デジタル時代における人材ファーストの企業文化の構築
- デジタルがあらゆるものを変えているが、新しいテクノロジーへの投資を急ぐあまり、人間がないがしろにされることがある。
- DX計画の中心に人材を据えた企業だけが、テクノロジー投資から最大限の価値を得ることができる。
- 最先端の企業各社は、デジタルを社員の安全・安心と生産性、意欲の確保に活用している。
デジタル技術は仕事のあり方を大きく変えつつあるが、ソフトウェアもハードウェアも、人間の頭脳による創意工夫に勝つことはできない。現在も人間がビジネスの要であり、DX (デジタルトランスフォーメーション) の取り組みにおいて、人的要因の無視は失敗のもとになる。
IDCの最新の調査によると、社員のスキルセットや働き方の変化に対応する準備ができていないと認めている企業は60%以上にも及ぶ。
そして、それは技術の進歩、ツールの活用によるAIやXRなど外部の専門知識の現場への導入、エンジニアリングやメンテナンスの遠隔サポートの拡大による、現在進行中のグローバルな労働力シフトをさらに複雑なものとしている。
こうした方向転換は、人間がプランニングの中心となっていなければ成功しないだろう。IDCによると、最大の成功を収めるDXのプログラムは、企業がデジタル技術を活用し、スタッフの生産性、協力、安全性を確保したときに実現する。
それは、実際にはどのようなものだろう?
- 社員は重要なリソースにいつでも、どこからでも、そしてどんなデバイスからでも、常にトラブルなく、シームレスにアクセスして効果的に連携可能。工場や現場はスマートかつ安全・安心で、サステナブルな状態となる。
- 自動化と機能強化 (データ分析、AI、ロボット) が社員のタスク、プロセス、意思決定をサポートする。
- 社員は単純で繰り返しの多い仕事から解放され、より有意義な仕事に時間を使えるようになる。
- 人材育成のパイプラインを充実させるため、既存のスキル、経歴、アップスキルや再教育の方針など、企業のニーズの可視化が必要となる。
- 定年退職や人材流出、重点事業の変更で失われがちな組織の知見の取り込み、再現が可能となる。
IDCで欧州デジタルトランスフォーメーションプラクティスリードを務める本調査の主席アナリスト、ジュリア・カロセッラ氏は「AEC業界も製造業界も、デジタル投資を成功させるには人材ファーストの戦略を採用する必要があります」と述べている。「それには、繰り返しの多いタスクやプロセスを自動化することで社員の時間を解放し、価値の高いタスクへの集中や新たなデジタルスキルの習得を可能とすることが含まれます」。
その例として、カロセッラ氏はオーストリアのインダストリアルデザインスタジオEdera Safetyを挙げる。パンデミック発生当初、同社の製品チームは早急にリモートワークへの移行が必要になった。クラウドベースの連携ツールを活用することで、新製品のデザイン、プロトタイプ作成、製造開始を記録的なスピードで行うことが可能となり、中にはわずか3カ月で完了したものもあった。
「デジタルプラットフォームは、全員がオフサイトで業務を行っているにもかかわらず、チームとしてより密接に協働するのに役立ちました」と、カロセッラ氏。「プロトタイプ作成や生産パートナー各社と連携することで、記録的な速さによる市場投入ができたのです。デジタルでの業務へと急激な転換を行う前は、製品のコンセプト作成から市場投入までに2年かかるのが通例でした」。
デジタルジャーニーを各レベルで支援
Ederaは注目すべき例となったが、企業はそれぞれが異なり、パンデミックの教訓の実現に時間がかかる場合もあるだろう。ソフトウェア会社XpertRuleで製造部門のディレクターを務めるイアン・クロスリー教授は、持続的な利益をもたらすには、DXに向けた技術の先を見通す必要があると話す。
「DXの推進は、トップダウンでもボトムアップでもいけません」と、クロスリー教授。「経営幹部から現場の人間まで、全員の賛同を得る必要があります。これは、社員のスキルアップと権限の移譲であると同時に、会社の新しい効率化を推進することでもあります。ひとりひとりが、自身へのメリットを理解することが必要です」。
