職場での VR 研修により変わりつつある実務学習
- 建設・製造業向けの VR 研修
- 関係構築の VR 研修
- ヘルスケア業界の VR 研修
デジタルの世界における創造は、コンピューターから始まる。だが材料を用いて成形を行い、ハードウェアや消費財の完成形にするには、ひたむきな職人のスキルが必要となる。それは建築の世界でも同様だ。この世界には、オンラインで済ますことのできないものが存在する。
だが VR のおかげで、そうしたスキルを教室におけるシミュレーションで教えることが可能になった。詳細な技術タスクから人前での話し方などのソフトスキルに至るまで、職場における教育と訓練のニーズが、あらゆる業界で高まっている。こうしたスキルの多くが、バーチャル ラーニングの持つ再現性による恩恵を受けることになる。VR ベースのイマーシブ ラーニングを提供する Strivr のデレク・ベルチ CEO は「このメディアはバーチャル環境に体験者を没入させ、現実世界での振る舞いを変化させられる、パワフルな手法なのです」と述べる。Strivr は、ロジスティクス部門の新人スタッフ研修から内勤職員を対象としたマネジメント スキル、対人関係スキルの教育まで、さまざまな訓練のニーズに対応している。
建設・製造業向けの VR 研修
バーチャル トレーニングは、建築やデザイン、看護などの分野にも取り入れられるようになった。建設業界では 3M などの企業が開発したツールが人気を博し、作業員の溶接や落下防止の訓練に利用されている。コネチカット州を拠点とするエネルギー企業 Avangrid は、風力タービン技術者向けに開発した訓練シミュレーションなど、より迅速に製造作業員を訓練する新しいプラットフォームも開発している。レノボの VR ソリューションは新入社員に、産業用機械修理の迅速な訓練を行うのに役立っている。同様のトレーニング ブームはオフィスワークにも起きており、グローバルな大手コンサルティング企業のアクセンチュアは、求人テクニックの共有に VR を活用している。
新型コロナウイルス感染症の流行を受け、教室での対面学習が中断されていることで、ついに VR トレーニングが主流となる可能性がある。ベルチ氏は、非常に多くの人が在宅勤務を行っている現在、リモートワークによる新入社員の雇用と訓練が、企業にとって優先事項になっていると話す。グローバル市場調査会社 IDC は、VR/AR のトレーニング市場が 2023 年には 85 億ドル (約 8,800 億円) に達すると予測しており、これは現在の AR/VR 市場 (1 兆 7,500 億円) の実に半分以上の規模だ。
IDC のアナリスト、ジテッシュ・ウブラーニ氏は「こうしたパンデミック期間における変化が、今や業界にプラスの影響を与えており、それによる転換が成長をもたらすことになるでしょう」と話す。ウブラーニ氏の調査によると、VR ヘッドセットのスタンドアロン製品の購入は 5 四半期連続で増加している。
VR 業界は期待とのギャップに悩まされつつも、急速な品質向上と価格低下で教育分野へ新たな基盤を築いてきた。VR 業界は、フライトシミュレーターなどバーチャル教室が持つ再現性は、経験と身体的な記憶を鍛えるのに最適だと、現在も繰り返しプッシュしている。そして、さらに多くの人々が VR に信頼を置くようになってきた。
関係構築の VR 研修
対人関係の改善、ダイバーシティとインクルージョンの理解、フィードバックの受容と伝達、社員の解雇などの「ソフトスキル」を授けるプログラムの作成が、このところの VR の成長を促進している。こうしたスキルのための企業研修は、従来は小グループでロールプレイングの形で行われることが多かったが、同僚と役割を演じることの気恥ずかしさや、シナリオを繰り返すことの難しさから、その効果は限定的だった。
「同僚とのトレーニングでは、どうしても仕事上の配慮やフィルターが存在しますが、シミュレーションにはそれがありません」と話すテック界の新興企業 PricewaterhouseCoopers (PwC) のスコット・ライケンス氏は、VR トレーニングの効果を研究してきた。VR ゴーグルを使用することで、従業員は同僚の前での失敗を恐れることなく、より没入的で多感覚を応用した、興味深い体験ができる。「より安心できる空間なのです」と、ライケンス氏。
また、時間とコストに関する効率も高い。PwC の研究によると、教室で教師から学ぶ場合と比較して、VR による学習では習得にかかる時間が 1/4 になり、これは会社のコスト節約にもなる。ゴーグルやトレーニング用ソフトウェアなど、テクノロジーやハードウェアへの先行投資は必要だが、VR プログラムのコスト競争力は、教室で 375 名以上が一緒に学習することに匹敵する。
それが企業向け VR ソリューションを検討する企業を後押しし、新たなプラットフォーム (Glue、Engage、Spatial など) は法人顧客向けにデザインされることになった。ライケンス氏は、コンテンツ作成には障壁があったが、今では多くのスタートアップがさまざまな業界向けに新たなトレーニングをデザインするようになり、その多くがソフトスキルに焦点を当てたものだと話す。
