プラスチックゴミの問題解決を責務でなくグローバルな機会に
70年前、製造業界はプラスチックの登場を革命だと考えた。プラスチックはガラスや金属などの材料より軽量であり、輸送に必要な燃料や生産原料のコスト低減につながる。高い品質と反復性を持つものを低コストで大量生産できる純粋な経済面から、医療機器で密封と滅菌を容易に実現でき、二次感染の危険を排除できるという衛生面まで、さまざまな理由によりプラスチックは製造業界で確固たるポジションを確立することになった。
こうした優れた特性により、プラスチックは日常生活でユビキタスな存在となった。エヴェレストの山頂や、さらに衝撃なことに人間の腸内など、その痕跡は思いもよらないところからも見つかっている。
プラスチックがもたらすグローバルな環境コストについて、消費者が理解を深めるようになった現在、もはや企業はその価値だけを拠り所にはできなくなっている。メーカーはプラスチックを使いすぎており、それは彼らも承知している。
プラスチックの使用は、どれほど過剰なのか?
過去40年間で世界のプラスチック生産量は4倍に増え、今や世界には83億tのプラスチックが存在している。これまでに生産されたプラスチックの圧倒的多数が、いまだに地球上に残っているからだ。ハーバード・ビジネス・レビューは、この生産ペースが維持されると、今後30年でプラスチックゴミは「地球を2重に包み込む」のに十分な量になると報じている。
2020年には、それは改善されなかった。ゼロウェイストのトレンドが勢いを増し、より多くの人が再利用可能な容器や水洗い可能な商品を購入するようになった一方で、突如地球を襲った新型コロナウイルス感染症が、消費者をプラスチックに依存した使い捨ての世界へと連れ戻したのだ。コロナ危機により世界各地でマスクや手袋、除菌スプレーのボトル、保護具や防護服、検査キット、テイクアウト用の容器、デリバリー用パッケージなど、プラスチック製品の急速な生産拡大に拍車がかかった。これらはどれも、ロックダウンと衛生に敏感な新しい生活様式における中心的アイテムだ。例えばバンコクでは、2020年4月にはプラスチックが前年比で62%も多く使用された。パンデミックで生じた市場への影響と新たな機会により、プラスチック市場は今後数年間の加速的成長が予想されている。だがパンデミック禍における安全性の要求で引き起こされた、こうしたプラスチックの市場機会は、今後の厄介な問題でもある。
それほどまでの経済的利点があるプラスチック製造の、最大の問題がゴミだ。消費者が廃棄する使い捨てプラスチックは、年間経済価値にして10兆円以上 (PDF p.15、p.25 参照) に相当する。例えばプラスチック製のカトラリーの場合、その多くはたった数分使用されるだけで捨てられ、最終的には埋め立てゴミになってしまう。世界のプラスチックのうち、リサイクルされるのは9%未満に過ぎず、残りは焼却処分されるか埋め立てゴミになる。さらに酷いことに、プラスチックによる汚染問題は自然にも影響を与えている。特に問題なのがプラスチックによる海洋汚染だ。
プラスチックがほとんどリサイクルされない理由
その短期的な理由は、バージンプラスチックがリサイクルプラスチックより安いためだ。
- バージンプラスチックは安価な原油から製造される。原油コストは既に低下傾向だったが、2020年の原価価格急落でバージンプラスチック価格が暴落したことで、その短期的な経済的訴求力が向上した。その一方で、非効率な回収システムによりリサイクルプラスチックのコストは高止まりし、一部地域のメーカーはリサイクル製品の活用からバージンプラスチックに再転換したことで需要は高まっている。
- プラスチックのリサイクルは逼迫しており、インフラの効率も悪い。中国が自国の汚染悪化を理由に米国のプラスチックゴミの受け入れを拒否し始めた2018年以来、米国ではリサイクル業界の受容キャパシティを超過しており、プラスチックゴミを埋め立てに回したり、他国へ送ったりするようになっている。こうしたお粗末な対処の結果、米国は今や世界最大のプラスチックゴミ排出国となった。プラスチックゴミの問題は、かつてない緊急度に達している。プラスチックゴミ処理場の建設が求められており、政府による対策も必要だ。
