コロナウイルス対策で医療施設への転用をリードする建築家の洞察
建築士、環境衛生科学者であるモリー・スキャンロン氏は 2020 年 2 月、ミステリアスな新しいウイルスの感染者のため中国の武漢に作られた、モジュール建築による医療施設の興味深いビデオに注目することになった。
この病院は簡素かつ制度化されたもので、工場のように広い区画に分けられていた。プレファブリケーションによるコンポーネントがトラックで輸送され、現地で鉄骨フレームへと挿入。感染拡大が最小限に抑えられるよう、病室には陰圧隔離用の吸排気システムが備えられ、病院のスタッフは頭からつま先まで PPE (個人保護具) で包まれている。とりわけ印象的だったのが取り組みのスピードで、場所の決定から人員配置までも含めて 10 日で建設が行われ、2020 年 2 月 5 日には受け入れが開始された。
「初めてソーシャル メディアで画像を目にした際に、建築関係の同僚は“これほど短期間で病院が建設されるのは、とても興味をそそられないか?”と尋ねてきました」と、スキャンロン氏。「私は“これはパンデミックに対する反応で、隔離用の施設です”と返事をしました。パンデミックかどうかは不明でしたが、これが影響の大きな伝染病であり、何かが起こることを示していました」。
コロナウイルス感染症が拡大した現在、米国の建築家や施工会社は、主に既存の建物を転用する一時的なアダプティブ リユースで対応を行っている。例えばニューヨークのジェイコブ・ジャヴィッツ・コンベンション・センター内に仮設病院が設置され、ロサンゼルスではセント・ヴィンセント医療センターが再開された。その支援のため、AIA (アメリカ建築家協会) はスキャンロン氏を会長とするタスクフォースを結成し、既存の建物をコロナウイルス感染症に対処する施設へ転用するチェックリストとガイドを用意。これは形式的な部分をバイパスして機能そのものに絞られた建築家向けの言語であり、必要なものを即興で提供可能とするものだ。
このチェックリストは建築家やエンジニア、科学者、医療従事者や病院施設運営の専門知識にもとづき、コロナウイルス感染症に特化したガイダンスを提供する。サービスの提供が急務となっている、幅広い層に向けたドキュメントであり、政府による資産や高度な技術を備えていない学校などの組織が簡単に利用できる資料となるよう準備されている。
「これはあらゆるレベルの建造環境に影響を与えるものであり、全ての建築家に関係するものだと思います」と、スキャンロン氏。設計者がそのスキルをどう活用し、緊急事態にある世界を変えられるか。それに関する彼女の考えを共有しよう。
1. 建築家の役割は設計に留まらない
建物をコロナウイルス感染症に対処する病院へ急ぎ転用しようという場合、空間を絵画のように設計している余裕はなくても、建築家はそれ以外の有用なスキルも多数有している。スキャンロン氏は、建築家は複雑なプロジェクトを管理できる多次元の思想家であり、ヘルスケアの経験がなくても「施設の管理者として多大な貢献ができる可能性を持っています」と述べる。
この場合、建築家の価値は建物がどう機能するかを全体として理解し、個々のシステムやプログラム、手順 (それらが意図されていないスペースで機能する) が一緒に機能できるようにすることにある。HVAC (空調システム) や MEP (機械、電気、配管) エンジニアは、既存の建物のシステムをヘルスケアに活用する方法を知っていても、その変更が循環など他の運用にどう影響するかを理解していない可能性がある。こうしたウイルスの拡散を防ぐには、これは非常に重要なポイントだ。その一方で、疫学者はトリアージ実施のガイドラインを持っていても、どの材料が十分な耐久性を持つのかを知らない場合がある。こうした要件に対応する方法を、建築家は既に理解しているか、発見することができるだろう。
2. アダプティブ リユースにおける空間利用は未確定
この初期段階では、緊急対応を要求される建物のうち、どの種のものがパンデミック検疫病院に最適なのかは明確ではない。建物の大雑把なカテゴリーのうち、スポーツアリーナ、コンベンションセンターなどオープンベイの建物より、ホテル、大学の寮などクローズドベイの建物の方が、隔離を必要とするコロナウイルス感染者には適していそうだ。
