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安全な炭素回収を実現する気候テック企業Heirloomの技術

直接空気捕集式炭素除去システムの前でコンピューターに向かうheirloomの技師たち
Heirloomの低コストによる直接空気回収 (DAC) 技術は、石灰岩の自然特性を利用することで大気中のCO2を恒久的に除去 [提供: Heirloom]
  • 地球温暖化が産業革命以前の状態と比較して摂氏1.5度以内の上昇に留まらない場合、人類は温室効果ガス排出の制限だけでなく、大気中の二酸化炭素 (CO2) の積極的な除去が必要になる。
  • CO2除去により温暖化対策目標を達成する方法のひとつが、Heirloomが実現する直接空気回収技術。
  • Heirloomのプロセスは、石灰岩を使って地下井戸に、もしくはコンクリートにより建造環境に、CO2を安全かつ永久的に回収・貯留するもの。

ノアの箱舟の物語で、神は地球規模の大洪水を引き起こした。地球規模の大洪水は、その水量から考えても科学的にはありえないが、研究者によると、この物語は紀元前5000年頃に黒海地域のコミュニティを壊滅させた自然洪水を基にしている可能性が高い。

洪水は何千年にわたって人類の健康と存続を脅かしてきており、それは極度の熱波や寒波、干ばつ、山火事、吹雪、竜巻、ハリケーン、津波も同様だ。異常気象の頻度と危険度は気候変動によって増加しており、世界保健機関 (WHO) はそれを「人類が直面する唯一最大の健康上の脅威」と呼んでいる。気候変動によって2030年から2050年の間に栄養失調やマラリア、下痢、熱中症による年間死亡者数が約25万人増えると予測されているが、そのほとんどが低所得や貧困に苦しむ地域のものだ。

気候変動に関する政府間パネル (IPCC) は、地球温暖化を産業革命前の水準から摂氏1.5度の上昇に抑えることで、こうした損失を防げる可能性があるとしている。現在、世界の地球温暖化は摂氏3度の上昇に向けて突き進んでいる。絶対的に重要なのはCO2排出量の削減だが、それだけでは軌道修正には不十分で、既に排出されたCO2を大気から除去する必要もある。IPCCの推定によると、人類には2050年までに年間6ギガtから10ギガtのCO2除去が必要だ。

炭素除去には植林や炭素の回収・貯留などさまざまな方法がある。CO2除去のスタートアップ企業Heirloomが開発した前途有望なソリューションは、石灰岩の自然特性を利用することで大気中のCO2を恒久的に除去する低コストの直接空気回収 (DAC) 技術だ。

Heirloomは再生可能エネルギーを使用して石灰岩粉末を電気窯で加熱し、石灰岩をCO2と酸化カルシウムという2つの異なる副産物に分離する
Heirloomは再生可能エネルギーを使用して石灰岩粉末を電気窯で加熱し、石灰岩をCO2と酸化カルシウムという2つの異なる副産物に分離する [提供: Heirloom]

なぜ石灰岩なのか?

Heirloomの技術は、鉱物が大気からCO2を素早く吸収する自然の「CO2鉱物化」プロセスと、直接空気回収の測定機能と拡張性を組み合わせたものだ。その鉱物に、Heirloom地球上で最も豊富な化合物のひとつである炭酸カルシウム (CaCO3)、つまり石灰岩を選んだ。

Heirloom商品化部門統括のマックス・ショルテン氏は「石灰岩は酸化カルシウムとCO2で構成されています」と話す。「CO2が石灰岩から取り除かれると石灰、つまり酸化カルシウムとなって、石灰岩の状態に戻ろうとします。こうした、CO2を「欲して」いる状態の石灰は、大気中からスポンジのようにCO2を吸い上げます。Heirloomの技術はこの自然のプロセスを加速させるもので、CO2吸収にかかる時間を数年からわずか3日に短縮します」。

Heirloomのソリューションを支えているのが「熱再生」と呼ばれる科学的プロセスだ。カリフォルニア州ブリスベンにある、大量生産で簡単に複製できるようモジュール化されたHeirloomのプロトタイプDAC施設では、石灰岩の粉が再生可能エネルギーを使った電気窯で熱せられる。その際にCaCO3は2つの異なる副産物に分離するが、最初の副産物がCO2で、Heirloomはそれを回収、貯留する。

回収されたCO2は、米国環境保護庁 (EPA) が認可したクラスVI地下施設へ安全に貯留される場合も、他の天然物質と組み合わせて水に溶かし、永久的に隔離されることもある。例えばアイスランドのCarbfixは、炭酸水を地下に注入し、地中の玄武岩と反応させて最終的には石に変化させる。コンクリートメーカーのCarbonCureは、炭酸水を使用して生コンクリートを製造している。