- プラスチック生産が規格化されていないことが、リサイクルの非効率性の原因となっている。従来の機械的なリサイクル技術では、さまざまな種類のプラスチック、さまざまな色のプラスチックを混ぜることができない。そのため、リサイクル業者にとっては同種のプラスチックを大量に回収し、その単一材料のリサイクルに見合うだけ、十分に溜め込むことが重要になる。一例をあげれば、リサイクルのコストに見合うほど大量のプラスチック製フォークを回収するのは非常に難しい。そのため、プラスチック製フォークはほとんどリサイクルされていない。
規格化が進めば、つまりプラスチック製フォーク全てが同種類のプラスチックで、かつ同じ色で製造されれば、リサイクルの採算に見合う数を集めることも、より簡単になるだろう。NextGen CupやBeyond the Bagチャレンジなどのイニシアチブは、基礎研究レベルで大企業を集結させ、紙コップやポリ袋など広く使用されている製品の再考を促すものだ。その目標は、こうしたアイテムを製造ブランドを問わずに規格化し、全てをリサイクル可能にすることにある。
メーカーがプラスチック問題の解決策への着手に手間取る理由
まだプラスチックの排除に確信を持てない企業は、より環境に配慮したビジネスの実践を公表する競合に敗北を喫し、使い捨てプラスチックの無責任な管理に対する罰金を払い、プラスチック依存から脱却していないことで資金調達が困難になるなど、さまざまなリスクに直面するようになった。
とはいえ、安価かつ丈夫で用途が広く、慣れ親しんだ材料であるプラスチックからの移行は簡単ではない。これまで射出成形装置やその他のプラスチック成形装置が利益をもたらしてきたことも多く、新しい材料や機械への投資の正当化が難しいこともあるので、CEOによるコミットメントなど、社内でのリーダーシップが重要だ。
この困難だが必要な転換を無視すれば、それ相当の結果とコストが生じる。一方で、そうした飛躍の準備が整っているビジネスにおいては、この上ない機会になるのだ。
プラスチックゴミ問題の解決に貢献するメリット
世界各地で登場しているプラスチック禁止令などの規制措置が解決策となる可能性もあるが、最も有望なのが消費者のパワーだ。変化を強く求める世界中の人々が、その意思を購入段階における選択で示している。それはメーカーに新たな需要に応える機会を提供し、以下のような利点をもたらす。
- 運用コストの削減。フランスのインダストリアルアーキテクト/デザイナーであるフィリップ・スタルク氏は、イタリアの家具メーカー、カルテルとパートナーシップを結び、同社が生み出した産業廃棄物を原料とする100%リサイクル材料を使用した椅子をデザイン、製造している。カルテルは自社の産業生産から生まれた廃棄物のみを由来とする材料を初めて使用しており、それにより原材料と廃棄物処理のコストが削減される。
- 競争上の優位性を構築。既に消費者の3人に1人はサステナビリティが考慮された製品を選択するようになっている。メーカーはサステナブルな新製品やサービスにより36.8兆円もの収益向上を見込め、それらを提供することで顧客の信用と支持を得ることができる。
- 新規投資を検討。2020年初め、多国籍資産運用会社ブラックロックのラリー・フィンクCEOは、CEO向けの公開書簡「Larry Fink’s 2021 letter to CEOs」で、投資家にとっての新たなベンチマークが企業の ESG (環境、社会、ガバナンス) 方針であると述べた。氏は企業のエネルギーと材料の使用、社員の健康、安全、多様性、企業倫理、株主の権利、役員報酬方針の重要性を強調している。バンクオブアメリカ・メリルリンチのアナリストは、今後20年間でESG投資は2,000兆円に成長すると予測している。
製造業がプラスチック使用量を削減する3つの方法
メーカーにとって、これは単なる機会ではない。プラスチックの過剰使用からの移行を開始する責任があり、この深刻で必要とされる転換の加速に役立つ対策を講じることが可能だ。
1. プラスチックの代替材料の採用
材料レベルでは、メーカーは再生可能な材料や、市場に登場してきた化石燃料に代わる他の材料を利用することができる。
その例を挙げると:
- キノコ繊維は発泡スチロールの代わりに使用できる。
- 魚の皮と藻類は包装フィルムの代わりに使用できる。
- Arkema、SABICなどの企業がデザインするバイオプラスチック、生分解性プラスチック材料は自動車や電子機器など数々の業界で代替材料として使用されている。
こうした最先端のサステナブル材料の導入をスタートさせる機会は多く、利点もある。企業によっては、カスタマーがより環境に優しいアイテムを購入できるAmazonのClimate Pledge Friendlyチャンネルで自社製品の販促を行える認証を取得している。
