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BIMの活用によるプロセス円滑化で前田建設工業が見据える維持管理の未来とは

  • 建築生産プロセスにおけるBIMモデルやデジタル情報の活用が部分最適のため、デジタル情報が次工程に引き継がれない課題が存在
  • 総合インフラサービス企業を目指す前田建設工業が、運用・維持管理分野の新たな価値の提案・創造にも注目
  • モデル事業で維持管理BIM作成業務等に関する効果検証・課題分析を実施
  • 維持管理も見据えたデジタル情報の在り方とは

高層マンションやダム、海底トンネルなど数々の大規模プロジェクトを手がけてきた老舗ゼネコン、前田建設工業は創業当時の山岳土木工事から都市土木、建築や海外、近年は脱請負分野へと、その事業を拡大してきた。2019年に創業100周年を迎えた同社は、請負事業である建設とコンセッション案件などの脱請負事業を融合させた、総合インフラサービス企業の形を目指している。

同社建築事業部 建設部主幹の曽根巨充氏は、「弊社では、新たなステージに向けて、ゼネコンとしての技術力をベースに、脱請負の考え方で世の中の変化や社会課題と向き合い、新たな価値を提案・創造していこうとする流れがあります」と述べる。「それが、請負事業でこれまでやってきた建設と、請負ではない世界を融合させた総合インフラサービス企業です。既に日本の建設産業では設計と施工の分野は成熟しており、インフラを作る担い手としての請負事業で社会的役割を果たす時代は終わりました。新たな市場として、竣工後の運用・維持管理の分野でもビジネスを広げるというのは自然な流れであります」。

施工計画 BIM (地下階鉄骨建方の計画) [提供: 前田建設工業]
 
BIM 調整会議で使用された施工 BIM [提供: 前田建設工業]
 
施工期間中に開催された BIM 調整会議 (2019年8月) [提供: 前田建設工業]

一方、生産性向上のため、建設業界においてもBIMを始めとするデジタルツールの活用やワークフローの変革が必要とされている。設計や施工でBIMの活用が進むのに合わせて、維持管理での活用にも期待が高まっているが、この分野におけるBIMの活用は低調だ。課題として、建築生産プロセスにおけるBIMモデルやデジタル情報を活用する目的がまちまちのため、それぞれが部分最適でBIMモデルを作成しており、入力されたデジタル情報を次工程に引き継がれないことによる不連続がある。

建築⽣産・維持管理のプロセスの円滑化

こうした問題を解決するべく国土交通省内に設置された建築BIM推進会議は、BIMを活用した将来像として、高品質・高精度な建築生産・維持管理の実現、高効率なライフサイクルの実現、そして社会資産としての建築物の価値の拡大を描き、2020年3月には「建築分野におけるBIMの標準ワークフローとその活用方策に関するガイドライン (第1版)」(以下、BIMガイドライン) を策定・公表している。

この「BIMガイドライン」を検証するために、国土交通省が募集した事業が「BIMを活⽤した建築⽣産・維持管理プロセス円滑化モデル事業」だ。BIM活用による生産性向上のメリットの検証等と、関係事業者が「BIMガイドライン」に沿ってBIMデータ受け渡しをしながら連携する際の課題の分析等がテーマとなった。

前田建設工業は、維持管理段階でBIMを活用するために設計・施工と維持管理のデータをつなげることを目標とし、「BIMガイドライン」で新たに定義されたライフサイクルコンサルティング業者 (以下、LCC業者) や維持管理BIM作成者が実施すべき項目を発注者の視点で示す、「維持管理BIM作成業務等に関する効果検証・課題分析」を発注者 (施設所有者) と共に提案し、令和2年度のモデル事業に採択された。先ごろ検証や分析の結果をまとめた報告書が国土交通省のホームページで公開された。

VR を活用した総合図 BIM の打合せ (2020年1月) [提供: 前田建設工業
 
維持管理 BIM の作成前に行われた発注者との打合せ (2020年8月) [提供: 前田建設工業]

同社は2011年に施設所有者の管理業務を効率化できる施設履歴管理システムのアイクロア*を発表。2015年には、その情報をBIM 360 Glueと双方向に連携することでアイクロアに記録された情報をBIMモデルに表示させる電子付箋の機能を追加するなど、新たなテクノロジーを積極的に取り入れ、維持管理のIT化などにも積極的に取り組んできた。「建物の維持管理においては、施設所有者へ提供できるメリットを深く考える必要があると思っています。そのためには単に建設技術者目線だけではなく、施設所有者が担う業務と融合させることが大切になります」と、曽根氏は述べる。「それが今後のビジネスの方向性のひとつになるだろうということもあって、このモデル事業に参画することになりました」。

国土交通省による「BIMガイドライン」の策定にも参画した曽根氏は、「LCC業者は、設計から施工、そして維持管理におけるBIMの活用目的や作業手順、発注者がBIMで実現したいメリットを明確にする業務を担います。そして維持管理BIM作成者は、従来ゼネコンの請負事業の中で担ってきたことを新たな職能として定義した業務委託の範疇です」と述べる。

「今後は工事の請負事業とは別にこのような設計から施工、そして維持管理にわたる建築生産プロセスにおいて情報をマネジメントする職能の地位が確立していかないと、デジタル情報を全体最適で活用できないのではないか。それをきちんと検証しようというのが、今回のモデル事業のテーマのひとつにもなりました」。

