松永製作所がオーダーメイドのDNAで自動設計するカスタムメイド車椅子
1974年、オリジナルの車椅子をゼロから作り出すオーダーメイドの車椅子メーカーとして創業した松永製作所は、病院用や高齢者用車椅子を量産することで事業規模を拡大し、国内トップクラスのシェアを持つまでに成長。国内だけで180名の社員規模となった現在も、そのオーダーメイドのDNAは受け継がれ、ユーザーの用途や目的にマッチする製品開発やオーダーメイドの受注を続けている。
株式会社松永製作所 代表取締役社長の松永紀之氏は「現在、弊社では車椅子だけでも200種類以上の製品を揃えていますので、その中から身体に合ったモデルを選んでいただくことは難しくないと思います」と語る。「でも、車椅子は運搬のために使うものではありません。障がいの部位や身体の状態、やりたいことによっては、既存のモデルではかなえられないことがあります。そのために、いまもオーダーメイドを続けています」。
同社が新たなものづくりの一環として2016年に大きな注目を集めたのが、空港・機内用に開発された樹脂製の車椅子、モルフだった。保安検査場を通過する際に、ユーザーが車椅子から降りたり触診検査を受けたりする際の負担を無くしたいというANAの要望を受け、金属を使用しない車椅子の共同開発に着手。フレームや車輪から軸受けまで、従来金属が使われていた部品すべてを非金属製の部品で構成することとした。
機能とデザイン性を両立させた金属を使用しない車椅子の実現
開発部設計課の宮川賢悟課長は「当社のポリシーとして、身体障がい者の方だから特別扱いをするのではなく、平等に接するべきと考えています」と述べる。「障がいがあっても、歩行する方と同じように金属探知ゲートを通過し、触診検査を受けていただきたいというANAと当社、両者の方向性が合致して、共同で開発を進めることになりました」。
樹脂製の部品は従来の車椅子でも多用されていたが、これまではAutoCADで作成された二次元の図面をもとに金型メーカーへ発注されていた。「微妙なフィレット (角の丸み) などは表現が難しいので、口頭やスケッチなどで伝えていました」という宮川氏だが、モルフの制作に際してはフレームなど大きな部品も必要になるため、コストの面からも金型制作はやり直しをせず一回で終わらせたいと考えていたという。
「3D CADを使うことで、柔らかいラインやフィレットなども含めた図面データを完成させ、それを金型メーカーに渡したいと考えました。そのデータをもとにしたマシニング加工のやり取りもしやすくするため、企画の段階からInventor Professional (以下Inventor) を採用しました」。
また、複雑な機構の検証にもInventor (単体製品、Product Design & Manufacturing Collection に含まれる製品を複数導入) が貢献したという。「クリアランスや干渉、スライドする部分や噛み合う部分を3Dで立体的に、かつ直感的に検証できました」。歯と歯がかみ合って止まるブレーキのリンク機構なども、データを社内の3Dプリンターで出力して動作を確認。「そのおかげで、金型を発注する際にも、これで間違いないという確証を得ることができました。Inventor上で重量情報を入れてコストの目安を付けたり、一部の強度解析を行ったりもしています」。
こうして開発されたモルフは、大車輪の着脱機能も備え、保安検査から航空機の機内まで車椅子の乗り換えが不要な、ストレスの少ない移動を実現。そのコンセプトと機能性、3D CADによる曲線を生かしたデザインが高い評価を受け、2016年度のグッドデザイン金賞、German Design Award 2018の「Medical, Rehabilitation and Health Care」カテゴリーのWinner賞などを獲得している。
車椅子のモデルを5分で生成して、そこから微調整が可能に
現在、松永製作所は自走用タイプから介助用タイプ、リクライニング/ティルトタイプまで、さまざまなシリーズの車椅子を製造している。同社のMP (Max Performance) シリーズはアクティブなユーザーに向け、同社の知識や経験、技術を詰め込んで開発された製品。さまざまな用途に向けて豊富なバリエーションがラインナップされており、座シートの幅・奥行きや高さ、サポートや車軸の位置などを10–20mm刻みで指定可能だ。そして、このMPシリーズのさらなる軽量化を目指して開発されたセミオーダーモデルMPカスタムは、ユーザーの身体や用途に合わせたカスタムメイドの「一品仕様」とし、従来のMPシリーズに搭載されていたアジャスト機能の搭載を不要とすることで、さらなる軽量化を実現するものだ (参考出品車の重量はMPシリーズの最軽量モデルK-MAXの9.4kgを下回る8.8kgになっている)。
だが、こうしたカスタムメイドには高度な設計ノウハウが必要なため、設計者にスキルと経験が要求され、図面作成にも時間がかかる。その時間を短縮するために開発されたのが、同社の設計ノウハウを詰め込んだ3Dモデルをテンプレートとして用意し、パラメトリックな機能の活用で自動設計を行うシステムだ。モルフ開発から本格的に導入されたInventorをベースとしたこのシステムは、顧客のデータをもとに主要寸法をExcelに入力して、ボタンを押すだけでマスカスタマイゼーションを実現。従来は図面作成に一週間は必要だった車椅子のモデルを約5分で生成でき、その上で微調整を行うことができる。顧客用の図面や組立図、加工図も簡単に出力できるため、作図に必要な時間も大幅に短縮されることになった。
また、これだけ多数のラインナップとそのバリエーション、さらにはフルオーダーを含めたオーダーメイドに至るまでの生産を行うには、設計資産の管理も重要だ。松永製作所は現在、データ管理にVault Professionalを活用し、従来の二次元資産を有効に活用しながら3Dモデル化を進めている。
同社開発部技術課の髙田昌明氏は、「リリース前の成果物の管理用にはVault Basicを先行導入していましたが、リリース後の図面管理を円滑に行うため、Vault Professionalの運用を始めたところです」と述べる。「これまでは、中国の生産拠点にある図面とマスター図面がマッチしなかったり、いろいろな人が各自で図面を保管しているため、どれが本当のマスターだかわからない状態に陥ったりすることもありました。Vault Professionalを運用することで、図面の版管理やライフサイクルの管理、アイテム化によるBOMの出力、シンクライアントの機能によるWebの図面化、海外拠点との同期ができるようになりました」と、髙田氏。「今後も管理の重要性を社内に周知して、人による管理からシステムによる管理に移行できれば、うまく回っていくと思います」。
「創業からしばらくは完全に手作りで、オーダーメイドで受注していました。パイプを買ってきて、それを切り、溶接して穴を開けて、母親がシートを縫製して、それらを組み立てて納品していました。その後量産モデルを作るようになると、作り方は同じですが、社員が増えると技術や熟練に差があるので、品質にばらつきが出るようになりました」と、松永氏は振り返る。
「ソフトウェアや工作機械を導入するだけでは、ばらつきや不良は減らず、工場内でのタクトも合いませんでした。結局のところ、設計から生産管理、品質管理、工作機械の配置から工場内の整理整頓まで、すべてが合わないと、しっかりしたものづくりはできないと気付きました。今年入った新入社員から30年のベテランが同じ言葉と目線でものづくりを行えるような環境を、人の力だけに頼らずやっていこうと思っています」。
本記事は2018年4月に掲載された原稿をアップデートしたものです。