VR建築設計が実現する、よりスマートなモデルと優れたビルとは
- VR建築設計では、設計者や建築家が3Dモデルを作成し、関係者はビルの建設前に確認を行える。
- XRにより、ユーザーからのフィードバックやその他の入力データにもとづき、設計やBIMモデルを迅速に変更できる。
- 設計プロセスでVRを活用することで、各プロジェクトの建設段階で時間とコストを削減できる。
建築設計をコンセプトから現実のもととするまでには、大勢の人が関わる必要がある。設計者や建築家、エンジニア、クライアントでそれぞれ視点が異なるため、最も洗練されたデジタル モデルでも、その設計が現実世界でどのようなものになるのかを実感するには物足りない部分がある。
ハイパーリアルなバーチャル世界は、昔からゲーム業界の領域だった。「グランド・セフト・オート」や「コール オブ デューティ」を徹夜でプレイしたことがあれば、誰もがそう断言するだろう。だが、いまだにスローで紙ベースのプロセスに押し込められている建設業界では、没入型3Dモデリング ツールの活用は困難かつ時間を要するものであり、最終製品にマーケティング的な魅力を加えるためだけに適用されることも多い。
しかし、ゲームのテクノロジーから転用されたツールによって、それも変わりつつある。プロジェクト関係者が早い段階で適切なデザイン決定に到達できるよう支援する、本物さながらのインタラクティブ体験を、設計者がその技術スキルを問わず生み出せるようになったのだ。
xR (Extended Reality: VR、AR、MRなどの没入型技術) は、建築や土木、エンジニアリングのすべてに関連するものだ。プロジェクトに入札する建築事務所は、リアルなVR環境を作成することで、クライアントを建設予定の空間の内部へ案内できる。クライアントはデザインの向上へ積極的に関わることができ、その変更はバーチャル モデルへ即座に反映。デベロッパーは関係者を現地に案内して、ビルを完成前に販売可能だ。プロジェクトの完成後には、エンジニアがARを活用してビルの保守や機器の交換を行うことができる。
ゲームの世界からバーチャルな建築設計へ
ジュリアン・フォーレ氏は、ゲーム業界をルーツとするソフトウェア企業Unity のプロダクト担当副社長。同社のミッションの核となっているのが、リアルタイムかつインタラクティブなデジタル モデルを作成するツールの開発だ。
フォーレ氏は、没入型技術により、建築設計を別の視点から体験できる幾つかの手法を強調している。例えば競技場の場合、モデルによって、会場内の位置で試合の観覧体験がどう異なるのかをシミュレート可能。「シート配置の最適化、さらには建設以前に観覧個室を販売することにも役立ちます」。セキュリティ要件を検証する観衆の移動シミュレーションや、運用開始前の会場スタッフのトレーニングなどにも活用可能だ。
病院など複雑なプロジェクトを建設する際には、その設計段階でエンド ユーザーからの情報収集が欠かせない。「まだ実際に運用されていない、設計前の段階でフィードバックを得ることなどできるでしょうか? 唯一の方法は、その建物と外観、機能が全く同じ環境を作り上げ、その環境を没入体験することでフィードバックを得るというものです」。
エンジニアリング会社は着工よりずっと前の段階から、バーチャル環境を活用して、こうした設計変更を行っている。「外科医や医療スタッフ、看護師にVRヘッドセットを装着してもらうと、すぐに問題箇所が見つかります」と、フォーレ氏。それにより、2件の手術を同時に行えるよう手術室内部のレイアウトを変更したり、光が入り過ぎる窓を排除したりすることが可能。「エンジニアリングの知識を持たない関係者に空間を体験してもらうことで、貴重なフィードバックが得られます」。
もうひとつの例がUnityのロンドン オフィスで、このオフィスをデザインするため代理店のOneirosと施工者のM Moser Associatesは、室内環境のビジュアライゼーションをリアルタイムでコラボレーションするべくAutodesk 3ds Max ソフトウェアからUnityへのワークフローを開発している。
よりスマートで迅速、安全な建設
建築設計が変更不可となる前の段階で素早く修正することで、時間とコストを節約することができる。建設・施工会社は3D環境を活用することで、建設プロセスの順序を、より良好なものにすることが可能。インタラクティブなモデルにより、掘削やコンクリートの流し込み、プレファブリケーションされた空調ユニットの取り付け、レンガ積み作業、屋根葺きなど、各タスクの細かな手順に必要な時間を正確に示すことができる。フォーレ氏によると、こうした作業工程の改善により、企業によってはプロジェクトのスケジュールを最大35%も短縮できているという。
