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脳神経外科医が3D CGによる可視化で切り開く未来の医療

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建築や製造の世界では長い間、限られた数の2次元図面から対象物を3次元的に理解する、いわゆる「図面を読む」スキルが必須であるとされてきた。だが昨今は3Dモデルによる可視化が、まさに別次元の理解を提供するようになった。CTやMRIなど、2次元で提供される医用画像をもとに診断や手術が行われてきた医療の世界も、大きな変革の時を迎えている。

極めて複雑な脳の診断や治療を行う脳神経外科医も、人体を一定の間隔で輪切りにした多数の医用画像から、自らの脳内に立体的な映像を作り上げる能力が要求されてきた。脳神経外科医として2001年から臨床医療に携わってきた東京大学医学部脳神経外科金 太一助教は、「その当時は、そして今もそうですが、医師はきちんと絵が描けて、初めて手術を任せてもらえます」と言う。「情報共有は必要なことですが、手描きの絵なので再現性は無いですし、医用画像が正確に反映されているとも限りません」。

医用画像として提供される情報は年々増え続け、脳神経外科ではひとつの症例に対して6,000枚もの医用画像が取得されることも少なくないという。腫瘍の増大を見る場合など、時間経過に沿って撮影が行われたもの確認する場合は、枚数もさらに増える。毎日のように手術を行う脳外科の医師にとって、これほどの画像を毎日読むことは大きな負担となる。また、手術に関わる他のスタッフが同じことを行うのは不可能だ。

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医用画像をそのまま使った診断用の画像 (左) と、手術シミュレーションに使うために色分けがされた画像 (右)

熟練した脳外科医の脳内を共有

金氏の行なってきた研究は、こうした膨大な数の医用画像をひとつの3D CGモデルにまとめ上げることで、術前検討に活用できるようにするというもの。だが2008年に始めた当初は、テクノロジー以外の部分でのハードルが非常に高かったという。他の医師から研究に対する理解が得られないばかりか、頭ごなしに否定されることも少なくなかった。

「医用画像からCGを作る過程で、どうしても主観や恣意性が入ります。でも医師の間では、医用画像は聖域のようなものであり、皆が見るような映像に自分の考えを入れるべきでないという考え方が主流でした」と、金氏は当時を思い起こす。「例えば動脈を赤、静脈を青で色分けする際、青いところは私が静脈だと判断した部分です。でも、そうした判断は医師が頭の中でのみ行うべきことで、医用画像の切り貼りや色付けは、医療として危険なことだと言われました」。

金氏が当初取り組んだのは、医用画像から簡単な3次元データを構築できる画像処理ソフトで3次元化を実現し、複数の医用画像を融合することで、3次元データを限界まできれいに可視化するという研究だ。それによってメリットが得られた一例として、長年手術ができないと診断されてきた症例を紹介してくれた。

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顔面けいれんの医用画像と、3D CGを用いた検討用の画像

「この患者さんの場合は顔面神経に血管が当たっており、顔面神経が過剰に興奮して、顔が勝手にピクピク動いてしまう病気でした。その血管が顔面神経を貫通しているため手術できないとされ、26年間ずっとそのままでした」と、金氏。「脳を3D CG化してみると、血管は神経を圧迫していても貫通はしていないことが分かり、その後手術をして完治されました。高精細な3D CGモデルで得られた奇麗な画像によって、直接的な効果が得られることが分かります」。

医用画像の解像度は、現在も512×512ピクセルのモノクロが主流。その中で高精細な画像を実現できたのは、画像処理を行うべき方法が理解できたからだという。「コツは、通常は医用画像を扱わないようなソフトを活用することです」と、金氏。「変形やレンダリングなどは、CGソフトでないとできない。2013年ごろからAutodesk Mayaなどのソフトウェアを使うようになって、途端に画像がきれいになりました」。レンダリングやアニメーション、他のソフトとの連携が行えることにより、診断だけでなく手術シミュレーションが実現。頭の中で組み立てられた手術の手順が、視覚的にも確認できるようになった。

