製造業界におけるWYSIWYG: 見たままが得られる (日は近い)
初期のコンピューターをご存知だろうか? WYSIWYG (What You See Is What You Get: 「見たままが得られる」の意) エディタが登場する以前の話だ。当時は、画面上の表示と印字内容に全く相関性がないことが多く、それが何時間ものイライラを起こさせる原因となっていた。
その当時、キンコーズのようなコピーショップに文書を送っても、注文とは仕上がりが異なるモノが納品されることが多く、プロセスの時間やコストのムダになっていた。
まるで、映画「恋はデジャ・ブ」で、ビル・マーレイ演じるキャラクターの人生のようでもある。なぜか時間の中に取り残された主人公は、毎日ラジオから目覚まし代わりに流れるソニー&シェールの「アイ・ガット・ユー・ベイブ」で目覚め、苦痛なシナリオを際限なく、繰り返し体験する。初期の文書処理も、きちんとした文書が出来上がるまで、とにかく嫌になるほど試行錯誤を繰り返すしかなかった。
その後、さまざまなソフトウェア企業が WYSIWYG エディタを開発して、この問題を解決する。これでやっと、使用するコンピューターやプリンター (インクジェット、レーザー、デイジーホイール、ドットマトリクス) の種類を問わず、画面上の表示が結果として得られるようになった。
だが残念ながら、製造業界においては「見たままが得られる」環境は、いまだに実現していない。射出成形、3D プリント、複合材料をもってしても、製造業ではいまだに反復の繰り返しとプロトタイプが必要であり、時間とリソース、さらには作業者の正気を多いに消耗している。
ここで、デザインしたものの「見たままが得られる」世界を想像してみよう。それは反復を短縮でき、時間とコストを大幅に節約する。そして、それによって生まれるリソースの余裕を、単に「機能する」何かではなく、イノベーションや優れたオプションの検討、究極のデザインの創造に活用できる世界だ。
型から抜け出す
エンジニアたちは射出成形のデザインにおける不具合を確認するため、20 年前にもシミュレーションを使用していた。ただし、それが行われるのは、決まって壊滅的な状況が起こった後のことだった。実行可能なデザインやプロトタイプに行き着くまでに、エンジニアは数多くの試行錯誤を行わなければならず、それは遅延につながり、利益をむしばむものだった。
現在は費用のかかる問題に時間を取られる代わりに、デザイン段階でシミュレーションを使用して金型を作成できるようになっている。
その一例が、カー インテリア用のプラスチック射出成形パーツだ。画面上では完璧に見えるデザインも、射出成形プロセスで溶融温度やキャビティ (雌型) の圧力、充填速度、冷却速度の変動などによる不均等な応力がかかると、パーツが大幅に歪んだり縮んだりすることがある。
デザインは射出成形で得られる結果に大きく影響を与え、また金型で失敗すると何百万円ものコストがかかることもある。これは、製造設備を直接管理していない場合は特に顕著だ。
金属の 3D プリントに対する熱狂
アディティブ マニュファクチャリング (積層造形) における WYSIWYG の実現はさらに困難だ。プラスチックから金属、セメントに至るまで、3D プリントに使用される材料全てがプリント処理の前後でその形を変えるため、画面上の表示に近い産物へ到達するには、逆変形を適用する必要がある。
例えば、読者がインコネル合金を使用した 3D プリント製タービン エンジンを設計している、航空宇宙学のエンジニアだとしよう。プロトタイプと反復の繰り返しには何日もかかり、反復毎に 100 万円以上をつぎ込むこともある。アディティブ マニュファクチャリング パーツは一般的に少量で生産されるため、信頼できる生産プロセスに到達するのに 1,000 万円かかる場合、そのコストは必要となるパーツひとつひとつで償却する必要がある。20 個のパーツをプリントする場合、コストを回収するための金額はどうなるだろう? もし必要なパーツが 5 個だけだったら? 3D プリントという画期的な製造プロセスは、その最終結果を予測できないことが、採用の制限になっている。
複合材料
3D プリントと射出成形においては WYSIWYG の実現が難しそうだと思うなら、デザイン毎に独自の製造プロセスとなる積層複合材料の世界を想像してみよう。
炭素繊維複合材料は非常に堅く、極めて強度に優れ、軽量で耐衝撃性も高い。ボーイング 787 ドリームライナーに使用されて以降、炭素繊維複合材料は大きな注目を浴びるようになっている。飛行機の機体は、炭素繊維を巨大なスピンドルに紡績糸のように巻き付けて製造される。作業が進行するにつれ、各層に対して炭素繊維が正しい向きでレイヤーされるようスピンドルが動く。
複合材料は、一般的に炭素繊維を樹脂に組み合わせた繊維から作られており、さまざまな方向 (単一、折り込み、短切断) で層を形成している。その層をどのように重ねるかで、異なる強度や歪み特性が得られる。
非常に複雑なため、複合材料をシミュレーションで使用する方法を理解している専門家は多くない。だが、コンピューターが強度や荷重などの適切な性能特性を有する複合材料を識別できれば、適切な材料を選択可能となる。さらにコンピューターは、どういう製造プロセスが必要となるのか、またパーツの外観や動作を望み通りのものにするためにはどうデザインを修正するべきかを伝えてくれる。
失敗は早いうちに、もしくは失敗しない方法で
オートデスクは、製造業における WYSIWYG の問題を解決するべく、射出成形用のMoldflow、アディティブ マニュファクチャリング用の Netfabb Simulation、複合材料用の Helius PFA で、こうしたシミュレーション機能に取り組んでいる。
目標は、コンピューター内で製造プロセスを再現し、デザインしたものと得られる結果の違いを確認できるようにすることだ。結果が意図したものと異なる場合は、コンピューターがその修正法を提示するため、失敗の回数を減らし、十分な信頼性を有する製品に到達するまでの時間を短縮できる。
長期に渡るプロトタイプ作成の繰り返しに従事する代わりに、デザインを製造者に送って、自分の要求に見合った製品が得られるかどうかを見極められる可能性がある。現状では、あえて始めから大量生産に取りかかる者はいないが、適切な結果が得られると最初から確信できれば、反復サイクルを排除できる。そして、より多くの時間と費用を、より良い製品作りの可能性を検討するために費やせるようになる。
製造シミュレーションの近未来は、文書処理における WYSIWYG エディタの誕生に似ている。思い通りの結果が得られるようデザインを 18 回やりとりする代わりに、1、2 回の試作で作業を先に進められるようになるのだ。
今はまだ、冒頭の映画のように「アイ・ガット・ユー・ベイブ」が頭の中で繰り返す中で作業するのが習慣になっているかもしれない。だが、希望を持ち続けよう。WYSIWYG が製造業界の新しい日への扉を開く日は近い。