マス ティンバー建築の成功に不可欠な確固たるサプライチェーンの構築
木材やマス ティンバーの生物学的な特性として、まず思い浮かぶのが知覚特性だ。その匂いや手触り、そして木材ならではの木目は、指紋のようにひとつとして同じものは存在しない。こうした特性は、マス ティンバーの製造とサプライチェーン、デジタル製造とデジタル化されたサプライチェーン、そして垂直統合された規模の経済にも影響を及ぼしている。
木材は二酸化炭素を吸収する珍しい材料であり、切削による加工性や構造上の柔軟性にも優れている。複数の木材を組み合わせて強度を大幅に向上させた集成材のマス ティンバーは、プレファブリケーションやモジュール建築に最適だ。
これは朗報だ。マス ティンバー、とりわけ CLT (直交集成板) は、WoodWorks のリッキー・マクレーン氏によると、原材料としては「コモディティ製品ではない」。「どのメーカーと仕事をするかによって、あらゆる種類の木材を選択でき、それぞれに外見や構造特性などさまざまな特徴があります」。デジタル製造は、こうした全く異なる要素を標準化し、木材固有の柔軟性を表現する方法となる。
「根本的に、マス ティンバーは工業化されたコンポーネントです」と、マクレーン氏。「大きなコンポーネントは現場で作らず、全てオフサイトでプレファブリケーションされます。そのため、木材をどうやって現場に運び、そこで誰が組み立てるのか?というサプライチェーンの理解が重要です」。
マス ティンバーは北米において比較的新しく、標準規格が無いため、デザイナーはマス ティンバー メーカーによる取り組みへ密接に関与する必要がある。
「勝手に設計することはできません」と、マクレーン氏。「設計段階では材料の性能を理解し、その性能を最も効率的に発揮できるよう構造をデザインします。マス ティンバーを使う理由は、あるメーカーが、外観の気に入ったものを作っているからかもしれません。あるいは、指定の柱の位置に合ったものが必要で、それに最適なものを特定のメーカーが作っている場合もあるでしょう。つまりメーカーの選択に際しては、制約にマッチするかどうかや、その利点から選ぶことが役立ちます」。
Autodesk Technology Centers のレジデントであり、Timber City Research Initiative の研究コーディネーターでもある Gray Organschi のシニア アソシエート、アンディ・ラフ氏は、デザイナーがマス ティンバー メーカーとともに取り組み、サプライ チェーンへと統合する能力を開発すると、その目標は「デジタルで実行可能な製造へ直接変換できるドキュメントの作成」になるだろうと述べる。
マス ティンバーでは、そうした要素に構造、ファサード、断熱、内装が含まれる。「単一の材料、単一のサプライヤーだけで建物の大部分を作成できます」と、ラフ氏。この材料の多用途性は、垂直統合の可能性を高める。そのチェーンで作成されたデータを所有できる可能性だけでなく、マス ティンバーだけでもスケジュールを平均 10-25% 短縮できるため、垂直統合により効率にも付加価値が提供される。
ワシントン州立大学デザイン建築学部長のライアン・スミス氏は、材料のサプライヤーはこうした理由から製造や生産へと移行し、一方でゼネコンはサプライ チェーン内を上下に移動するようになっていると見ている。
メーカーにとっては「既に材料の生産は手がけている。では、この材料を用いた製造や、構築を手がけるのは、どうだろう?」ということになるのだ。スミス氏は次のように話す。「デザイナーはデベロッパーや施工会社、プレファブリケーション企業に向けて仕事をしています。デザインや現場での組立をコントロールすることで、マス ティンバー メーカーは供給のプロセス全体を、さらにコントロールできるようになります。新型コロナウイルス感染症の影響もあり、企業合併が生じるだろうと私は考えています」。
オートデスクで工業化建築のストラテジーとエバンジェリズムをリードするエイミー・マークスは「木材だけでなく工業化工法においても、業界への圧力が強まっていることが示されています」と述べている。
