NASAがジェネレーティブ デザインによる「進化した構造」で挑む新たな宇宙ミッション
- ジェネレーティブ デザインはAIを活用し、与えられた工学的要件に基づいて最適な設計を迅速に発見する
- ジェネレーティブ デザインは財政的・科学的な制約のある宇宙ミッションに不可欠な、大幅に軽量化された設計をエンジニアが作成するのに最適
- NASAとそのエンジニアリング・パートナーは、EXCITE (EXoplanet Climate Infrared TElescope) やMars Sample Return Mission (火星サンプル・リターン・ミッション) のように質量が重要なミッションの斬新なソリューションを生み出すためにジェネレーティブ デザインを活用
古くから知られているブラックホールや自由浮遊惑星から超新星、反物質まで、宇宙は魅力的な現象に満ちている。だが一般的な地球人にとって宇宙の最も魅惑的な面は、その神秘性ではなく無重力ということだろう。
技術的に言うと、宇宙にも重力は存在している。宇宙飛行士がその影響を感じないのは、距離とともに重力が弱くなるからで、地球から遠ざかるほど、その引力の影響を受けなくなる。
宙返りをした宇宙飛行士が浮遊物を口でキャッチする映像で、国際宇宙ステーションは多くの宇宙ファンを楽しませてきた。無重力状態だという感覚は、その乗員が自由落下していることから生まれている。宇宙ステーションとその乗組員、そして宇宙ステーションの中にあるすべての物体が同じ速度で宇宙から地球に向かって落下しているため、まるで浮いているように見えるのだ。宇宙ステーションは、その移動速度が速いため地球に衝突することなく周回でき、地球の曲率と正確に一致した、湾曲した軌道を描いている。
無重力へのこだわりは、ある種皮肉なものだ。宇宙空間の物体は地上の物理学とは無関係に存在しているように見えるが、機械エンジニアは宇宙船の設計時に最も考慮すべき重要事項が質量であることを理解している。
Newton | Engineering and Product Developmentのリード メカニカルエンジニア、アレックス・ミラー氏は「宇宙飛行の世界では質量はコストに等しいのです」と述べる。
宇宙船とその部品は、ミッションに向けた装備とするだけでなく、費用対効果の高い打ち上げ、燃料と電力効率、構造的完全性を確保するため軽量でなければならない。
だが、質量の削減は簡単なことではない。NASAやNewtonのような企業は、軽量な宇宙船の設計をより簡単かつ迅速に行うため、AIを活用したユニークなツールであるジェネレーティブ デザインに注目している。
ジェネレーティブ デザインで可能性を進化
ジェネレーティブ デザインは、物理学と、ユーザーに指定された問題の定義と要件を満たす複数のソリューションを生成するよう連携する、製造を意識した最適化アルゴリズムに基づいている。アルゴリズムが取り込むパラメータは詳細なエンジニアリング要件であり、それによって生成される産物は、NASAのリサーチエンジニアであるライアン・マクレランド氏が“進化した構造”と呼ぶ、完成されたデザインだ。
マクレランド氏は、その進化した構造について、「どこか異質で奇妙に見えますが、それが機能するのを見れば、実に理に適っていると理解できます」と、2023年のNASAのインタビューで語っている。
進化した構造体が「異質で奇妙」なのは、AIが人間のエンジニアのような既成概念を持っていないからだ。アルゴリズムの問題解決は、設計要件を満たす最善かつ最も効率的な方法を見つけることだ。そのため、人間には到底不可能な幾何学的形状が採用され、想像できないような有機的な形状が生み出されることが多い。
「ジェネレーティブ デザインによる構造で私が最も驚かされたのは、結果として得られたデザインが人間には思いつかないような斬新なものであると同時に、そのソリューションが一目で直感的に理解できるようなものであったことです」とマクレランド氏は言う。
品質向上とリスク低減のための反復
ジェネレーティブ デザインのプロセスは簡単でスピーディなものだ。まずは人間のエンジニアが、最終的な構造体にかかる荷重や宇宙空間で受ける力などの技術的要件を指定する。要件がソフトウェアに入力されると、わずかな時間で無数の設計反復が出力される。
マクレランド氏はNASAの『Small Steps, Giant Leaps』ポッドキャストのエピソードで「ユーザーがシステムへ要件を入力するとAIが設計を行い、次にその設計に有限要素解析 (FEA) を行って、機能することを確認します」と説明している。「そして製造シミュレーションを行い、それが製造可能であることを確認します」。
人間が設計反復を行える頻度が週に1回程度なのに対して、AIの場合は数分に1回だとマクレランド氏は指摘する。「ずっと多くの反復サイクルを実現でき、進化した構造プロセスを採用することで、より最適な設計をより速く得ることができるのです」。
スピードは大きな利点だ。それだけではなく、質も向上する。
「リスクも下がることが分かりました」と、マクレランド氏は述べる。「アルゴリズムで生成された部品には、人間の設計で見られるような応力集中が無いことが判明したのです。応力係数は、熟練した人間が作成した部品よりも10倍近くも低いものでした」。
NASAが得意とするオーダーメイド設計においては、主要な検討事項としてコストがある。「NASAの構造物のコスト要因は、製造よりも繰り返しでないエンジニアリングです」とマクレランド氏は言う。「自動車会社や自転車会社とは異なり、NASAは常に何千ものユニークな部品を開発しています。ハッブルやウェッブなどの宇宙望遠鏡も唯一のものなので、この技術は特に我々に価値があります」。
