設計と施工において低炭素化開発が意味するもの
低炭素化開発とは、より良い未来を作り上げるために進化を続け、エネルギー効率が高く環境に優しい設計と施工の全体論的なアプローチだ。80年代半ばに行われた世界会議Brundtland Commission (PDF p.16) で、再生可能なビジョンのコアとなる概念が初めて定義された。それは現在、世界の業界リーダーが再生可能というビジョンの原則として受け入れており、広義では「今後の世代が自身のニーズを実現する能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす」開発とされている。
技術の発展と気候変動によりサステナブルなソリューションの緊急性が強まる中、低炭素化開発は未来ではなく現在の課題ともなっている。建築・建設、エンジニアリング (AEC) 業界における総合的なサステナビリティの実現は、プロジェクトの設計、施工手法の根本的な変革無しには不可能だ。ビルは世界の二酸化炭素の年間排出量の38% (PDF p.10) を占めている。そのうち28%が冷暖房や電力などの運用、10%が材料と建設によるものだ。予想されている都市化の波を考えると、こうした数字を下げることは、さらに難しいものとなるだろう。
低炭素社会の実現が重要なのか?
建造面積は2060年には現在の2倍となると予想されており、これは今後40年間、毎月ニューヨーク市に匹敵する面積が追加されていくということになる。新築・既存建造物の脱炭素化は、即座に行動を起こすべきだ。これを考慮した上で、国連が発表した2030年までに達成すべき17のSDGs (持続可能な開発目標) のうち、「産業と技術革新の基盤をつくろう」と「住み続けられるまちづくりを」の2つは、建造環境にフォーカスしたものとなっている。
前進とは、密接に関連する一連の課題に立ち向かうことを意味する。建造環境は配電網と足並みを揃えて進化し、化石燃料によるインフラから脱しつつ、電気輸送というオプションに弾みを付ける必要がある。このような変革には連携の悪さや保守的な考えが妨げられてきたが、成功に必要なテクノロジーとクリエイティビティは存在している。
こうした転換は、異なるアプローチを採用したい人々に膨大な可能性を提示する。低炭素化開発は、スマートな投資ともなり得る。国際金融公社によると、グリーンビルディングの価値は2030年までに2,600兆円以上になる。
低炭素化開発戦略の要素
低炭素化開発は環境の改善に重点を置いた全体論的なビジョンでプロセスであり、脱炭素化やレジリエンス、サーキュラリティ、公平性を導入するものであることが多い。正しく実施するにはAECの各分野間の連携が必要であり、自身の業務と最終製品から出るムダを排除するため、全てのチームが当初からデジタルアセットを共有する必要がある。
このプロセスの初期イメージはデータに乏しく、ぼやけた画像1枚に留まることもある。だが、それがぼんやりしたものであっても、ビジョンを持つことは重要であり、より多くの側面が明確になる。全てのプロジェクトにおいて、共有されたビジョンとデジタルツールは、プロジェクトが内包するエネルギーと耐用年数後の影響を含む、建物のライフサイクルの全段階を考慮する必要がある。こうした情報を用いて、チームは持続可能な材料の適切な選択と施工の実践を行う、総合的な計画に全力を注ぐことができる。
立地の慎重な選択
壁を一枚も作らないうちにプロジェクトに適切な立地を確保することは、排出量削減においてのスタートへ、非常に大きな影響を与える。立地に関する不動産の原則は、グリーンなデザインにおいては、さらに重要だ。
ロスアラモス国立研究所の「Sustainable Design Guide」では、適切な立地が次のように示されている:
- 現地の地形、日当たり、日陰、風を利用して省エネルギーを促進
- 既存の植生の保全
- 建物を周辺景観に溶け込んだ建築様式にする
優れた立地の選択は、環境への影響を最小限に抑えるのにも役立つ。既存の構造物の改修や、いわゆる「ブラウンフィールド」(土壌汚染の可能性が考えられる再開発用地) の再利用により、環境への悪影響を削減し、河川流域や緑の回廊への干渉を防いで、原生植物に配慮した景観設計を行うことを検討しよう。こうした措置は、二酸化炭素排出量における現地の価値を最大化する。日々の暮らしに役立つ施設や、公共交通機関の近接した歩きやすい都市部の選択も、輸送による二酸化炭素排出量の削減に役立つ。
建築家がプロジェクトの最前線でエネルギー効率や環境への最適化に配慮したデザインを行うには、Autodesk Insight などが役立つ。またAIをベースとし、デザインの初期段階で使用できるAutodesk Spacemakerを活用すれば、不動産関係者はリアルタイムかつデータドリブンな風解析や日照解析のフィードバックを用いて、関連する建物の立地と向きの影響を検討することもできる。