術前検討のための3D CG作成は、時間との戦いでもある。「手術前に終わらせる必要があるし、その前のカンファレンスでも見せなければなりません。データは数日前からせいぜい1カ月前までのものを使うので、数時間で作る必要があります」。多忙な臨床医のサポートのため、金氏の部下や研究室の研究員たちが3D CGモデルを作成。2008年に研究を始めて以来、約1,000名の検討に活用されてきた。「100例、200例と作っていくうちに、その必要性が理解してもらえるようになり、今ではこれがないと手術ができないという風潮になっています」。

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手術中の確認のために貼り出された、3D CG のキーとなるビュー

AIとの協働による最適化

こうした作業で最も手間のかかるのが、医用画像に映っているものから3Dモデルの作成には不要な“ノイズ”を取る作業だという。ノイズを除去して3Dモデルを作り、より細かいところは再度データを読み込んで、その部分だけを別に3次元化する作業を行うが、動脈、静脈、骨、皮膚など幾つもの要素の作業をすると大変な手間がかかる。「そこで3次元化したい領域だけをクリックするソフトを作ったところ、意外と簡単にできることが分かりました。それまで30分はかかっていた作業が6分になりました」。

さらに、この作業にAIを導入することで劇的な高速化を実現。「AIの機能は、後ろでディープラーニングが走っています。AIによって、これまで1時間かかっていた作業を50秒に短縮できました。最近では30秒以下になりましたが、最終的には人間の修正が必要になります」。

だが、金氏は脳外科の診断をAIに行わせることには壁があると考えているという。「細かい血管とか、病気の近くの危ないもの、どこからが正常でどこからが異常かという判断などは難しいと思います。ディープラーニングにはビッグデータが必要だと言われますが、そもそも脳外科の手術の場合、何十万例というデータを集めることが事実上不可能に近いんです」。

先日、東京大学医学部付属病院がKompathと共同開発を行ったシミュレーションシステムLivretが発売された。最先端の AI 技術を搭載し、医用画像から組織を自動で抽出して鮮明に描写できるシステムで、医用画像を用いた研究に必要な機能がフルパッケージで提供されるが、金氏はこのシステムも「AIに診断などはさせず、人間が面倒だと感じる作業を自動でやってもらって、その後の細かい作業は人間がやるというコンセプト」だと説明する。

未来 医療 東京大学医学部脳神経外科助教 金 太一
東京大学医学部脳神経外科助教 金 太一氏

こうしたCGを、今後はどう活用していくつもりなのだろう? 「きれいな映像をCGで作ること、それをAIで行うことが可能になっても、どう手術するかに関してはCGではなく医者の技術になります。経験の浅い若手の医師では判断できない、その部分を教えてくれるものを作ろうとしています」と、金氏は語る。「頭蓋骨のどこに穴を開けるか、どういった血管を避けて、どういった手術をするか、という部分をコンピューターが全部やってくれるシステムを、この数年で実現することを目標にしています」。

また、金氏は手術ロボットにも取り組んでおり、そこでもAIが重要な役割を果たすという。「手術ロボットにも、必ずAIが搭載されると思います。最初の段階では衝突判定などの自動化だと思いますが、本格的な手術が行えるように進化すると、恐らく手術ロボットにもリハーサルが必要になるでしょう。医師がロボット手術の方法を前日に議論したり、患者さんへ説明をしたりするのは仮想空間になるので、そこでCGがすごく活躍すると思っています」。

「ここ数年、2次元画像から3Dモデルを生み出す技術として、ディープラーニングでポリゴンモデルの作成を行う動きが出ていて、今後かなり流行すると思っています」と、金氏は続ける。「私はそれをMayaでやっているんですが、それによって“診断の壁”を超えられそうな気がしています」。

著者プロフィール

オートデスクのInternational Content Manager for APAC & Japan。「Design & Make with Autodesk」コンテンツハブの日本語版、韓国語版、中国語 簡体字版を担当。

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