メディア&エンターテインメント業界のオープンスタンダードが映画、TV、ゲームのイノベーションを促進
- メディア&エンターテインメント業界では、プロプライエタリ ソフトウェアへの依存によるワークフローのサイロ化、データの喪失、コラボレーションの問題が多い。
- その救済策がオープンスタンダードであり、業界のガイドラインの確立がアプリケーションやプラットフォーム全体におけるソフトウェアの民主化を実現する。
- オープンスタンダードに対する業界の合意形成によってワークフローの向上とコンテンツの高需要に応えるための成長がサポートされ、皆に利益がもたらされる。
1970年代、ソニーは民生用ビデオ市場にベータマックスを投入した。より低価格な競合製品であるVHSと比較すると、ベータマックスはより解像度の高い、高品質なフォーマットだったが、ベータテープはソニーのシステムでしか使用できず、消費者は高価なソニーのマシンを購入する必要があった。一方、VHSテープはどのメーカーのビデオデッキでも再生可能だった。ベータがソニーのプロプライエタリ モデルであるのに対して、VHSはオープンスタンダードだったのだ。どちらのフォーマットが成功を収めたのかは言うまでもないだろう。
現在メディア&エンターテインメント (M&E) 業界において、再び同じことがソフトウェアで起きている。プロプライエタリなソフトウェアやツールを制作している企業は、その座をオープンスタンダードの柔軟性を許容する企業に奪われつつあるのだ。
M&E企業は長年に渡って企業秘密の保護に慎重で、その事業をプロプライエタリの世界で展開してきた。それはワークフローのサイロ化、パイプラインの非効率、データのロックを引き起こしており、特に複数ベンダーによる共同作業には課題が多い。コンテンツ需要の高まりに直面しているこの業界には、アーティストがクリエイティブな可能性を最大限に発揮し、視聴者がエンターテインメントに求めるクオリティを提供できるオープンスタンダードが不可欠だ。
オープンスタンダードとオープンソース
オープンスタンダードとオープンソースは同じ意味で用いられることも多いが、その概念は異なるものだ。オープンスタンダードとは、アプリケーションやプラットフォームを横断してソフトウェアを民主化するために業界で確立されたガイドラインで、相互運用性を促進し、拡張可能なファイルフォーマットやテクノロジーの実現を目的としている。
オープンソースは、こうしたスタンダードを開発・実装するための手法であり、そのプロセスがコラボレーションと柔軟性を促進する。オープンソースはソースコードにアクセス可能なソフトウェアで、誰でも検閲、修正、改良を行えるため、スタンダードの実装に関するコンセンサスを得るための便利な手段として機能する。重要な違いは、オープンスタンダードがオープンソースソフトウェアに実装されることはあっても、すべてのオープンスタンダードがソフトウェアと関連しているわけではないという点だ。
コミュニティ全体の協力が要
何十年もの間、映画やゲームの制作は「これがいつものやり方だ」という信念により導かれたものであり、その「やり方」の技術やプロセス、システムは各企業によって異なっていた。こうしたメンタリティがパイプラインの断片化とワークフローのサイロ化をもたらし、複数のスタジオがプロジェクトに共同で取り組む際に、簡単なコラボレーションやデータ共有が不可能だった。だが業界をオープンスタンダードに合わせることは皆にメリットをもたらす。コミュニティが先端テクノロジーをどう活用するかの足並みを揃えれば、ワークフローは向上し、業界全体の成長が支えられる。
オープンスタンダードの確立と発展には、利害関係者と業界リーダーによるコンソーシアムの集団的な取り組みが必要となる。オートデスクはM&E業界のAcademy Software Foundation (ASWF) の創立メンバーだ。この組織は、リッチなサーフェスやマテリアルの作成とレンダリングツールのMaterialXや、エディトリアルシーケンス向けオープンソースAPIであるOpen Timeline IOなど、複数のオープンソースプロジェクトに関する法的枠組みやガバナンスを展開している。こうした共同での努力により、ソフトウェアの高い品質と定期的なテスト、全プラットフォームでの動作保証のチェック&バランスのシステムが構築されている。