そして質量という重要な問題がある。マクレランド氏によれば、進化した構造により従来の部品に比べて最大で2/3に相当する軽量化が可能であり、「3倍程度のパフォーマンス向上が実現している」と『Small Steps, Giant Leaps』で語っている。「このパフォーマンスとは、剛性と重量の比率のことです。つまり非常に剛性が高く軽量で、人間が設計した構造よりも強靭だということです」。
こうした優れたパフォーマンスの科学的、ビジネス的なメリットは明らかだが、人材面でも有利に働くことがある。「構造アナリストの人材は常に不足しています」とマクレランド氏は言う。「構造解析の専門家へのプレッシャーを軽減し、剛性と強度の高い設計を迅速に行うことで、後で反復する必要性を減らせるでしょう」。
次なる目的地: 火星
最適な宇宙船工学のためのジェネレーティブ デザインの可能性を体現するNASAのミッションに、EXCITE (EXoplanet Climate Infrared TElescope) とMars Sample Return Mission (火星サンプル・リターン・ミッション) がある。
早ければ2023年秋の打ち上げが予定されているEXCITEは、気球を搭載したSUVに相当する大きさの望遠鏡で、遠くの恒星を周回する温暖な太陽系外惑星を研究する。望遠鏡の背面を支えるチタン製の足場と、観測装置の光学コンポーネントとして、恒星の周りを回る惑星を連続的に観測する紫外線イメージング分光計を格納する光学ベンチに、ジェネレーティブ デザインが活用されている。
マクレランド氏は、建築・デザイン系メディア『Dezeen』で、「現在の用途の中で、特筆すべきなのは光学ベンチでしょう」と述べている。「一般的な光学ベンチとは根本的に異なり、構造的性能もはるかに優れており、10個ほどの部品が必要だったものがひとつに統合されています」。
火星サンプル・リターン・ミッションは、火星に以前生命が存在していた証拠が含まれる可能性を持った岩石サンプルを収集し、その岩石を最終的には地球へ持ち帰るために探査車を使う。2027年の打ち上げが予定されているこのミッションで、NewtonはAutodesk Fusion 360を使用して、キャプチャリッド機構と呼ばれる重要なコンポーネントのジェネレーティブ デザインを行った。
現在、マーズ・パーセビアランス探査機はミッションの一環として火星表面でサンプルを採取し、それを金属製のチューブに詰めている。ローバーはこのチューブをサンプル回収ランダーに運び、それをESAが提供するロボットアームがランダーのロケットに入れる。その後、着陸船はサンプルとともに火星の軌道に打ち上げられ、別の探査機とランデブー。探査機はサンプルを受け取り、滅菌して、地球に届けるための最終的な探査機に預ける任務を担う。
ここに登場するのがキャプチャリッド機構だ。サンプルはロケットからオービターのキャプチャ・コンテインメント・リターン・システムに「放り投げ」られ、蓋付きの容器でサンプルをキャッチする。Fusion 360のジェネレーティブ デザインのおかげで、その蓋は人間が設計したものより30%軽量になっている。
「サンプルが入ったら、外に飛び出さないよう蓋を素早く閉め、サンプルの汚染を抑える必要があります」と、ミラー氏。「そのためには、非常に軽量で丈夫なドアが必要です。蓋の構造の設計に、Fusion 360のジェネレーティブ デザインが役立ちました」。
AI時代における成功
それがもたらす機会は明白だ。より低コストかつ軽量で、よりパフォーマンスの優れた部品があれば、宇宙船はより遠く、より長い期間宇宙へ行くことができ、より複雑で重要な任務を遂行することができる。
だが、ジェネレーティブ デザインは、すぐにホームランを打てるようなものではない。そこには、立ち向かわなければならない現実的な障壁がある。
マクレランド氏によれば、よくある障壁のひとつが既成観念であり、AIが作成する奇妙なデザインを見て、実際には製造できないと思い込んでいる利害関係者がいるという。ジェネレーティブ デザインされたものの多くは、実際にはアディティブ マニュファクチャリングやサブトラクティブCNCフライス加工、もしくはアディティブ マニュファクチャリングとサブトラクティブ技術の両方を組み合わせたハイブリッド造形で、簡単かつ安価に製造できる。
「このクレイジーな有機構造を見て、一般的な材料を使った通常のCNC加工プロセスで生み出すことはできないと考える人が多いのです」と、マクレランド氏は『Small Steps, Giant Leaps』で語っている。「CNC加工は、皆が思っているよりもずっと進歩しており、最近では5軸CNC加工で、想像できるものならほぼ何でも作れることが分かっています」。
ソフトウェアの限界もある。現在のツールでは熱パラメーターを処理できないのだとマクレランド氏は言う。だが、それも技術が進化すれば変わってくるだろう。「NASAでは、熱設計と構造設計の課題が相互に関連していることが多いのです。将来的には、熱伝導率を制限しながらも構造剛性の要件を満たすなど、構造的要件と熱的要件の両方を考慮したジェネレーティブ デザインが可能になることを期待しています」。
ミラー氏は、現時点で明確なのは、ジェネレーティブ デザインがこれからも発展していくことだと語る。「人類はAI時代の幕開けを迎えており、将来的に競争力を維持するため、どのエンジニアリング チームにとってもジェネレーティブ デザインの活用は絶対に不可欠だと確信しています」と、ミラー氏。「顧客に最適なソリューションを提供し、確実に成功させるという私たちの使命において、ジェネレーティブ デザインは非常に重要なツールなのです」。