ジェネレーティブ デザインで生み出すユニークな水上太陽光発電用フロート
- カーボンニュートラルの世界的な要求を受け、水上太陽光発電が大きな注目を集めている
- 設置に必要な面積の少ない水上太陽光発電は、従来の地上に設置したソーラーパネルの魅力的な代替ソリューション
- 数々のアワードを獲得しているインダストリアルデザイナーの柳澤郷司氏が、再生エネルギーを推進する日本の企業からの依頼で水上太陽光発電システムのフロートをプランニング&デザイン
- ジェネレーティブ デザインが、最小限の人数でも水上太陽光発電システムのインフラであるフロートの膨大で幅広いバリエーションを比較できる機会を提供
カーボンニュートラルへの要求が高まる中、水上太陽光発電がサステナビリティに関する話題の中心となっているのには理由がある。水上太陽光発電は、発電と貯水という2つの役割を担うことが可能だ。設置に必要な面積は小さく、水生生物のいない水源であれば環境負荷も小さい。
このシステムは木や植物に遮られることがないため太陽光へ終日アクセスできるし、水による冷却効果によって、ソーラーパネルがより効率的に動作する。水上太陽光発電の市場はまだ歴史が浅く、現在は規格整備が進められている段階だが、従来の設置パネルでは対応できない地域を中心に、その普及が急速に進んでいる。日本などで2050年までにネットゼロを目指す法律が制定されるなど、世界的な潮流となっているネットゼロの公約にも合致するものだと言えるだろう。
水上での発電で空き地を守る
日本においては、山間部であっても太陽光発電に適した日当たりの良い土地は限られている。そのため大規模な山林を切り開く必要があるが、これはゼロカーボンとは逆行する行動だ。 日本のインダストリアルデザイナー柳澤郷司氏は、山間部の斜面を利用した陸上太陽光発電の拡大がもたらすエコロジーのリスクを理解している。「日本では、山の斜面などに太陽光発電システムを作る際の伐採が問題になってきています」と、柳澤氏は話す。「環境にメリットのあるものを作るために木を切ってしまうのでは、全くのナンセンスです。発電プロジェクトに土地を使うのはやめるべきで、水上発電の方が信頼できます」。
Triple Bottom Line = 社会・環境・経済の評価軸
柳澤氏が代表を務めるTriple Bottom Lineは、機能的なインテリア製品からサステブルな機械、大量生産可能なインフラまで、ハイブリッドな様式にフォーカスしたユニークなデザインスタジオだ。デザイナーとして美しい形や線に惹かれるのは当然だが、エンジニアである彼は、モノは常に実用的な機能を持ち、商品化しやすいものであるべきだと考え、両者のバランスを探究し続けている。
日本生まれの彼は英国の大学で、プロダクトデザインとサステナブルな家具を中心にデザイン工学と材料工学を学んだ。その技術を磨き、実用的なソリューションを探求する機会を数多く得てきたほか、AIを駆使したアルゴリズムにより人間では実現できないような幅広いデザインを生み出すジェネレーティブ デザインにも、早い段階から注目してきた。
これまでLEDペンダントライトから3Dプリントを活用したIoTロードバイクまで幅広い作品を手がけてきた柳澤氏は、2016年にCESイノベーションアワードを受賞。またジェネレーティブ デザインを用いて12%以上の軽量化を実現し、iF DESIGN AWARD 2019を獲得したデンソーのECUでもコラボレーションをおこなっている。昨年には水上太陽光発電用のフロート (浮き) を、5名で構成された少人数のチームにより、わずか6カ月で完成。Fusion 360のジェネレーティブ デザインを戦略的に活用しなければ、2年以上が必要だったという。
サステナビリティ・プロジェクトを支えるジェネレーティブ デザインとAI
太陽光発電システム用の新しいフロート開発を依頼された日本のあるゼネコンが、量産に必要な知識や背景を持っていなかったため、その納期に間に合わせられるよう、専門家として招聘されたのが柳澤氏だった。
その企業は、既に社員のトレーニングに多くの時間と予算のかなりの部分が費やしていたこともあり、ゼロから始めずに済む方法を探っていた。そして、柳澤氏の仕事を知っていたプロジェクトの関係者が、彼の経歴がミッションと合致していると考えたのだ。
