技術革新によって実現する日本の未来の働き方とは
世界規模で起こったコロナウイルス感染症のパンデミックで働き方が見直されるようになるにつれ、日本のビジネスにおけるデジタル化の遅れも明白なものになった。菅政権の看板政策としてデジタル庁の発足が予定されるなど、その状況を政治の世界からも変えていこうという流れが本格化するなか、製造業や建設業の現場では日本の未来の働き方に対して、実際にどのような取り組みが行われ、今後はどうなっていくのだろう。コロナ禍を経て何が変わり、DX は今後どう前進するのだろうか。
DX 推進と働き方改革
国内最大手の住宅総合メーカーである大和ハウス工業は、生活を取り巻くホテル事業やホームセンター事業から商業施設、物流施設、事業施設まで、いわゆるゼネコンが担当してきた分野も含めた幅広い業務を手掛けてきた。同社次世代工業化開発室の芳中勝清理事は「現在目指しているのは、次世代の建設の工業化です」と述べる。「今後の人口減少ともに、分譲マンションも含めた日本における住宅の着工件数は減っていくと予測されています。その一方で、現場の大工さん、職人さんたちは、それ以上のスピードで減少すると言われています」。
「建設をデジタル化することで、現場の働き方を変え、より少ない人数でやっていけるようにしなくてはなりません」と、芳中氏は続ける。「建設の工業化は大和ハウス創業からの理念ですが、それを次世代のレベルへと引き上げ、デジタルと建設を結び付けることで、現場の省人化、無人化にまで繋げていく必要性があると思っています」。
同社建設デジタル推進部の宮内尊彰次長は「大和ハウスは総合生活産業としてさまざまな業務を展開していますが、その中でもデジタル化が進みづらい建設業において、BIM を使った建設業のデジタル化 = デジタル コンストラクションへの改革を進めてきました」と述べる。「2017 年から設計部門での構築を始めた BIM 活用の環境作りはほぼ終了し、現在はそれを活用していく段階に入りました」。
「デジタル コンストラクション プロジェクトで一番大切なのは、全てのデータを連携することです」と、宮内氏は続ける。「コロナ禍においても業務を止めることなく進めて来られたことで、デジタル化がまたひとつ先の段階へ進みました。それ以前にあったアナログのルールを飛び越えるきっかけになったと思っています」
「建設業では長い間、図面という紙に縛られる文化があり、それは現在も続いています。この紙を無くさないことにはデジタルで業務を行うことはできませんが、コロナ禍という状況の中、紙からの脱却が実現しつつあります」。
ウィズコロナで加速する未来
コロナ禍が深刻化した 2 カ月の間に、この 10年 で全く進んでいなかった日本の DX が大きく前進したとも言われている。製造の現場においては、ビフォーコロナと、ウィズコロナの現在で、最も変化したのは何だろうか。理化学機器、製品施設、分析計測機器、産業試験機器メーカー、商社として創業 131 年を迎えるヤマト科学株式会社の執行役員・研究施設カンパニープレジデントを務める松村勝弘氏は、この数年の同社の歩みを「ひとつのデータを設計から製造、建築まで、ムダにせずに連携することで効率化を図ってきました」と振り返る。
関連会社である一級建築士事務所のラボ・デザインシステムズ株式会社では研究施設や病院の専門設計、コンサルタントを手がける松村氏は、製品図面が建築設計まで一貫してデータを保有できるよう、5 年前から AutoCAD を使ったデータの一元管理を進めてきた。「最近はベトナムの設計部門ともデータを共有するなど、海外とのやり取りにも活用してきました。コロナ禍においては製造部門のある山梨に行って打ち合わせをすることが難しくなったため、いかにデータで伝えていくかが重要になりました」。
「当面はコロナ禍が続くことを前提にする必要があります。我々はメーカーなので、展示会もできず、お客さんを展示ルームへお招きできない状況では、それをバーチャルで展開することが必要だと考えています」と、松村氏は続ける。「3 年前から東大と進めてきた VR 活用のプロジェクトを加速し、製品の使い方や安全な研究をするための安全管理センターの基礎研究を VR で実現しようとしています。これは実際に装置を使う前に仮想で研究を行い、問題が無ければ次の段階に移るというもので、遠隔の研究所からも参加が可能になります」。