作業量と作業工程に関する共通認識の重要性

モデル事業の対象にした建築物は、事務所・店舗(賃貸)のSRC造による地下3階、地上10階、塔屋1階の新築工事で、設計施工分離の案件だった。維持管理BIMの作成は竣工の5-6カ月ほど前、躯体や外装などの情報がほぼ確定した段階でスタート。その後、テナントが決まるに従って、さまざまな設計変更が発生した。「竣工時に維持管理BIMの作成を終えることを目標にしていましたので、作成しながら変更対応が生じることは当初からある程度想定していました。しかし間仕切り壁の位置の変更や、それに関連して建具、設備関係の変更に追従することが想定以上に大変でした」。

前田建設工業 建築事業本部 建築部主幹 曽根 巨充氏
 
「維持管理 BIM 作成業務等に関する効果検証・課題分析」の検証結果報告書

「維持管理BIMの作成者は工事の請負とは別に考えていたため、建築現場に配属されている技術者とは別の部門が対応しています。そのため工事現場の図面担当者に変更指示に関する情報を整理していただき、作成者側に伝達をしました。工事の最盛期と重なっていましたので、建築・設備とも作業の負担が大きかったと思います。特に設備専門工事会社は、図面作成と工事管理を同じ担当者が対応していましたので、追従するのが大変だったと思います」と、曽根氏。「2次元の場合は設計変更があっても線や文字を書き換えるだけで済みますが、BIMになると、例えば壁の位置が変わると天井の中のダクトも全部動かし、属性情報の書き換えも必要になります。そうしたことの取り回しを、もう少し習熟したものにする必要があります」。

「今回のモデル事業を通じて、あらためて感じたのは、BIMを後工程でどう活用するのか、などを含めて業務に関与する方々の作業量や作業工程について先に共通認識を持つ重要性でした」と、曽根氏は続ける。「単に竣工時にBIMが欲しいというだけでは維持管理BIMは作成できないし、活用もできません。活用する目的に見合った納期や報酬、作った情報がどう使われていくのかという認識がないと、本来の維持管理BIMの作成は難しい」。

「従来から増える作業内容を明確化して、維持管理BIM作成費としての報酬があり、発注者は維持管理BIMを活用することで、メリットを享受する必要があります。そのためには発注者側でBIMを活用するだけでなく、維持管理段階のデジタル情報を一元化することも大切になります。現状ではアイクロアで情報を記録・蓄積してBIMはその情報を可視化させるように割り切った使い方を想定しています。将来はBIMを基盤として発注者側でも情報を更新していくワークフローを目指しているのが今回の『BIMガイドライン』の肝なんです」。

維持管理も見据えたデジタル情報の在り方

作成した維持管理BIM、実際に竣工した建物との整合性の確保にも手間が発生した。「現状では、設計BIMも施工BIMも承認工程が2次元の図面になっているので、どこかで3次元と切れてしまっている。さらに施工になると専門工事会社も参画してくるため、現地合わせの場合では図面情報をその場で修正したりはしない場面がある。これまで施工は作った成果物を収めるのが仕事で、図面を正しく作ることが必要であっても、それは成果物ではなかった」。

「ただ維持管理段階で正しいデジタル情報を活用することになると、従来の「竣工図」や「竣工引き渡し図書」の作成にも影響を与える。正しいデジタル情報を後工程でも使っていくとなると、設計や施工を開始する前に、発注者を含めて情報の扱い方を皆さんと話し合っておくことが重要になる。今までの考え方のままで作業を進めると、維持管理BIMを作成する人だけが苦労するということを強く感じます」。

維持管理 BIM の構成。建築は見える部分を簡素表現した設計図 (一般図) レベルの詳細度、設備は系統別表示 (プロット表示含む) を行なった総合図レベルの詳細度。
維持管理BIMの構成。建築は見える部分を簡素表現した設計図 (一般図) レベルの詳細度、設備は系統別表示 (プロット表示含む) を行なった総合図レベルの詳細度。 [提供: 前田建設工業]

このモデル事業では、発注者への聞き取り調査から維持管理BIMのモデリング・入力ルールの分析、情報伝達に関する課題の分析からEIR (BIM発注者情報要件) やBEP (BIM 実行計画書) の在り方、LCC業者・維持管理BIM作成者の在り方から生産性向上のメリットの検証、維持管理BIM作成のワークフロー案の作成まで、さまざまな調査と検証、提案が行われ、それが業界全体の有益な知見として記録されることになった。

「これまでは設計、施工、運用・維持管理という流れでデータ連携を捉えられていましたが、最後のゴールを明確にして、例えば維持管理段階で必要なデータから逆追いして設計図書の表現方法や施工段階におけるデジタルデータの在り方を考えるのも、ひとつの手法になるかもしれないですね」と、曽根氏。「これまでは設計や施工の後工程でデジタル情報をどのように活用するのかが共有しにくかったので、途中でそれが切れて、図面で承認しても問題なかった。その先で使うところを明確にしていくと、設計や施工段階におけるデジタル情報の在り方も変わるかもしれない」。

対象とした建築物の概要
建物名称: (仮称) K計画新築⼯事
所在地: 東京都
主要⽤途: 事務所・店舗 (賃貸)
発注者・維持管理者: 株式会社荒井商店
設計・監理: 株式会社⽇建設計
施⼯: 前⽥建設⼯業株式会社
延床⾯積: 約5,300㎡
階数: 地下3階 地上10階 塔屋1階
構造: SRC造
施⼯期間: 2018 (平成30) 年10⽉ 〜 2021 (令和3) 年3⽉

註: 令和2年度BIMを活⽤した建築⽣産・維持管理プロセス円滑化モデル事業は株式会社荒井商店と協同で実施されました。*アイクロアは前田建設工業の登録商標です。

著者プロフィール

オートデスクのInternational Content Manager for APAC & Japan。「Design & Make with Autodesk」コンテンツハブの日本語版、韓国語版、中国語 簡体字版を担当。

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