当時、柳澤氏は少人数のチームで仕事をしていたが、クライアントのプロジェクト完了までに15カ月しかないため、従来の設計やテストの手法では不十分であると、早い段階で判断していた。既に多くの浮体式太陽光発電システムが開発されていたが、フロートそのものは標準化されておらず、ゼロから設計する必要があった。そこでジェネレーティブ デザインが適用され、必要な強度を想定した上で、最小・最適な肉厚を持った500通りものフロート形状が生み出された。
「500通りの形状が得られても、ある種の規格を満たすためには手を加える必要があることが分かりました」と柳澤氏。「コンセプトモデルに対して、生産を担当する工場側のエンジニアの意見を聞いて修正を加えていく必要がありました。これはDFM (Design for Manufacturing: 製造容易性設計)、MVT (Mass-production verification test: 量産検証試験)と呼ばれる、量産品には一般的に義務付けられている工程です。既にフランスと中国の大手2社が水上太陽光発電システムを手がけていたため、特許上の問題も避けなければなりませんでした」。
水上太陽光発電システムに関する法規制や規格はまだ十分に整備されていないため、他分野の陸上発電設備やフロート、アンカーに関する規格、水質汚濁に関する規格などを研究して、フロートの独自の規格を制定。必要な機能的デザイン要素を盛り込みながら、500もの選択肢から絞り込み、最終的なデザインを決定した。
香川県でのフロートテスト
完成した試作機は、適切な場所でテストを行うことが必要だ。そのために選択した香川は、四国の北東部に位置する農業の盛んな県で、肥沃な土壌が農作物の生産に適しているが、雨が少ないため自給自足の水源が発達している。
フロートの機能を検証するため、地元の農業関係者と共同で香川県に実験施設が作られた。そこで独自に発電が行われ、その電力が利用されている。実験には、構造解析や流体解析の専門家であるCAEスペシャリストの水野操が試験段階から協力。モデルが特定の性能を満たしているかどうかがシミュレーションで解析された。
「コンピューターシミュレーションは、開発のスピードアップにつながるだけでなく物理的なテストを減らすことができるので、検証作業の無駄を省くことにもつながります」と柳澤氏は述べる。「当初は5-6カ月かけて実機テストを行う予定でしたが、シミュレーション環境でほとんどのテストを再現できたので、実機テストは2カ月に短縮できました」。
この2カ月の期間を経て柳澤氏が設計したフロートは合格し、量産が可能になった。「現在はまだ世界的に統一された安全規制がないためアジアの一部の地域向けですが、ヨーロッパの企業数社も興味を持ってくれています」。
太陽光発電は新しい市場であり、その市場規模に見合った資金を企業が提供するためには、まだ幾つかの新しい規制をクリアする必要があるが、そこには確実に勢いがある。ジェネレーティブ デザインは、フロートのラピッドプロトタイピングとテストに必要なあらゆる種類の機会を提供するものであり、水上太陽光発電が主流として受け入れられるのも遠くない可能性がある。
人間とAIのコラボレーション
地球上の人口が増え、より多くの空間が使われるようになる中、柳澤氏によるフロートのような既成概念にとらわれないソリューションが、サステナビリティに大きな影響を与える可能性がある。だが「私はデザイナーとして、美しいもの、きれいなものを作りたいと考えています」と述べる柳澤氏は、AIとジェネレーティブ デザインにより、スタイルの翻訳がもっとうまくいくことを望んでいる。
「現在、ジェネレーティブ デザインは機械的特性や価格などをもとに、質量や構造を最適化したモデルを提案することに注力しています。審美的な判断を下すのではなく、あらかじめ与えられているメタ認知を用いて特定条件下で成立する機構的、機能的要求を満たす処理を行っているに過ぎません」と、柳澤氏は述べる。「AIが考えた回答には、出力結果がバラバラのように見えることがありますが、本当にAIとの協業を成功させるためには、私たちは彼らの用いる「(デザイン) 言語」を正しく理解し、自らの言語へ翻訳する作業が必要になるのです」。
柳澤氏は、海上太陽光発電の問題も解決したいと考えている。海上での太陽光発電システムには、海面上昇や過酷な環境、フロートが与える生物多様性への影響などの問題も存在している。この分野でも、環境に配慮した解決策を、ジェネレーティブ デザインが示してくれる可能性がある。人間とAIのコラボレーションはエキサイティングな領域であり、お互いの強みを生かすことにより、その可能性は無限に広がるだろう。