2. サーキュラー モデルの採用
ビジネスモデルのレベルでは、一部の企業は自社のプラスチック製品のデザインとライフサイクルを見直し、サーキュラーモデルを導入するようになっている。例えばショッピングプラットフォームLoopは、食料品店と製品包装に改革をもたらしている。同社は、有名ブランドによる再利用可能かつ回収可能な包装の創造と使用を推進。利用者はステンレス製容器によるハーゲンダッツアイスクリームの購入や、ガラス瓶でのダヴのデオドラントの購入ができる。
再生可能なサーキュラーエコノミーへの移行を推進、支援するEllen MacArthur Foundationは、プラスチック包装の20%を再利用可能な包装に転換するだけで、サーキュラーモデルが1兆円相当のビジネス機会となると推定している。現在イケア、SCジョンソン、フィリップス、ブラックロックといった有名企業が、この財団と戦略的パートナーシップを結んでいる。
3. 新たなテクノロジーを実装する
業界転換を支援するよう、テクノロジーも発展している。Autodesk Moldflowソフトウェアなどのデザインツールは、デザイナーがデザインプロセス全体を通して代替材料をより簡単に盛り込み、製品のリサイクル可能性における各材料の影響を把握し、商品の製造に必要なエネルギーを予測するのに役立つ。Autodesk Fusion 360は、100%再生可能な材料を使用した高性能ポリマー、ArkemaのRilsan PA11など、サステナブル材料の価値をより簡単に把握し、それらを使用、選択する能力をデザイナーに提供する。
AIなど、その他のテクノロジーも製品ライフサイクル全体を通じて活用できる。例えばAMP Roboticsは廃棄物管理施設にAIとロボットを使用し、リサイクル可能な材料とそうでない材料を素早く分別することで最終的なリサイクル率を向上させている。
システムチェンジこそが進むべき道
残された時間はない。二酸化炭素排出量の緩和を今すぐに行われなければ、人間社会はパリ協定の目標である1.5°Cより大幅に気温を上昇させると予測されている。既にプラスチックゴミは、化石燃料を使用する生産から、寿命を終えても生態系に留まる特性まで、地球温暖化の大きな原因となっている。プラスチック生産は2050年までの二酸化炭素の世界の排出量の15%を占めると予測されており、これは世界全体が輸送で生み出す二酸化炭素排出量に相当する。そして何の行動も起こさなければ、2050年に海洋に存在するプラスチックの重量は、魚以上になる (PDF p.14) 可能性がある。
メーカーの果たす役割は大きいが、消費者も重要かつ大きな役割を果たす。消費者はプラスチック使用の変化を求めて、各社に圧力を与え続けることができる。2018年、グリーンピースはプラスチック汚染の主原因となっている有名ブランド10社を名指しした。その結果、全ての企業がプラスチック使用を削減し、サステナビリティ宣言とリサイクル製品の使用拡大に向けた最新のパブリックエンゲージメントを採択することとなった。2019年、スーパーチェーン大手のトレーダー・ジョーズは、よりサステナブルな包装を目指すと発表。会社を動かしたのは、グリーンピースに提出された、約10万名の署名を集めた嘆願書だった。
NPOのBreak Free From Plasticは先日、恒例となっている世界の汚染源ワーストブランド監査の2020年度版を発表した。消費者はこうしたデータを活用するだけで、情報に基づく選択によるブランドの支援を行うことができる。
エレン・マッカーサー氏はCircularity 20カンファレンスのオープニングビデオで「世界共通の責務は、不要なプラスチックを排除し、必要なプラスチックに革新をもたらし、プラスチックが確実にリサイクルされるようにすること」だと語っている。プラスチックの使用は (特に医療目的においては) 必要であることはマッカーサー氏も認めているが、それは実際の価値を生み、海にあふれださない範囲に留めなければならない。
人類には日々の暮らしから、そして最終的には生態系からプラスチックを排除するようデザインできる集団知を備えている。メーカーにとって、プラスチックを排除するためにビジネスモデルを再考することは、サーキュラーエコノミーで提供される数百億円の価値を勝ち取る一方で、世界最大の急務の解決に寄与する可能性を得る貴重な機会となる。