これまで現場主義の風潮が強かった建築や製造の現場において、その関係性がコロナで寸断されたことから見えて来た課題には、どんなものがあるだろうか。
大和ハウスの宮内氏は「従来は同じ図面を見ても、経験や技術のある人しか理解できないという状況がありました。今後はデジタルを使うことで同じ情報を取得でき、それが新たなコミュニケーションにつながるでしょう。多くの人が関わる建設の現場では個人情報も多く扱うので、データのやり取りにおいては、セキュリティの担保が大きな課題のひとつです」と語る。
「そのうえで、日本の BIM 活用がまだまだ発展途上にある現状においては、各社がオープンイノベーションで情報を連携し、相互にボトムアップしていくべきです。職人や企業それぞれが培ってきた技術も隠すことなくオープンにすることが、日本全体のデジタル化の推進に役に立つでしょう」。
ヤマト科学の松村氏も、それは製造業においても同様だと述べる。「ひとつの製品を仕上げるにはいろいろな部品が必要ですが、現在はメーカーごとの設計になっていて、外部との連携が取れていません。しかし今後は、いろいろなメーカーが作った部品の設計図をクラウドから持ってきて、それを製品に仕上げるようになっていくはずです」。
デジタルに強い人材の育成
経験と勘に頼ることの多かった建築や製造の世界をデジタル化するには、それに対応できる人材の育成が鍵になる。そのために、両社ではどのようなポイントを重視して取り組んでいるのだろうか。
大和ハウスの芳中氏は「ロジカルに物事を考えられるような思考回路を身につけることが重要です」と述べる。「今は世界を見渡すと、いろいろと先進的な技術が転がっています。企業としては、そうした目を向けられる、グローバルで効率的な思考を後輩たちに求めていきたいところです」。同社の宮内氏は「建設デジタル推進部は、去年までは BIM 推進部という名前でした。建設業のデジタル化の第一歩が BIM であると考えていたからです」と述べる。「そこでの最初のテーマが社員の教育で、私たちが自ら講師になり BIM 教育を行ってきました。社内だけでなく、協力企業に対しても無償で教育を行いました。デジタル化への対応は関係者全員でやっていく必要があるからです。海外の事例も含め、オープンイノベーションとして開発する、もしくは構築するということを基準に、グローバルな視点で取り組みを推進しています」。
ヤマト科学では、前述のベトナムの拠点での設計者育成に力を入れている。「協力会社のスタッフを教育し、それを現地に波及していくという方法を採っています。(Autodesk) Inventor を使用し、現地でも日本方式をベースとした図面や CG が作れるように展開しています。一方、日本の設計者は設計だけをするのではなく、図面を描く人や設計をする人を周りに置き、コーディネーターとしていろいろな展開を考えていく人材として育成したいと考えています」。
将来の設計・施工・製造・建築
では各分野における仕事の、将来的な展望はどうだろうか。「建設技術者の必要スキルが徐々に変化していき、デジタル技術を活用できることで仕事の広がりが生まれるでしょう」と、大和ハウスの芳中氏。「今後 2−3 年という短期間では、設計・施工・製造それぞれの分野の省人化、どこにいても設計ができる環境構築、自動設計、本気のペーパーレス化が進むと思います。さらに 5 年後となると、極端に言えば誰でも設計ができるようなソフトウェアを含めたソリューション類が増え、ユーザーが機械と対話しながら設計ができるような世界も見えてくるかも知れません」。
「施工においては、デジタルの情報が現場の中でどこまで活用でき、デジタル ツインがどこまで実現できるか。建設業では DfMA の考え方、工業化建築による効率化が求められてくると思います」と芳中氏は続ける。「これまで我々が行ってきたのは、いわゆる箱作りでしたが、今後は建物そのものをデバイスとして考え、情報を持つ建築物を中心とした、新しい建築業界におけるビジネススタイルが生まれてくるのではないかと考えています」。