クロスリー氏は、このトランスフォーメーションのメリットを伝えることに、多くの課題があると考えている。「本当の問題は技術ではないと思います」と、クロスリー氏。「文化を変える必要があるのです。そのためにはアイデアや経験、データ、知識を共有できるよう、コラボレーティブな環境で働くことに対して、人々がもっとオープンになる必要があります」。
「デジタル技術を推進する人たちの多くがテック畑の出身であり、彼らは全てにおいて、その回答がひとつだと考えているかもしれません。しかし、それを受け入れられない人、それを使って仕事ができない人、そのためのスキルを持たない人がいる場合には問題になります」。
ハッカー、ハスラー、ヒップスター
AECは、新型コロナウイルス感染症のロックダウンから早い段階で解放された分野であり、人材ファーストへの方向転換という点で先を行っていたのかもしれない。これは特に重要だ。建設業界は、これまで長年にわたり、建築業務やプロジェクト管理業務におけるデジタルスキルの不足に直面してきたからだ。
エンジニアリング/設計/建設のグローバル企業Mott MacDonaldは10年近く、重要課題としてデジタル適性の拡大に取り組んできた。同社は先日、約16,000名の全世界の社員を対象とするデジタルリテラシープログラムを開始した。これは9年以上にわたって行われているプログラムの、3回目の実施となる。技術、通商、マーケティングの3分野におけるデジタルスキルの習得を目的としたもので、デジタルイノベーションリーダーのジョン・レインズ氏は、各分野の人材を「ハッカー、ハスラー、ヒップスター」と呼ぶ。
「プログラミングのような技術的な側面を扱うのは簡単ですが、それだけではプログラム参加者の30%程度しかカバーできません」と、レインズ氏。「マーケティング担当や通商担当はどうするのでしょう? このプログラムでは、デジタルとイノベーションの領域で全員が共通理解が得られるよう、4つのパートを用意しています。重要な概念とそのビジネスへの適用方法を全員が理解するための“リテラシー”モジュール、既存の事柄を向上させるための“最適化”モジュール、全く新しいことを行うための“トランスフォーメーション”モジュール、そして使用する情報の価値を明確にし、ビジネスにおけるデータの流れを理解するための“情報管理”モジュールです」。
またMott Macdonaldではデジタルが解決すべき課題とイノベーションの手法を定義して、前進するための適切なリソースを特定するため、社内のリーダー200名を対象としたプログラムも用意している。「重要なのは人なのです」とレインズ氏は話す。
人材ファーストを基盤に
「Culture Eats Strategy for Lunch」の著者のひとりであるキャシー・ソレンセン氏は、「戦略と結果のギャップは人です」と話す。「戦略的な路線をどのように歩むにせよ、それを実行するのは人なのです」。
IDCのカロセッラ氏は、リーダーは組織における人とデジタルのギャップを評価するため、以下のステップを踏むべきだと話す。
- 社員チームを支える自動化と機能強化の度合いを調査する。それは最善か? 排除できる非効率な部分はないか?
- 再教育を目標にする。自動化により、社員は付加価値の高い業務および個人の満足度を高め、組織の利益にもつながる活動に集中できる。この移行を支援するために準備をしよう。
- 社員からのフィードバックを収集し、変化する社員のニーズに対応することで、社員のエンゲージメントの向上に取りかかろう。
「プロセスデザインには必然的帰結があります」と、レインズ氏。「プロセスを最適化するには、そこに含まれるステップを書き出し、どうすれば自動化できるかを検討しますよね。重要なのは、あらゆることを機械任せにしてはいけないということです。30%以上を目指すべきではありません。これを超えると、プロセスから人間による判断が除外されてしまいます」。
「関係者のウェルビーイングに基づき、慎重にデジタルの道を選択する必要があります」と、レインズ氏は続ける。「そして、これは難しい決断です。数学のように、漸進的な積み重ねではありません。“5歩下がって、右側に足を踏み出し、数歩前に進んでから歩き出す”ようなもので、全く新しいマインドセットが必要になるのです」。