めた結果、このステップには1年を費やした。
プロセスの最適化を支援するため、プロジェクトチームは検討用ツールとしてコンピュテーショナルデザインを採用。デカトロンは、ジェネレーティブデザインをデザインフェーズからどう使用できるのかを検討し、その成果として毎年製造している何千という製品のカーボンフットプリントを縮小したいと考えた。
このデジタル教育の道標として、アンスリー氏とラニョー氏は、Autodesk Franceのアプリケーションエンジニアであるベルトラン・マスールと製造市場スペシャリストのシルヴァン・ルグランの協力を得る。両者はデカトロンのオフィスを訪れて、チームにジェネレーティブデザインを紹介した。
デカトロンの先進設計プロジェクトリーダーのシャルル・カンビアニカ氏は「当初はコンセプトをよく分かっておらず、作業の中心はテクニカルなものでした」と話す。チームは、オートデスクが急速に変化する世界で業務を遂行する方法をどう教えるのか、また自らの仕事を、その文脈でどう捉えるべきかを理解したいと考えていた。「極めて多様な業界に基づくオートデスクの視点が、新たなアイデアを生み出すのに役立ちました」とカンビアニカ氏は話す。
AIはデザインをどう変革するのか
デカトロンのデザインチームは、ジェネレーティブデザインに移行後の最初のプロジェクトに、レース用自転車での試みを選択した。自転車は同社の歴史において重要な製品であり、200年におよぶイノベーションを経て技術的進歩が大幅に低下していることからも、これは適切な選択肢に思われた。
「カーボンファイバー製の自転車は、エコロジーの観点では行き詰まった状態にあります」と、カンビアニカ氏は話す。「カーボンファイバーは材料としては非常に軽量ですが、カスタムデザインには適していません。また、廃棄物処理やリサイクル面での問題は解決からほど遠く、それがカーボンファイバーのエコロジカルフットプリントにおける最大の要因となっています。さらに、カーボンは世界でも1か所でしか製造されていないため、環境への影響はより大きくなっています」。
このプロジェクトの目標は、ブランドの美学に沿った金属製の自転車フレームを、Fusion 360を使用してカーボンファイバー製と同等の軽さで作ることだった。「このプロジェクトは、デカトロン製品のアイデンティティに直結するものです」とカンビアニカ氏は話す。また、従来とは異なる方法があることを示したいという野望もあると言う。「単にジェネレーティブデザインでレース用自転車を設計するだけではなく、製品全体を熟慮し、そのアイデンティティを定義するということです」。
チームは、まずは自転車を構成するフォークとフレームという2つのパーツに着目した。だが、その過程で幾つかの障害にぶつかった。特に、動的なアプローチから静的なデザインへと移行する場面においてだ。ソフトウェアは2Dで動作する一方で、自転車はダイナミックにデザイン、シミュレーションされる。そのため、ワークフローの正確な予測を得ることは困難だった。チームはモードを変更するため、パラメーター変更やデータの追加を行う必要があった。
この技術上の疑問は、幸いにも前輪を支えるフォークの初期テストが行われるころには解消された。ジェネレーティブデザイン プロセスは、重量と外観の目標達成だけでなく、材料消費量の大幅な削減にも役立った。しかも使用される素材はすべてリサイクル可能だ。
2020年12月の期限まであと数か月の段階で、チームはまだ作業を完了できていないものの、このアプローチが価値ある試みであると確信していた。試みを継続したいという望みは確かなものとなった。
「我々は、デカトロンのプロセスを真の意味で変革する、デザインへの新たなアプローチの入り口にいるに過ぎないという事実を認識しています」と、カンビアニカ氏。「創造へのこの新たなアプローチは、我々のデザインへの取り組みを完全に変貌させるでしょう。我々は改善が必要だと考えています。この技術を知り、理解し、取り込むには、まずしっかりと把握する必要があります。環境の観点から言えば、デザインはインパクトをもたらすことのできる唯一の手段です。だからこの問題に取り組む真の機会となるのです」。
AIがユーザー中心のデザインをさらに進化
ジェネレーティブデザインはデザインへのアプローチを一変させてしまうほど、デザイナーに自らの役割に関する再考や、共に進化することを促す。「マシンのフォーマットは人間とは異なります」と、アンスリー氏。「障壁が少なく、より独特な形状を提案できます。そして、デザイナーを本来の仕事に集中させてくれます。それによりデザイナーには詳細な分析を行う余裕ができ、ユーザーとオブジェクトとの間の感情面でのつながりを高める方法を探ることができます」。
デザインとは、単にスケッチや外観の問題ではない。カンビアニカ氏によれば、デザイナーの役割は、ユーザーと製品の間に対話を生み出すことだ。つまり相手に共感し、相手の気持ちを察する「共感力」が、これからのデザインキャリアには欠かせない資質になるということだ。
一方、アンスリー氏は、デザイナーはテクノロジーに通じていなければならないと説明する。「自分が生み出した製品を通じてストーリーを伝えるには、直感や観察力を技術と融合させなければなりません」と、アンスリー氏。「ツールは時間の大幅な短縮を可能にします。その時間を、ユーザーのニーズを理解し感情を引き出すという人間的な仕事に集中することに使用できるのです」。
成長のためのメカニズムとしてのジェネレーティブデザイン
未来のデザイナーは、日常的な関心事とのつながりを保ち、シンプルなものから複雑なものまで、さまざまな技術を切り替えられる必要がある。ジェネレーティブ デザインは、可能性の幅を大きく広げるだけでなく、コンセプトの技術的妥当性を検討段階で確認することを可能にする。これができるのは、技術的特徴があらかじめ入力されているためだ。
そのためデザイナーは技術的特徴ではなく、製品の価値や最終用途へ重点的に取り組むことができる。「私は、デザイナーにとってのジェネレーティブデザインのテクノロジーは、科学者にとっての顕微鏡のようなものだと思います」と、カンビアニカ氏。「これにより、デザイナーは自らの作品を別の角度から眺めることができます」。
「ジェネレーティブデザインは、豊富な機会を提供し、新しいアイデアの実装も可能にします。インクリメンタル (漸進的) なデザインプロセスは依然として重要ですが、ジェネレーティブデザインの最も有益な点は、そのプロセスを短縮し、デザイナーが問題そのものに集中することを可能にする点です。その結果て、直感でなく確信に基づいて前進することができます」。
マスールとオートデスクも同じ考えだ。「テクノロジーは、従来のデザインの世界を打ち砕き、可能性に満ちた新たな世界へデザイナーを導いて、無限に近い方法で探求させてくれます」と、マスール。「そして、デザイナーは問題解決に専念できます。このマンマシンインターフェースのおかげで、デザイナーは次のステージに進むための最適なソリューションを選択できるのです」。