また着工後、現場のチームはARを活用してBIMモデルをオーバーレイできる。これは何千枚もの紙の文書やPDFをめくるより、ずっと簡単だ。
建築設計を完全没入型の3D空間へ移行することで、バーチャル環境を機械学習のテストラボ (実験機関) として使用する機会が生まれる。このラボでは、繰り返しシミュレーション実験を行い、そこで生じた課題からデザインを向上させることが可能だ。
例えば洪水や火事、爆発といったエッジケース (特殊な極限的状況) は、現実世界でのシミュレーションはほぼ不可能だ。こうした危険な状態をバーチャル環境で大規模に再現すれば、チームや自律システムの訓練に必要なデータを収集できる。
「こうした手法は、既に自動運転車両の学習では使われています。自動車メーカーは、必要な量のデータを収集するために、センサーを搭載した車両の大群を何十億kmも走行させる必要はありません」と、フォーレ氏。「いまだに事故や怪我が後を絶たない建築・建設業界でも、より優れた安全装置や建設用ロボット、ビル用センサーの開発に大きな変革がもたらされるでしょう」。
VRモデルは、音の感覚入力をシミュレートすることで、建築・建設の世界での音響工学にも対処できる。「世界の人口のほとんどが都市部に居住しており、そこでさらされている高レベルの騒音に数百万もの人が悩んでいます」と、フォーレ氏。「美しく、環境に配慮した空間だけでなく、防音が施された静かな空間を生み出すことも極めて重要です」。
BIMモデルをUnity のようなプラットフォームへ取り込むことで、設計者は施設内を通過して特定の材料に反射する音波の音響特性をシミュレート可能。このプラットフォームでは、木と石、窓の開閉に応じた反射音の違いを聞くことができる。
Unity Reflectは、Autodesk Revit用の3Dビジュアライゼーション プラグインで、BIMモデルを、メタデータを保持したまま、ほとんど専門知識の必要ない没入型3Dモデルへと変換。Revit モデルに加えられた変更は、即座に Unity Reflect モデルへ反映される。
「Unity Reflectが目指すのは、データ最適化のプロセスに必要な時間を数週間から数秒に短縮することです」と、フォーレ氏。Unityはオープンプラットフォームとして設計されており、さまざまな分野のデータソースを自動統合する。「モデルの一部分に機械エンジニアが、また別の部分にインテリア デザイナーが取り組んでいるのであれば、すべてのモデルをひとつに融合させることができます」 (SHoP ArchitectsはUnity Reflectをニューヨーク・ブルックリンで最も高い建築物となる住居用タワー、DeKalb設計のプロセスに統合している)。
バーチャルが現実となる日
フォーレ氏は建築・建設分野でのxRへの参入障壁が下がり、より直感的に使えるようになることで、シミュレーションをベースとする機械学習がさらに日常生活へ組み込まれていくことを期待している。反応性に優れたダイナミックな環境には、人間の行動を読み取るために機械学習による試行錯誤が必要だが、建築・建設のデジタル モデルは、その培養場所になれる。「家具が部屋に誰がいるのかを感知して、その人の好みに合わせられるようになるかもしれません」と、フォーレ氏。「誰が座ろうとしているのかを椅子が把握して、その人の身体に合わせて形を変化させる、というように」。
氏は、製造と建築・建設業界間のさらなるコンバージェンス (融合) と、ビル単位の建築・建設シミュレーション、周辺のアーバニズム (都市の生活様式) シミュレーションの相互運用性が高まると予測している。「自動車メーカーが自動運転車両をシミュレートするには、バーチャル環境内に建築・建設コンテンツが必要です。また各建築・建設会社は、設計に自律走行システムを組み込む必要があります」。
例えばデジタル モデルのセットにより夏の午後、建物内の立体駐車場へ車を駐車することで建物に加わるヒートアイランド現象をどう緩和できるか、という影響を検証できるかもしれない。こうした用途向けの建築・建設モデリング アプリケーションは退屈なゲームのように思えるかもしれないが、その累積的な効果は無限だ。今後のxRシミュレーションは、人だけでなくシミュレーション同士によっても改良されていくようになるだろう。そしてデジタル モデル同士が互いにコミュニケートするにつれ、そこから出される結論はゲームと同じくらい斬新で驚くべきものとなり、スマートなモデルからしか生まれ得ない、スマートなビルを実現できる可能性がある。
本記事は2019年10月に掲載された原稿をアップデートしたものです。