こうしたプランニングは、ウィンドファームやソーラーパネルの設置など、再生可能エネルギーのインフラではとりわけ重要だ。今後5年間でクリーンエネルギーの創出のための投資は倍増すると予測されており、生態系、特に野生生物の生息環境への潜在的ダメージを防ぐための、スマートなプランニングが要求されるようになるだろう。
クリエイティブなビジョンやレイアウト、そして素材の選択を融合させることが重要だ。低炭素化の計画は、生産工程に大きく左右される。
ビルオーナーたちは、ポートフォリオ全体のパフォーマンスを向上させる一方で、環境への影響を低減させられるよう、不動産資産のポートフォリオを有効利用する手段の再考を行っている。オーナーは、資産ポートフォリオの改修、再利用により変化する居住者の要望へより迅速に適応でき、不動産市場の変化に応じて新たな市場へと拡大することも可能となる。
クリエイティブでサステナブルな建築デザインとエンジニアリング
クリエイティブなビジョンとレイアウトを、材料の選択と組み合わせることが重要だ。低炭素化開発のためのプランニングは、生産工程の手段に深く関わっており、例えば現地のサプライチェーンを利用した輸送コストの削減は、内包された二酸化炭素量の低減に役立つ。施工フェーズの低炭素化の実現は、正確な調達と適切な手順の履行にかかっている。
調達には削減、刷新が必要で、問題が起こった場合には材料の製造、輸送、活用でカーボンオフセットを行う。例えばマスティンバー建築は、建物の構造内に二酸化炭素を貯蔵することで、カーボンフットプリントの低減に役立つ場合がある。使用される鋼が低炭素化されたサプライチェーン由来のものであり、リサイクル性が高いことを確認することなど、早い段階での助言の提供は、建物の耐用年数全体を通じてプラスの効果をもたらす。建築家とエンジニアは、提案書で低炭素の建設材料を指定し、必要となる水やエネルギー、有害な化学物質や洗剤の少ない材料の指定を行うべきだ。このアプローチはまた、長期的な維持費の削減にもなる。
低炭素の建設材料
建物に内包される二酸化炭素の80%は構造材料に由来するため、サステナブルな開発においては低炭素の選択肢を選ぶ必要がある。低炭素の建設材料の選択肢には、再生木材やリサイクル鋼材などの再生材料も含まれている (建設業界は未使用の材料を廃棄することで悪名高い)。通常のコンクリートだけで、世界の年間二酸化炭素排出量の8%近くが生成されている。以下の新材料は、より環境に配慮した代替物となり得る:
- 回収された建材から作られたレンガ
- リサイクルコンクリート
- カーボンフットプリントを削減するコンクリート配合
デザインに新技術とミニマリスト的アプローチ (流線型のライン、むき出しの天井、打ちっぱなしのコンクリート床など) を採用することも、使用される材料の総量を削減する。
BIMソフトウェアと連動するEC3 (Embodied Carbon Calculator) は、詳細設計の完了後、材料を要素レベルでマッピングすることで機能し、内包される二酸化炭素量などの重要な数値、プロジェクトで生産、輸送、設置される全材料の温室効果ガスの推定排出量、材料の維持費と廃コストについて、知見を素早く提供する。
配慮ある材料の組み合わせ
適切な材料を集めた後には、その組み合わせにも同様の配慮が必要となる。より良好なBIM管理と現場でのデジタルコラボレーションにより、コストやエネルギー、時間、材料の削減が可能だ。リーンコンストラクションなど効率的な手法を採用し、より良いプロジェクト管理を行うことでムダを排除し、内包される二酸化炭素を削減できる。Lean Construction Instituteによると、建設プロジェクトの70%でスケジュールの遅延と予算超過が発生している。
プレファブリケーション、モジュール建築、工業化建築でも、プロジェクトのスケジュールを迅速化し、施工を体系化して、プロジェクトの耐用年数を通じたムダの削減を実現できる。例えばオランダの都市フェンローの市庁舎は解体を行い、別の場所で全く異なる構造物として再構築が可能だ。BamCoreが考案した、ハイブリッドな竹製パネルをデザイン、製造するカスタム設計システムは、住宅や低層商業建築向けに、より再生しやすい材料を提供する。さらに、成長を続ける電動化重機とトラックの新世代は、再生可能エネルギーを利用した建設現場への道を築いている。
低炭素ビルの運用と保守