「いまでは企業向けのプラットフォームが存在し、ビデオやバーチャル ホワイトボード、ブレイクアウト機能などを用いたコラボレーションが可能です」と、ライケンス氏。「こうした新興技術が、既にその価値をもたらしています。今こそヘッドセットを装着し、自ら体験すべきなのです」。
昨今の大幅な技術変化により、より多くの企業が VR トレーニングを検討するようになったと、ウブラーニ氏は話す。Oculus Quest ヘッドセットは VR 体験を低コストで劇的に向上し、より多くの企業が VR への投資を実行できるようにしている。アイトラッキング技術の進歩により、仮想世界でユーザーが見ているものを、プログラムがより正確に計測できるようになった。これにより、画像処理能力をユーザーの視線の先にあるエリアにのみ集中させ、ユーザーの視界の忠実性とリアリティを高めることで、トレーニングはよりインタラクティブで効果的なものとなる。
ヘルスケア業界の VR 研修
看護分野でのトレーニング ツールとしての VR の増加は、このテクノロジーがコロナ時代に変遷する職場の要望を満たした典型的な例となっている。パンデミック発生後、患者数の増加によって病院での訓練は難しくなった。これは看護学生にとって、実地体験の機会が減ることを意味する。ボストンを拠点とする Oxford Medical Simulation のエデュケーション スペシャリスト、モリー・シュライヒャー氏は、VR がそのギャップを埋めるのに役立っていると話す。同社はニューヨーク大学看護学部やカンザスシティ大学医学部など、世界各地の 50 以上の医療システムや大学と連携している。
2018 年に設立され、無意識の偏見について学ぶトレーニングに VR の活用を開始した Shift は、新型コロナウイルス感染症を原因としたトレーニング上の課題に目を向け、ヘルスケア分野にも新たな機会を見出している。同社はスタッフを危険に曝すことなくコロナのシナリオを体験させ、シミュレーションされた病院内でウイルスを「見る」ことのできる感染防止トレーニング モジュールへと方向を転換した。ウェンディ・モーガン CEO は、それが Shift を瞬く間に成長へと導いたと話す。
Shift の共同設立者兼 COO であるマギー・ハベル氏は、最新の VR ラーニングにはハイエンドのオーディオビジュアルとハンドトラッキング カメラが組み合わせられ、「指の間を流れる水を感じられるほどリアルな」体験を生み出していると話す。
他の業界でも VR トレーニングの導入が進んでいる。エンジニアリング分野の大手コンサルティング会社 Buro Happold は先日、全オフィスに VR セットを導入した。Autodesk BIM 360 へコネクトされた InsiteVR を使用することで、エンジニアや建築家、設計者は建物の内覧、調整の話し合い、デザインの討議などをバーチャルで連携できるようになった。ニューヨーク オフィスでアソシエート プリンシバルを努めるポール・マクギリー氏は「部門間連携を取り入れたグローバルなコンサルティング企業である弊社のチームが、世界のさまざまな場所から一緒に建物内を内覧できることには心が躍りますね」と話す。
このテクノロジーにより、対人コミュニケーション、高次思考、コラボレーションへの対応も向上する。Strivr は、特にコロナの流行を受けて、VR を使用するユーザーの種類が変わってきたと感じている。これまで同社はベライゾンや Sprouts Farmers Market (スーパーマーケット)、フェデックス、ウォルマートなどに、年間でも最も忙しい日となる「ブラックフライデー」セールに新入社員を慣れさせるシミュレーションなど、倉庫やロジスティクス部門の前線で働く社員向けのトレーニングプログラムを作成してきた。だが現在、プログラムはより知識労働者向けのものとなっている。非常に多くのオフィスがリモート ワークが行われている中で、職場のそうした部門でスキル トレーニングが必要とされているのだ。「普及するまでに 3-5 年は必要だと思われていたものが、この 3-5 カ月で注目されるようになりました」と、ベルチ氏。
Strivr は「Black Lives Matter」運動以降、ダイバーシティ&インクルージョン トレーニング、セクシャルハラスメントの認知・対応の交渉トレーニングの需要も高まっていると見ている。AI と自然言語処理が向上することでアバターとのシームレスな会話が可能となり、より高度なマネジメント トレーニングが可能になるだろう。
知識の移転 (ナレッジ トランスファー) も、職業教育向け VR (と AR) の新たな開拓分野だ。ウブラーニ氏は、高齢化が進む熟練工と上級職のスキルを AR でキャプチャし、彼らの動きを録画して新入社員向けビデオへと編集することなどが議論されていると話す。それぞれ複雑で多様なスキルを VR や AR でキャプチャできるようになれば、制約もリスクもない練習空間という夢が結実するだろう。