スターバックス コーヒー ジャパンがBIMとVRで新たな体験を追求
2016 年、日本進出 20 周年を迎えたスターバックスは、日本における喫茶店文化そのものに大きな変化をもたらした。自宅と職場、学校の間に存在するサードプレイスの先駆者的存在として、心地よい体験を提供し続けている。
ショップのチェーン展開にはさまざまな形態がある。スターバックスの大きな特徴のひとつが、現在国内で展開している 1,245 店舗 (2016 年 12 月時点) のほとんどが「直営店」であり、社内のデザイナーが店舗設計を直接手掛けていることだ。定型化されたデザインを落とし込む通常のチェーンストアのやり方ではなく、出店する地域の歴史的な文脈や、そこに住む人々のライフスタイルを考慮しながら、各店舗の設計にインハウスデザイナーが工夫を凝らして取り組んでいる。だが、最初からそうだったわけではない。
1996 年、初出店となった銀座松屋通り店の広々とした店舗は、「北米以外で初のスターバックス」としてニュースで大きく取り上げられた。当初、店舗はシアトル本社から渡される定型化されたデザインをもとに、日本の法規や空間特性に準ずる形で設計されていたという。その後、世界各国に進出していく中で、本社からの指示はよりコンセプチュアルなものに変わり、各地域での創意工夫が試されるようになっていった。
スターバックス コーヒー ジャパンの店舗設計部は、世界に 18 あるスターバックスのデザインスタジオのひとつに位置付けられ、“ジャパンデザインスタジオ”と呼ばれている。在籍する約 30 名のスタッフのほぼ 8 割がインテリア デザイナー、もしくは建築士の資格を持つスペシャリストで、実に年間 100 店舗以上の新規出店に伴う設計を行なう。
さらには、最大で年間 150 店舗に及ぶ既存店のリモデルも手がける。グローバルブランドの顔としてデザインの一貫性を保つ一方で、日本やその地域の文化を理解し、その客層に訴求する魅力的な店舗設計のスピーディな提供を求められる環境にいるのだ。
全てのデザインを BIM で
2009 年、スターバックス コーヒー ジャパンの店舗設計部は従来の 2D CAD を置き換える形で、既にシアトル本社で運用されていた BIM ツールの Autodesk Revit を導入。同部部長の髙島真由氏は、その状況を「トレーニングする準備もなく、システムを整備する担当者も不在のまま手探り状態でトライしたため、デザイナーそれぞれが違う描き方で始めてしまったんです」と振り返る。
髙島氏は「Revit では、どんなやり方を使っても、作業はできてしまうんですね」と笑う。「極端な例でいえば、発注相手の情報が各ファミリ (3D モデリング用の部品) に紐付いているにもかかわらず、それが情報として取り出せなくて別のデータに手入力するなど、BIM の属性情報を有効活用できない、混沌とした状態になっていました」。
この状況から脱却するため、作業工程の抜本的な見直しを実行。「各デザイナーにヒアリングしながら、まずは使用する機能を、店舗の設計図を仕上げるために最低限必要なものへ徹底的に絞り込みました。全員の情報を集めて“歯列矯正”のように、まずは皆が同じレベルで作業できるものにしたんです」と、設計企画チームの高尾江里氏は振り返る。その作業が功を奏し、現在では全ての店舗設計に Revit を使ってスムーズな作業が行われている。
その VR 体験は、実際の店舗で働くパートナーも違和感を感じないレベルだったという。「実はその体験日の前日、アークヒルズ店で働いているバリスタが偶然スターバックス コーヒー ジャパンの本社オフィスに来ていたので、こっそり先に VR を試してもらったんです」と、高尾氏。「実際の建築に使った BIM データを使っているので当然なんですけど、“毎日、ここでサイフォン触ってます。幅も高さもそのままで、お客さまが座ったときも、この角度です!”と言ってくれました」。
「これまでは建設部やオペレーション担当などデザインの理解が必要な部署には、仕上がりを想像してもらいながら説得していた部分がありました」と、髙島氏は語る。「今後は VR を使うことで、リアルなイメージを共有しながら合意形成できるのではないかと期待しています」。
ものづくりの面白さを体験できる支援
スターバックスは、震災復興支援をはじめ、地域のコミュニティにも様々な社会貢献活動を行なっている。店舗設計部は、北海道旭川市の助成金事業に参加し、テレワーカーを育成する取り組みを実施。これは過疎化対策として行なわれている雇用促進の一環であり、介護やハンディキャップなどの理由により働く意欲があっても家から出ることができない人を対象に、Revit の操作を習得して戦力になってもらおうという試みだ。
髙島氏は、「スターバックスは企業理念として、『より良い社会をつくるために貢献していきたい』という想いを常に持っています」と語る。「この取り組みはその理念にも合致していると感じたので、店舗設計部として初めてテレワーカーさんとの協業にトライしました」。
Revit のオペレーターが求められている現在、その技能を習得することが経済的な自立につながるのではないか、と髙島氏は語る。「どなたも Revit を初めて触る方々ですが非常に積極的で、操作が面白いと口々におっしゃいます。2D CAD とは違って、デザインを形にしていくことがリアルに実感でき、デザイナーと一緒にものづくりの面白さを体感していただけるようです」。