マスタービルダーへの回帰
APACの建築事務所は環境の変化に対応することでビジネスを継続してきましたが、それは大きく様変わりしました。パンデミックの影響により、建築事務所は新しいプロセスやツールの導入を余儀なくされています。こうした変化は、建築業界をかつての黄金時代へと回帰させるものです。
コロナ禍による規制が緩和され始める中、APACの建築事務所も独自のニューノーマルを受け入れようとしています。
この2年間はプロジェクトの遅延、請求額の減少、従業員の再編成、間接費削減のための業務の再編成などが目立ちました。多くの変化と新たな混乱のリスクの中、この地域の企業には、どのように顧客へ価値を提供し続けるかを真剣に検討する必要が生まれました。
建築事務所Woods Bagotのオーストラリア・ニュージーランド担当ディレクター、ケイト・フリア氏は、「クライアントは、物事が正しく行われているかどうかの保証を、より強く求めるようになりました」と語ります。「建築家には、コンプライアンスなどがきちんと管理されていることを証明する責任が、より大きくなっています。また建物のライフサイクル全体を理解し、それがクライアントのビジネスにどのような影響を与えるのか、つまり資産を保有するのか処分するのかを理解することが求められています」。
混乱は痛みを伴う一方で、強烈なイノベーションのきっかけになることもあります。2008年から2009年にかけて起こった金融危機と不況は、誕生したばかりのフィンテック業界を輝かせ、ギグエコノミーの幕開けとなりました。こうしたトレンドは、新しいクラウドプラットフォームや優れたモバイルアプリに支えられたものです。
パンデミックで最も注目を集めた技術的な話題は、ビデオ会議の台頭と電子商取引への大規模な移行です。建築分野では、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)の導入が進んでいることが挙げられます。リモートワークや地理的に離れた場所で作業するバーチャルなチームが増え、APACの建築事務所とクライアントはBIMにより合意を形成し、プロジェクトを前進させられるようになりました。
ただし、すべてが変わったわけではありません。世界的な設計事務所として知られる日建設計のBIMマネジメント室の吉田 哲氏は、「主な業務が建築の意匠や空間の機能整理のハード面での設計業務であることに変わりはありません」と述べています。「それに加えて、建物竣工までのプロジェクトマネジメントや、運用時での付加価値など、ハード面だけではなくソフト面も含めた多角的な情報処理が必要とされるようになってきました」。
BIMとは?
BIMは、建築物の詳細な3Dデジタルモデルの作成を可能とします。建築家はこのモデルを使って最終的な構造の内外の様子を正確に表現し、それをクライアントや協力会社と共有します。3D BIMモデルは設計以外のデータソースも統合でき、建築家はエネルギーや日照、材料、コストの分析を行って、竣工後の建物がどう運用できるかをオーナーに理解してもらうことができます。
しかし、BIMモデルは建物の物理的な特徴を垣間見せるだけではありません。BIMプラットフォームは、プロジェクトに関わるすべての関係者にとって、単一の情報源となります。アイデアを蓄積し、変更のたびに何かが変わるたびに複雑な計算が迅速に行われる、共有されたナレッジソースを建築家、クライアント、協力会社、エンジニア、検査員などへ提供します。
APACの建築家たちはパンデミックによる規制へ対応するためにワークフローを更新し、コスト効率が高く、持続可能で、見た目にも美しい高性能の建物を設計し続けています。吉田氏は、「弊社を含めた大手建築企業は、意匠、構造、設備間の連携やプロジェクト関係者間での活用などのデジタライゼーションへ移行しつつあります」と述べています。
最近では、BIMを活用して設計書とデータを連携させ、建設中に発生する複雑な計算や再計算を簡単に素早く実行できるようにしている企業が増えているようです。過去と現在のプロジェクトデータはクラウドベースのシステムに移行され、分析に使用できるインテリジェンスのリポジトリを作成し、将来の設計のための新しい3Dモデルの作成に役立てたり、より優れたデジタルツインを作成したりしています。
こうした機能は、建築プロセスにおける建築の位置づけを再定義する可能性のあるゲームチェンジャーです。その結果、建築家は再び新しいプロジェクトの中心となり、最初から最後まで、そしてそれ以降も主導的な役割を果たす可能性があります。
バック・トゥ・ザ・フューチャー
かつて建築家は「マスタービルダー」として、コンセプトから完成までを一貫して管理していました。しかし時を経て、建築の機能はより専門的なものへと変化していきました。建築家は当然、設計者としての役割を果たしますが、プランが請負業者に渡された後は、最終的な完成品の結果に対する責任は限定的でした。
フリア氏によると、APACの企業は、より高度な役割へとシフトしつつあります。BIMの機能により、設計と建設のプロセスの多くがフロントエンドに移されました。建築家は、建設が始まる前に潜在的なリスクや欠陥を特定し、建設中は協力会社やエンジニアとより密接に協力して、建物が竣工後にどう管理・運営されるかを見据えています。
「調達モデルが変わり始めています」と述べるフリア氏は、建築家の役割をより伝統的なものに戻すという、ある種の揺り戻しが起きていると述べています。「オーストラリアの一部の建築物における欠陥は、建築家と建設業者、クライアントそれぞれの役割に疑問を投げかけました。そしてリスクを適切に分類し、誰がリスクを取るのかを明確にすることが、より重要になっています。これにより、我々とクライアント、施工者との関わり方が変わり、3Dモデルやその作成に使用した情報などの成果物が重視されるようになりました」。
クライアントにとってのデジタルの利点
建築家がクライアントの要求の変化に対応していく上で、デジタルは今後も重要な役割を果たしていくでしょう。AIA (オーストラリア建築家協会)の最近の調査では、ARが次の大きなパイプラインの機会となることが指摘されており、回答者の17%は、現在自社がARサービスから収益を得ていると答えています。
クライアントもBIMに魅了されています。AIAが行った調査では、クライアントの半数近くが、BIMとそのアプリケーションを、もっと知りたいと回答しました。AIA会長のトニー・ジャンノン氏は、この調査結果に添付した声明の中で、「APACの建築事務所は、新興技術をビジネスモデルに深く組み込み、その可能性を享受すべきだ」と述べています。
Woods Bagotのフリア氏は、このような取り組みは、同社のような企業がクライアントとより密接に連携し、より包括的な目標を達成するために役立っていると述べています。「プロジェクトの検討方法が変わります。例えば被覆材の効率や建築サービスなどのモデル化が可能です。クライアントに、こうした設計プロセスを採用する準備ができていれば、より弾力性のある結果が得られます」。
しかし、BIMはまだ発展途上の技術であり、顧客やパートナーがより利用しやすくなるよう、改善する余地があります。吉田氏は「PDFのように誰でも使えるBIMデータ・ビューワーを主軸に、関係者間のコミュニケーションのツールを整備して共通言語とすることが望まれます」と語っています。
「BIMデータやテキストデータなどプロジェクトに関係するデータがCDEなどに一元化され、ワークフローに合わせた形で必要なデータがセキュアに取り出せる情報環境を構築することで、関係者間での利活用の利便性を上げるべきだと考えています」。