スマートでサステナブルな建物は、建設クルーが現場での作業を完了しても、そこで終わるわけではない。建物の運用と保守は、光熱費を削減し、汚染を低減する方法を提供する、ライフサイクル全体に及ぶ業務だ。国連の研究者によると、ビルの運用による二酸化炭素排出量は、2019年にピークを迎えていたことが判明した。より優れた建設とスマートな運用の技術が、新たなスタンダードになりつつある。ビルの運用で排出される二酸化炭素は、パリ協定の目標達成のためにも、迅速に削減する必要がある。
ビルのオーナーは、ビル運用のテクノロジーとデータを使用することで、冷暖房や空調設備システムの効率を最大化が可能だ。その実現にはセンサーとデジタル ツインが活用される。デジタル ツインとは、AIと機械学習を活用し、継続的に更新されるビルのデジタルシミュレーションモデルで、物理モデルの性能をモニター、保守、最適化できる。こうした技術革新は、予知保全も実現する。予知保全では、センサーとリアルタイムでのモニタリングにより、特定のしきい値を超えた不具合が発生しそうなことを検知し、運用の中断が生じる前にエネルギー/時間/コストを節約する修正を実行。これにより、資産を可能な限り最大効率に近い状態で保つことができる。
建物の解体と耐用年数後の再利用
スマートで総体的なデベロッパーにとっては、解体間近の建物や空き家となった建物でさえ、サステナブルな価値を有している。撤去された建物をサルベージ業者が解体して部品を調達するという20世紀的な概念は、現在もある程度は機能する。だがデジタルソリューションは、より優れたリサイクル、回収のソリューションと、思慮深いアプローチを提供する。
デジタル ツインをAutodesk Tandemなどのプログラムやマテリアルパスポート (プロジェクトに使用された全材料のデータベース) で活用することにより、古い建物はマテリアルバンクとなる。それにより、設置以降トラッキングされてきた中古の鉄骨やレンガを回収し、別の建物の外壁として再利用できる。解体前に建物に何が使用されているのか多くの情報が得られれば、それだけ材料の再利用は簡単かつ安価なものになる。解体までのロードマップがなければ、古い建物の多くは埋め立てごみになってしまう。
設計データの推移がデジタル ツインに蓄積されるに従い、建築家とデザイナーにはアダプティブユースの追求に適した状況が整うことになる。建築家はジェネレーティブデザインを活用し、利用可能な空間を最大限に活用するレイアウトの再検討や再デザインにテクノロジーを役立てることができる。マテリアルパスポートというアプローチは、使われなくなった建物へのクリエイティブなデザインも推進する。古い建物や遺構の理解を深めることで、建築家やエンジニア、施工会社は、既存の構造物の主要部分の再利用や、リサイクル材料を新プロジェクトのデザインの中心に据えることができる。シドニーに新築されたQuay Quarter Towerでは、70年代に建てられたビルの68%が再利用され、削減された内包エネルギーはシドニーとメルボルン間のフライト10,000回分に相当する。
低炭素化開発戦略を採用するメリット
地球を救うことは、コスト削減にもつながる。それが低炭素化開発戦略である場合にはなおさらだ。低炭素化開発戦略は、建設の多くのフェーズをスピードアップする傾向がある。それはプロジェクトのコストも劇的に低下させる。またエネルギー効率の高い建物は、プロジェクトの耐用年数全体でのエネルギーコストを大幅に低減する。Three Percent Clubによると、脱炭素化や電化、効率化、デジタライゼーションでエネルギー効率を重視することで、1ドルのコストに対して3ドルの利益がもたらされる。世界各地の大学やオフィスのビルの多くが、最新かつサステナブルなデザインで何億円もの削減を実現している。スタンフォード大学は、アグレッシブな建物の全面改修により年間平均24%を削減しているという。
またサステナブルな建物がそこで働く人々の能率向上にも役立つことを示す、大規模な研究もある。バイオフィリック デザインやバイオミメティクデザインは、建築家が外界の自然を建物内部へもたらすことで、入居者に活力をもたらす例になっている。
良質の材料を使用し、新鮮な空気と日光をより多く取り込み、化石燃料と有害な化学物質を避けることは、その全てがオフィスビルのオーナーにとって驚くほどの説得力を持つ。エネルギーコストを下げ、生産性を向上させるのだから。米国のGreen Building Councilの調査では、サステナブルなオフィスビルで働く社員は「より幸福で、健康で、生産性が高い」ことが判明している。
結局のところ、建物は資産なのだ。コストの低減と居住者の満足度向上が建物をより魅力的にする一方で、ESG投資 (サステナブルな施工および運用プランを求める、環境、社会、企業統治を重視する投資家) の激増は、環境に配慮したプロジェクトが資本投資を引き寄せることを示している。サステナビリティは金融制度でも標準的なものになりつつあり、それが配慮を持った用地計画、内包される二酸化炭素、意欲的な気候ベンチマークにつながっている。サステナブルを要件とした何百兆円にも相当する資産が登場しており、AEC業界のエコシステムにおけるサステナビリティ実践の議論を、金融と環境上の責務へと変貌させている。
