町工場がジェネレーティブデザインで生み出す次世代の下町アーチェリー
江戸川区内の町工場を中心として結成された「プロジェクト桜」は、純国産アーチェリーの復活に向けた弓具開発のプロジェクトだ。リーダーを務める西川精機製作所の西川喜久社長自身もアーチェリーの愛好家で、最高の弓具を開発することが自らのライフワークだと語る。このプロジェクトの成果として昨年発表されたNISHIKAWA SH-02を、さらに軽量化するため、産学連携の取り組みが行われている。
このSH-02は、アーチェリーのハンドルをトップアーチャー向けにデザインしたもの。その両端が装着される、リムと呼ばれる板バネとの接続部分に工夫がこらされており、弓を張った際のブレが最小限に抑えられることで提供される、高い精度と心地よい「射ち心地」が特徴だ。
「鍛錬により強靭な筋力を持ったトップアスリートは、ブレが起こらないよう重たい弓具を好む傾向があります」と、西川氏。だが、そうした弓具の重さは、日本でのアーチェリーの普及を妨げる一因にもなっているという。「アーチェリーを体験した人が、弓具の重たさから止めてしまうことも多いんです。もちろん軽い弓具もありますが、それらは精度が良くない。軽くて性能の高いものを作ることができれば、重量が必要な場合にはそこに足していける。その方が合理的だと考えました」。
金属加工の会社として、部品から医学研究用の特注装置まで幅広く手がける同社は、超小型モビリティやボーリング投球機など社会に貢献するさまざまなプロジェクトも行う一方で、ものづくり企業としての業態変化を模索し、産学連携にも積極的に取り組んできた。弓具のハンドルの軽量化に際しては、兼ねてから部品の納入などを行ってきた日本大学理工学部 精密機械工学科教授の入江寿弘氏に、剛性を保ちながら軽量化する方法はないかと相談したという。
固定概念を超えるデザインの形
「軽量化の手法には、部材の中から応力に合わせて余分な部分を削っていくトポロジー最適化もありますが、ジェネレティーブデザインは、さらにその先を行くものだと言えます」と、入江教授は語る。「何が効率的で、何が良いデザインなのか。私たちの身の回りには、多くの固定観念があふれています。従来の考えや慣習は、それらの真の形を変えてしまっているのかもしれません。宇宙エレベーターに取り組む学生が、ジェネレティーブデザインを使って部材を設計しているのも見て、とても面白いと思い、授業でも取り上げていたジェネレーティブデザインを西川精機さんに紹介したところ、興味を持っていただきました」。
「アーチェリーの形状から弦の動きは二次元的な動きであるため、三次元測定機の結果から運動方程式を作成し、その荷重を定めました」と、教授は続ける。同大学の学生たちがFusion 360で設計したハンドルは、ジェネレーティブデザインを活用して生み出した上下非対称な形状が目を引く。「弦の上下の距離の違いは、ジェネレーティブデザインを生成する上で、かなり重要な問題点でした。この問題が、本デザインの特徴的な形状を作り出しているとも考えています」。
「アーチェリーでは、発射後の振動が狙いを定める手元のブレ、各部品や本体の剛性に関連します。そこで、これらを加味した荷重パターンを作成し、複数のシミュレーションを繰り返して納得のいく形状を目指しました」。
独創的な形状で大幅な軽量化を実現
この新たなハンドルの形状について、西川氏は「SH-02とは設計方法が全く異なりますが、その開発で実績のある数値データが入力されており、我々の設計思想が注ぎ込まれていると言えます」と、西川氏。「ジェネレーティブデザインによるハンドルは、こんなに細いのに強度を保てている。人間では絶対に想像できないような形状には、本当に驚かされました」。
ジェネレーティブデザインを活用することで、1,531gだったハンドルを633gにまで軽量化。そこからリムの固定パーツなどを取り付けるために形状の修正が行われたが、それでも当初の50%以下の重量に収めることができた。その後、Fusion 360のCAM機能が活用され、DMG森精機の同時5軸複合加工機NTX1000 2nd Generationでの切削加工により、この複雑な形状が具現化されている。
CAMのオペレーションは、日本大学大学院 理工学研究科進学予定の春田隆佑氏が担当。「実際に使うものを作るためにいろいろと考えて、剛性をしっかり出すためのプロセスを組む作業を体験できました」。その後、豊富な切削の経験を持つ西川精機の担当者がデータの変換やプロセスの検討を行い、細く入り組んだ形状も1回で事故なく切削することができたという。
「シミュレーションも活用していましたが、すぐに作って実験できるところが中小企業の強さだと思います」と、西川氏。「それにより力がどう働いているかを確認し、実験で歪みや反りをチェックします。SH-2の振動測定上のデータは世界のトップメーカーと比べても最高レベルですが、ジェネレーティブデザインによるハンドルは、左右方向の振動はSH-02より若干多いものの、上下方向はSH-02よりも少ない。初めてのトライでこれだけのデータを出せたのは、素晴らしいことだと思います」。
世界をターゲットとするプロジェクト
「今回出てきた数値のデータから改善点が見つかったので、それらを取り込んで改善していこうと思っています」と、西川氏「ここからさらに軽量化するとか、もっと剛性を上げるなどの目標も作れます。次のステージでは、オリンピック競技で使用されるリカーブボウだけでなく、コンパウンドボウもジェネレーティブデザインでやったらどうなるか考えてみようと思っています」。
国内メーカーがアーチェリー市場から撤退して久しいが、西川氏は世界のマーケットを目指している。「国内の大手企業にとって、アーチェリーのマーケットは小さな池だったかもしれませんが、僕らのような中小企業にとっては湖どころか海であり、そこには船を漕ぎ出せる規模があります」と、西川氏。
「国内のマーケットは数万人ですが、海外では数百万人がアーチェリーを楽しんでいます。それは我々にとってはブルーオーシャンどころか、宇宙規模の市場です。しかもミニマムスタートが可能だと判断したので、事業として進めています。海外の展示会では日本製アーチェリーというだけで注目されますし、メイドインジャパンのブランド力は、現在も計り知れないものがあるからです」。