ターゲットとなるオープンスタンダードとオープンソースのソリューションにおいて、こうしたコラボレーションが進展している。オートデスクとアドビが共同開発したOpenPBRはオープンソースのシェーディングモデルで、あるソフトウェア環境から別のソフトウェア環境への、よりアーティストフレンドリーな橋渡しをクリエイターに提供する。またオートデスクはメディアレビュー&プレイバック用ソフトウェアをOpenRVとしてオープンソース化して以来、DNEGのxStudioやソニー・ピクチャーズ・イメージワークスのitviewとともにコードを提供し、再生、レビュー、承認のための統一されたオープンソースのツールセットを構築するASWFのサンドボックスプロジェクトであるOpen Review Initiativeを具現化してきた。
先日、オートデスクはピクサー、アドビ、アップル、エヌビディア、Joint Development Foundationとの提携によりAOUSD (Alliance for Open Universal Scene Description) を設立した。ピクサーが2016年に導入したUSD (ユニバーサル・シーン・ディスクリプション) を、AOUSDが2023年に成文化した公式規格がOpenUSDだ。ツールの相互運用性とレイヤー化されたリッチなビジュアルを作成するための3Dデータ交換を可能にする技術であるUSDを採用しており、それを公式規格にするよう提唱している。ピクサーの『リメンバー・ミー』に登場する死者の国の複雑なセットを思い浮かべてほしい。そこで目にする全ての要素がUSDアセットだ。
USDは非常にパワフルかつ柔軟なため、各スタジオはそれを長年にわたって異なる方法で使用してきた。そのため、ソフトウェアパイプラインは必ずしも完全に相互運用できるものではなかった。この連携の目標は、USDの使用を成文化して規格化することで、業界の誰もがより相互運用性の高いソフトウェアとパイプラインを構築できるようにすることにある。OpenUSDが形式化されたことで、アーティストは細部に気を揉むことなく、目の前のクリエイティブなタスクにお気に入りのツールを使用することに集中できる。
オープンスタンダードを形式化するメリット
オートデスクのM&E向けインダストリークラウドFlowのようなクラウドベースのプラットフォームの採用には、オープンスタンダードの隆盛が不可欠だ。ゲームやTVシリーズ、映画などのメディアプロジェクトは、複数の貢献者によって実現する。全員がクラウド上のオープンツールで作業することで、情報はリアルタイムで簡単にやり取りできるようになり、プロジェクトは加速し、コラボレーションが促進される。クリエイターたちは、プロジェクトの担当部分を別形式に変換することなく、同一のキャラクターへ同時に取り組むことができる。
オープンスタンダードは、断片化した非効率なパイプラインでは失われてしまうデータも保全する。メディアプロジェクトの複雑化は進んでおり、ペタバイト級の膨大なデータセットが作成されることもある。そうした複雑さを処理するには規格化が必要であり、規格が無ければデータによって制作が管理不能になりかねない。クラウドベースのノンリニア環境で、ハンドオフ前にファイルのダウンロードや変換の必要無しに作業できるということは、最終的にデータロスを削減し、制作プロセスを合理化する。
オープンスタンダードはまた、より良好な異業種コラボレーションを可能にする。建築・エンジニアリング・建設 (AEC) 業界におけるデジタルツインなど、他の業界では既にUSDが使用されている。Autodesk Revitでデザインした建築モデルがゲームの背景や映画のバーチャルセットに使用されるような未来を想像してみてほしい。オープンスタンダードの世界は、より大規模なコラボレーション、より多くのクリエイター、より迅速なワークフローとより効率的なパイプラインを促進するコネクテッド データへとつながるだろう。
イノベーションの未来
ゲームやエピソードから映画まで、新たなコンテンツの需要が膨大であることは明らかだ。企業は、より多くのコンテンツを開発し、拡張現実や仮想現実の限界に挑戦するなど視聴者に訴求する新たな手法を生み出すことで、この需要に応える絶好の機会を手にしている。
企業各社が一丸となってオープンスタンダードの開発、提唱を行えば、誰もが対等なプレーヤーとなる。中小企業は、業界ルールを決定しがちな大手スタジオになかなか追いつけないことも多い。オープンスタンダードは参入障壁を下げ、誰もがクリエイティブな場で貢献、協力し、より多くのアイデアをもたらす機会を提供する。
何百人、時には何千人ものアーティストの仕事がまとまり、ひとつの物語へと昇華するのを目にするのは最高であり、私が家族と映画を観るのが好きな理由のひとつもそこにある。現在利用できる素晴らしい技術により、アニメーションや視覚効果はかつてないほど向上している。オープンスタンダードとオープンソースソフトウェアがM&Eのイノベーションの加速を後押しすることで、それはますます向上していくだろう。