建設業界の人材不足解消の切り札は効率化による待遇改善
日本の建設業界は、少子高齢化・人口減少による負のインパクトを強く受けてきました。総務省の「労働力調査」によれば、その就業者数は1990 年代後半をピークに減少の一途をたどり、2011 年時点で 2001 年よりも 130 万人少ない 502 万人、その 10 年後の 2020 年には 492 万人へと数を減らし、2021 年 8 月時点の実数で 485 万人と報告されています。
加えて深刻なのが、就業者の高齢化です。国土交通省の調査では 2016 年時点で 55 歳以上の就労者の比率が 34% と全産業平均より約5ポイント高く、2020 年には 36% に上昇。その中で 65 歳以上が 17% を占めています。 一方、20 代は 11% でしかありません。このまま若い働き手が増えなければ、20 年後、30 年後に建設業界が崩壊してしまう可能性がある中で、マネージメント層が考慮すべきなのは、どのようなことでしょうか。
生産性向上で導く待遇改善
魅力的な業界となるために、まず改善が必要なのが報酬や待遇の部分でしょう。現在、日本のエンジニアの報酬は他の先進国の 70% 程度であり、これでは若い世代に魅力のある業界とは言えません。もちろん、報酬を短期間で引き上げることは難しいでしょう。現実的な方法は、仕事の一部をデジタルや自動化に置き換え、少人数でも成果を出せるよう生産性を高めることです。
建設現場の生産性を高めるテクノロジー、ソリューションは急速に発展しています。実際、国土交通省では 2019 年から i-Construction の取り組みの一環として「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト」を展開しており、それを通じてすでに 33 件の革新テクノロジー/ソリューションが選ばれ、試行され、成果を上げています。
例えば成瀬ダムで試行された大成建設とオートデスク、イリノイ大学による無人航空機(UAV)による全自動空撮測量と 3D 出来形自動モデリング技術を活用したソリューションでは、日常の工程進捗の見える化と岩種別掘削数量の把握を可能にし、早期の計画修正の支援と工程遅延の回避を実現しました。また、企業独自でも、特殊な機器を必要としないソリューションの開発が盛んです。たとえば、大林組や JR 東日本、クボタ機工などは、市販されている安価な 360° ビデオの画像から点群生成と高解像度画像投影を完全自動化するクラウド技術を活用し、鉄筋検査だけでなく、現場管理や維持管理の完全リモート化ソリューションを試行。その結果、目視が困難な部分の検査や点検が省力化でき、作業員動線の可視化・分析による資機材配置・作業手順の最適化、維持管理の自動化も可能なことが確認されています。
従来、鉄筋検査や検査報告書、点検調書などの作成は、土木構造物の建設および維持管理において非常に手間と時間のかかる業務プロセスでした。それが安価なドローンや 360° カメラ、AI の活用で、手間が大きく削減される、あるいは人手による検査や点検そのものが不要にできる可能性が広がっています。これらの徹底的なデジタル化の流れを受けて、政府も業務の「オール・イン・デジタル」方針を打ち出し、人の手に頼らず、デジタルで完結する検査や点検プロセスの実現を促進する方針を公表しました。
こうしたテクノロジーやソリューション、システムの導入やそれを使いこなすための研修、トレーニングには時間的コストが必要ですが、その結果が人への投資につながります。それが実現可能であることは、生産性が大幅に向上している製造業、例えば自動車産業ではすでにロボット化が進んでいることからも証明されています。また、生産性が 20% 上がれば、同じ給与で週 5 日働いていたところが週 4 日になり、休暇を増やすことで高待遇の職場とすることができます。
外圧とCIOがもたらす変化
もちろん、日本の建設業界特有の事情もあるため、効率一辺倒ということに理解が得られにくい場合もあるでしょう。国には建設産業を育成するミッションがあり、景気が悪くなれば公共事業を増やす、災害が起これば多額の予算を割り振ってきました。また競合が海外から参入しづらい環境のため、新しいソフトウェアや技術の導入に関する優先度が低いままに進めてきてしまったという面もあります。さらに、元請け、下請け、孫請け、曽孫受けといった、日本の建設業界特有の重層構造で仕事が進められているので、人間の仕事をソフトウェアや機械で置き換えるように見える仕組みに変えることで、そうした構造にどんな影響が出てくるか分からないという不安もあったのかもしれません。
こうした状況を変えるには、先に触れた i-Construction のように何らかの圧力が必要です。国土交通省が 2023 年度から BIM の原則化をスタートしますが、従来の紙や図面ベースの情報のやり取りを無くすという施策が完全に社会実装されれば、DX に真剣に取り組む必要が出てきます。多くの経営者は、現時点では横を見て、同業他社がやるのであれば追従するというスタンスですが、先を見て投資するという考え方の一部の経営者の影響は、いずれ同業他社にも波及していくでしょう。
建設業界は新しいことに対して抵抗のある業界であり、企業のネットワークを管理する部門でも、新しいソフトウェアや技術の導入には消極的な場合が多くあります。ネットワークが社内から社外にアクセスできない、アカウントの取得や Google の検索ができない、あるいは法人向けクラウド地図サービスの Bing Map にアクセスできないなどの厳しすぎる制限を設けている場合もあります。社員がプライベートでは当然のように使っているサービスに、業務ではアクセスできないということも、大企業には多く見られます。
こうした状況を打開するには、単にライセンスやネットワークの管理をするのでなく、CEO に対してアドバイスができる、真の意味での CIO の役割を果たす人材の存在や登用も重要でしょう。それにより、まずは設計段階の最適化、施工段階の最適化、維持管理段階の最適化といった部分最適を実現し、効果を得ることが重要です。そして、それを実感し、フェーズをまたいだ最適化を考えることで、全体最適による、さらなる効率化の実現へと進むことができるでしょう。