低炭素建築物の実例
低炭素ビルは、より高い価値を持つ最新鋭の建築構造を生み出している。エネルギー効率の制約や古い建物の再利用は、建築家やデザイナーに創造力のエネルギーを提供し、より目を引く成果へとつながっている。
フランスのエペルネーで、建築事務所OuyOutが管理会計組合CDERのためにデザインした新しい空間は、目障りな古い建物を解体するのでなく、改修とファサードのリワークを提案した。ダブルスキンで一連の曲線とパーゴラのような植え込みを特徴とする魅力的な外観は、フランス・シャンパーニュ地方の中心部に相応しい美しさを実現。厚みを増した断熱効果の高い外壁が提供されることで、エネルギー費も低減している。
先日竣工したマイアミの高級住宅プロジェクトGrove Centralは、サステナブルな建材と屋上の太陽光パネルが特徴だ。この複合施設の最も持久性の高い環境への影響は、その立地と交通機関へのアクセスだろう。メトロレールの駅近くにあるGrove Centralは、車を使用しない、多様な移動手段を促進する。またソーシャルハブなど徒歩で行けるオンサイト店舗や施設も、通勤やショッピングによる二酸化炭素排出の削減に役立つ。OuyOutのデザイン同様、このサステナブルな住宅プロジェクトも、ライフスタイルの犠牲は要求しない。クリエイティブでレスポンシブなデザインは、従来のデザイン以上に美的価値と利用者の利便性を高めるものだ。
同様のアイデアを大規模に応用したのが、タイのMagnolia Quality Development CorporationがデザインしたWHIZDOM 101だ。69,000平米近くのキャンパスとサステナブルなスマートシティは、仕事と暮らし、遊びの統合というビジョンになっている。ハイエンドな居住者向け設備には、ジョギングコース、自転車コース、図書館、豊富な緑地がある。この開発では、必要な建築部材の量を削減するためにデジタルデザインが用いられ、熱を下げるために外界の微気候をプランニングし、またスマートなシステム制御を使用してエネルギー消費をリアルタイムで監視、削減している。全体としてプロジェクトのエネルギー使用量は30%、水の使用量は40%が削減されている。
Living Building Challengeのフル認定を目指すアトランタのThe Kendeda Building for Innovative Sustainable Designは現在、米国南部で最もイノベーティブでサステナブルな建造物のひとつとされている。ジョージア工科大学構内にあるこの建物はマスティンバーで構築された3,400平米以上に及ぶ教育空間で、屋上庭園や雨水を貯めて再利用するための貯水槽、ソーラーパネルが設置された張り出し屋根や、その他のサステナブルな機能を備えている。建物自体も再生を行い、消費量を生成量が超えるカーボンポジティブとなっている。
低炭素化開発の未来
低炭素化開発が今後向かうのはサーキュラリティだ。サーキュラーエコノミーに関するアクセンチュアの研究によると、これまで処分、廃棄されてきたものを再利用へとシフトさせることにより、世界全体で500兆円近くのコストを削減できる。二酸化炭素排出量削減に力を入れた、より豊富な情報に基づくリユースとリサイクルの運用は、デベロッパーが建造環境の材料を再利用する、クリエイティブかつ低コストな方法を見つけるのに役立つ。世界のごみの50%を生成している (Ellen MacArthur Foundation調べ) 都市部を、自然にインスピレーションを得て、さらに進化したデザインムーブメントの実験場所にできる可能性がある。
スウェーデン企業White Arkitekterが2020年に発表したWhite ReCaptureプロセスが、未来の姿なのかもしれない。それは、既存の構造物をレーザースキャンし、Autodesk BIM 360、Revit、ReCapを使用して、各部材の価値とその再利用方法を判断するものだ。同社は先日、このプロセスを活用し、地方公共団体庁舎の新築案件において、家具だけで1億円以上を節約している。
サステナブル建築へ向かう道の各ステップで、建築家とエンジニア、作業員をコネクトし、材料の調達と組立、リタイヤとリサイクルの流れを管理するためにデータとテクノロジーが活用される。再利用がより簡単かつ安価で、当たり前のことになれば、古い建物のレンガや梁は、より貴重な資産となる。世界各地で新しいスカイラインと都市化が増加する中で、サステナブルな低炭素化開発により、そうした都市が後世まで確実に残るものとなる。