「要望を発する大企業が存在しています」と、マークスは続ける。「政府も同じです。デジタル化、BIM、サステナビリティ、特に二酸化炭素関連での再始動を必要としているのです。他部門の業務を請け負う“スーパー サブコン”が登場しています。そして、こうした企業を利用する大手メーカーも存在します。エコシステムにこうしたプレッシャーがかかり、そこにコロナが加わったことで、境界は曖昧になりつつあります。つまり、これまでエコシステム内での特定の役割に集中した業務を行ってきた企業が、情報を手にするために深い谷間を飛び越えざるを得ない時期がやってきています。こうした企業の多くが製造統合型の企業へと変化しつつあります」。
スミス氏は、米国における建設企業の平均規模はわずか従業員 8 名であり、マス ティンバー建築技術を広く実行可能にするために必要な研究開発を、こうした小企業に合わせてスケールダウンすることは不可能だと話す。「R&D への投資を行う余裕がありません」と、スミス氏。「データを収集して分析し、改善する力量がないのです。垂直統合を始めることで、日々のプロセスを実際に向上させるために必要な資本を持てるのです」。
マス ティンバーにより、幅広い材質をサプライ チェーンに組み込むことが可能となる。マス ティンバーは比較的小さなピースに粉砕されるため、広大な森を枯らす松くい虫にやられたマツ科の樹木など、比較的低品質の木材を活用できる。この松くい虫の問題は、米国西部で絶え間なく続く山火事に油を注ぐものだ。これらは、本来は廃棄物となるか、ハイテクなカーボンポジティブ建築では素材として生かす価値のない木材だ。
マス ティンバーのモジュール性と加工の柔軟性は、解体と再利用を容易にする。「木材を最初に加工するだけでなく、集成材を再び加工することもできます」と、ラフ氏。「コンクリートは、その寿命後に再処理するのは非常に困難です。骨材としては再利用できるかもしれませんが、元の成分レベルを保つことはありません。でも集成材ならネジを外してパネルを再利用できます」。
北米におけるマス ティンバーの普及には、まだ非常に大きな溝と課題がある。サプライヤー、メーカー、デザイナーは皆、それぞれのワークフローからより多くのデータを抽出する必要がある。ロッキー山脈以西で初のマス ティンバー工場が開設されたのはわずか 2 年前のことだ。この業界が成功を収めるには、サプライ チェーンのリーチと幅が拡大する必要がある。工場の新設には資本の集約が必要であり、メーカーには民間企業やテック業界からのさらなる支援が必要となるだろう。
マス ティンバーのオフサイト ファブリケーター/サプライヤー Cut My Timber の事業開発ディレクター、グレッグ・ハウズ氏は「さらに大きな制約は、建築業界において、進化する業界プロセスとテクノロジーを業務に統合することのできる、プレファブリケーションの工場運営を成功させた経験を持つプロが不足していることです」と話す。
北米において、木造建築は勾配屋根のカントリー ログハウスを連想させることも多い。だが、こういった住宅が偏在していることが、低品質で精密性に欠ける建築への傾向を補っているわけではない。モジュラー デザインと建設分野のコンサルティング企業 Mod X の共同設立者であるスミス氏は「今後の大きな課題は、こうした木造建築のストーリーを変えることです」と話す。「木材は高品質の材料となり得るもので、数々の性能要件を満たすことが可能です」。
スミス氏は、木造建築は北米におけるデザインの DNA に受け継がれており、それゆえ卓越したものであると話す。米国とカナダでは「建造環境の 90% が木造です」と、スミス氏。「国外ではそうではありません。南アメリカやアジアでは、その割合は市場の 10% です」。
だが北米では、木材は土地への郷愁やアイデンティティと深くつながっている。「匂いや音、手触りは、人間と自然とのつながりを思わせるものです」と、スミス氏は続ける。「米国には木材の利用における長い伝統があり、北米には木材のためのサプライ チェーンが存在しています。グルーラム (20世紀初頭にドイツで開発された集成材) から付加価値製品や集成材へと到達したことは、利点です。米国人は、他の多くの国々とは異なるレベルで、この材料を理解しているのです」。
この原稿は、Autodesk Technology Centers AEC 部門インダストリー エンゲージメント マネージャーのソフィア・ゼーロフが主催し、オートデスク工業化建築ストラテジー/エバンジェリズム リーダーのエイミー・マークスがモデレーターを務めた Autodesk Technology Centers の「Outsights: Design & Construction for Mass Timber」パネルの内容をもとにしたものです。