スキャンロン氏は、その空間がリユースに適しているかどうかを判断する重要な要素は、その潜在的な用途が、感染者の一時的な増加をカバーすること、パンデミックにより病院に収容しきれなくなった非感染者の増加をカバーすることの、どちらなのかだと述べている。
「この騒ぎが収まった後に、どちらの使い方がベストなのか分かるでしょう」と、スキャンロン氏。メディアが広めている画像について、彼女は「洪水後の簡易ベッドのように」オープンベイのスペースに並べられているものが多いと述べる。「我々が対応しているのは、洪水でなく、患者の隔離を必要とするパンデミックです」。
3. 危機におけるボーナスと必須の微妙な関係
AIA のタスクフォース ガイドは、緊急時のアダプティブ リユースによるヘルスケア環境において、何が「必須」で、何がそうでないかの定義に役立つものだ。しかし「必須」なものが、人間の快適さやリラックスと重なる場合がある。
例えば、ガイドのチェックボックスには日照へのアクセスが含まれている。採光は、公共スペースにおける雰囲気やアートスタジオでの体験を向上させるボーナスと見なされることが多いが、必須に近い存在だ。「採光と自然な眺望がストレスを軽減し、治癒を補完するという数多くの証拠があります」と、スキャンロン氏。「概日リズムを維持することで、人々は適切な休息が得られます。昼や夜を感じられるのです」
コロナウイルス感染症による入院期間を考えると、こうした昼光による利点は患者とスタッフにも非常に重要だ。「医療スタッフと患者が長期間を過ごすことが認識されていないと思います。感染の疑いのある患者は、この状況に 14 日間存在する可能性があります」とスキャンロン氏。「そうした環境では心理的な問題が発生する可能性があります。この状況に、何日も、何週間もいることになるのです」。
4. 患者とその家族のサポートが重要
このチェックリストには、パンデミックに対処する設計は技術面での熟慮を繰り返すことだけではないと明記されている。リストには終末期に対する建築上の懸念もまとめられており、世界的危機に際して人への本質的な思いやりにフォーカスすることを強調している。可能であれば適切な検疫手順による家族の訪問に対応すること、それが不可能な場合は Wi-Fi 対応タブレットでビデオを使ったバーチャルなコミュニケーションへの配慮なども含まれている。
「タスクフォースは、家族が終末期の患者に会えない問題への対処を、深く憂慮していました」と、スキャンロン氏。チェックリストは、検疫病棟の窓についても触れている。「私たちは多くの人を失うことになりますが、それに品位を欠いた方法で対応したくはありません」。
5. コロナウイルス感染症後の世界を考慮する
対応能力の問題が理解され、調査や分析に十分な時間が取れるようになれば、建築面での対応も容易になるだろう。スキャンロン氏は中国の例に学び、コロナウイルスの簡易検査施設やプレファブリケーションによる病院など、正式なシステムが確立されることに期待している。だがその一方で、これはさまざまな形で今後の人々の生活にも影響を与え、パンデミックという現実は住宅設計にも反映させるだろうと述べる (例えば玄関のコートトラックの横に、除染シャワーが備えられる、というようなことだ)。
建築家も他の人たちと同様、「人々が学校に行き、職場で働けるような暫定的なモデルはあるのだろうか?」という、答えることが難しい疑問を抱いている。スキャンロン氏は 「社会の全てがシャットダウンしない、別のモデルに移行することはできるでしょうか? そのモデルで建築はどのような役割を果たすのでしょうか? 将来に向け、それに回答する必要があります」と述べる。設計者がそれを描く時間が得られるようになったら、その全く異なって見える世界の実現の向けた創造が任されることになる。
The appearance of U.S. Department of Defense (DoD) visual information does not imply or constitute DoD endorsement.