2016 年は、英 EU 離脱、トランプからゼノフォビア (外国人嫌悪)、ポスト真実まで、広範な支持基盤を得たポピュリストたちによる反動という点で、重要な分岐点となった。だが振り返ってみると 2016 年の建築は、こうした激情的変化に対する、抑制された準備期間だと思えてくる。
この観点から見ると、2016年の最も革新的な建築は、異なる価値観を体現している。上述の懸念事項、すなわち住宅供給の不公平さ、世界経済の見通し、そして「イノベーション」の不安定さといった問題は、決して消えることはないだろう。むしろ、政治情勢の変化によって、さらに深刻化する可能性もある。建築への影響は今後数年のうちに現れるだろうが、変化は確実に訪れている。
空港を湿地に囲まれた人工島へ転換したこの物件は、厳密には 2015 年末に完成していたが、十分に成熟するには少し時間がかかった。だが、この Northerly Island は 2016 年夏には、都市部に生存する野生生物にとって唯一無二の生育環境へと成長を遂げた。穏やかに起伏する丘陵や湿地とプレーリー、カモやサギの鳴き声に包まれ、シカゴの美しいスカイラインを背景とするミシガン湖の景観を復興。風致的都市計画により活用されていないインフラを復興させる、アダプティブ ユースの魅力的な例となっている。
住宅の所有、財産としての住宅に依存する中産階級、そして従来の「初めてのマイホーム (Starter Home)」。そうした概念は、いずれも衰退しつつある。ジョナサン・テイト氏が参入へのハードルを下げるためにとった第一歩は、驚くほどシンプルなものだった。「まず行うべきは、土地に組み込まれたコストを排除することです」。テイト氏は、使用されていない駐車スペースや裏通り、水路に隣接した細長い敷地など、あらゆる都市に存在する不要でふぞろいな形状の土地に対応する、住宅のカスタムデザインを行っている。こうした住宅が、不動産市場で置き去りにされた「残り物」の土地へ個別に適合する、フルセットの建売住宅の代表例となるかもしれない。
マンハッタンのスカイラインに加わった、矩形の基礎から伸びたこの多面体ビルは、極めて機知に富む実験的な建築事務所が手掛けた作品で、一端が高さ約 137 m まで持ち上げられた珍しい形状をしている。このビルは、典型的な高層ビルの外形と、ヨーロピアン スタイルの中庭を囲む共同住宅形式が組み合わせられたものだ。その大部分が世界各地を駆け回る超富裕層向けとなる、シャンパングラスのように細いタワー マンションが取り囲むニューヨークにおいて、Via 57 West は、西57丁目全体の景観に取り組んだ、比較的大衆向けのプロジェクトとなっている。
Carmel Place は、ニューヨーク初のマイクロユニット タイプのマンション。この「マイクロユニット」とは、かなり理論化された建築様式で、建築規制により違法となる場合も多い。鉄骨フレームのモジュール 65 基をレゴのように積み上げて構築され、ニューヨークの摩天楼らしくセットバックされた nArchitect のプロジェクトは、ユニット サイズとユニットの最大密度の両方に対する建築規制特例が必要だった。だが最小 24.15 平米のこのワンルーム マンションは、住宅が不足し、空間が非常に高価なニューヨークなどの都市では、不満解消のモデルとなるかもしれない。
この超高層ビルが急増する時代においても、Jeddah Tower は、その全てが途方もないビルだ。現在建設中の、高さ約 1,000 m のこの高層ビルは、現時点での記録を約 153 m も更新する世界一高いビルとなる予定で、157 階の展望デッキも世界で最も高いものになる。砂漠植物の葉状体に例えられる Jeddah Tower で最も興味をそそるのは、このハイパービルディングが、現時点はかなり脆弱に見える点だ。これら超々高層ビルの後援者たち (中東の石油産出国と中国) は、石油価格の低下と、余りにも急速に拡大しすぎたインフラの上に築かれた経済に苦しんでいる。この観点から見ると、クリスタルのように光り輝き、滑らかに伸びるこのビルは、建築による空への侵略の終焉を飾る、決定的な感嘆符なのかもしれない。
競技場のデザインは地味な勝負であり、先駆者となることより、これまでにあるものを手っ取り早く組み合わせることに関心が向けられていることが多い。だが、HOK はアトランタ・ファルコンズの本拠地として、ガラスと金属を用いた 15 億ドルの宝石のようなスタジアムを建設し、イベント用建造物の新たな前例を築こうとしている。そのトレードマークは、8 枚のパネルから構成された、カメラレンズのように開閉する格納式屋根だ。スタジアムのデザイナーたちは巨大なメディア ウォールを排し、代わりに環状の 360 度メディア スクリーンを採用。サイズは高さ 5 階分、全長 335 m で、Fast Company によれば現行の NFL スタジアムのスクリーンの 3 倍の広さとなる。
エネルギーをプロテインに変換する効率において、コオロギに勝る食材はほとんどない。また、建築学上の研究では手つかずとなっている炭素効率において、昆虫の養殖ほど優れた食物システムもほとんどない。The Cricket Shelter Farm は、チューブでつながる数百のプラスチック製容器からなる大型テントだ。その曲線的な形状と構成区画部分は、低炭素プロテイン生産の全く新しい世界を誇示するものとなっている。テントの外観は存在を強く印象づけるものとなっているが、Terreform ONE のミッチェル・ジョアキム氏は、自身のデザインにおける関心の中心は、純粋に機能性に置かれていると話す。ジョアキム氏にとって、あらゆるデザインで基準となる信条は「その形状には願望が込められている必要がある」というものだ。これは、スーパーに並べられるためには文化的タブーやある程度の嫌悪感を克服する必要のある食物源について話す場合には、独自の意味を帯びることになる。
Botswana Innovation Hub で、SHoP は開発途上国との共同研究施設に対する自社のビジョンを、シリコンバレーの本社に採用するようなデザインを用いて提示している。イノベーションと研究を支援するべく作られたこの複合施設は、長く曲線的な棒状の構造物 3 棟が、通路と景観が整えられた中庭で繋げられた構成になっている。現在建設中のこの巨大複合施設の外観は、宇宙船を思わせる流線形になっており、それを覆う草の茂ったグリーン ルーフの「エネルギー ブランケット」では、雨水や太陽エネルギーが収集される予定だ。
ペンシルベニア大学の Pennovation Center では、アプリのプログラミングやロボットの制作、DNA の配列などができる。研究、起業用の多目的ハブであるこのセンターは、学生と外部グループの両方が利用可能。デュポン社の塗料研究施設だった古いレンガ作りの建物に新たな命を吹き込んだ研究所と機械製作ワークショップは、巧みなアダプティブ・ユースの一例だ。北側のファサードは三角形のスチールとガラス パネルで仕上げられ、この構造は意欲的な TED Talk 参加者のためのスタジアム スタイルの階段席を構成している。「破壊的な変化を語る人は多いのですが、イノベーションの大半は進化から生まれます」と、HWKN のマティアス・ホルウィッチ氏は話す。「アイデアを取り上げ、未来に通じるような新しい特性を用いて再生成を行う。私たちがこのビルで行ったのは、まさにそれなのです」。
ザック・モーティスはシカゴ在住の建築ジャーナリスト。
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