「これらの貯留経路はすべて、気候変動に影響を与える規模でCO2削減に一役買っています」と話すショルテン氏は、HeirloomのCarbonCureとの提携は特に有望なのだと付け加える。「Heirloomがこれまでに除去したCO2はコンクリート中に貯留され、カリフォルニア州ベイエリア全域のインフラプロジェクトで使用されています。世界で最も利用されている建築材料であるコンクリートは、CO2を永久貯留するための重要な貯留庫となります。気候危機の規模とカリフォルニア州の野心的な気候目標からして、我々はCO2の永久隔離を始める必要がありますが、すぐに利用可能なソリューションがコンクリートなのです」。

地球上で最も豊富な化合物のひとつである炭酸カルシウム (別名石灰岩) のサンプルを採取する科学者
地球上で最も豊富な化合物のひとつである炭酸カルシウム (別名石灰岩) のサンプルを採取する科学者 [提供: Heirloom]

Heirloomの熱再生プロセスのもうひとつの副産物が酸化カルシウム (CaO) だ。CaOは水により水和され、より多くのCO2を吸収するために大気にさらされて、この時点で再びCaCO3となる。再生された石灰岩はその後電気窯に加えられ、サイクルが再開される。

化学的変化は生じないため、Heirloomは最終的に余剰石灰石を製紙、水処理、農業の原料としてアップサイクルできる。

業界パートナーシップを通じた気候変動技術の拡大

ショルテン氏によれば、Heirloomはこのプロセスを用いて2035年には大気から年間10億tのCO2除去を目指している。これは現在の米国におけるCO2総排出量の20%に相当し、また専門家が2035年までに必要だと考える排出量の10%から20%に相当する。

その目的の達成には、企業が大気のCO2除去を1t当たり100ドル以下で実現する必要がある。まず必要なのは業務効率だが、その実現にはAutodesk AutoCADソフトウェアが助力できる。特に電気業界向けに特化しているAutoCAD Electricalツールセットには、電気制御システムの作成、変更、文書化のための設計機能が含まれている。

Heirloomがこれまでに除去したCO2はコンクリート中に貯留され、カリフォルニア州ベイエリア全域のインフラプロジェクトで使用されている
Heirloomがこれまでに除去したCO2はコンクリート中に貯留され、カリフォルニア州ベイエリア全域のインフラプロジェクトで使用されている [提供: Heirloom]

ショルテン氏は、制御システムに統合された電気パネルの設計には、Electricalツールセットが不可欠だったと述べる。「大気中のCO2回収プロセスで使用する装置の構築、検証、稼動は、ツールセット無しには不可能だったでしょう」とショルテン氏は話す。

だがHeirloomにとって効率的な運用以上に必要なのが、その規模だ。大気中のCO2を除去する顧客向け施設が多数設立されれば、その効率も高まる。

ライトの法則に従えば、弊社のモジュール施設が普及すれば、ソーラーやリチウムイオン電池などの他のモジュール技術と同様に、大幅に低価格になります」と、ショルテン氏。「素晴らしいスタートが切れていますが、永続炭素除去の市場を拡大するには、何百もの顧客が必要です。長期オフテイク契約はこの規模の拡大プロセスの核心であり、また数十年にわたる購入を約束するバイヤーはこの技術の進歩を大幅に加速させることになるでしょう」。

同社の業績は順調だ。2023年9月に発表されたマイクロソフトとの長期契約では、マイクロソフトがHeirloomから10年以上にわたって最大31万5,000tのCO2除去を購入することが合意されている。

ショルテン氏によれば、これは現時点での最大級のCO2除去取引だ。「先日のマイクロソフトとの合意により、Heirloomは風力発電や太陽光発電プロジェクトの開発を推進した電力購入契約とそう違わない、将来のDAC施設を建設するための触媒となるプロジェクトファイナンスの資金を解放できるようになります」と、ショルテン氏。「この先、2035年までにギガt級の炭素除去を達成するべく、バイヤーとの事前合意に基づく、さらなる大規模配備を行うことに胸を躍らせています」。

著者プロフィール

マット・アルダートンはビジネスやデザイン、フード、トラベル、テクノロジーを得意とするシカゴ在住のフリーライター。ノースウェスタン大学の Medill School of Journalism を卒業した彼の過去のテーマは、ビーニーベイビーズやメガブリッジからロボット、チキンサンドイッチまで多岐に渡っています。Web サイト (MattAlderton.com) からコンタクト可能。

Profile Photo of Matt Alderton - JP