視点
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ANDREW ANAGNOST, AUTODESK CEO
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政策立案者はカーボンプライシングにより環境スチュワードシップを奨励し、イノベーションを促進すべきだ。規制によって消費者のデータを保護し、同時に顧客へより多くの価値を提供できるよう企業を導く必要がある。立法者は、企業が社員にオーナーシップを与えることや、そのスキルアップへの投資を奨励するべきであり、また多様性と帰属意識を促進するために同一労働同一賃金と情報開示を標準化するべきだ。
炭素排出量に価格を設定することは、企業により持続可能な選択をする動機を与える。例えば建築家には、よりクリーンな選択をするため、建材に内含される炭素量を測定するツールの使用が奨励される。
進歩は痛みを伴うものであり、それを緊張や衝突無しに実現できるのは稀だ。だが、社会的不公正や気候変動などの問題が気を滅入らせ恐怖を感じさせるものである一方で、それらが生み出す緊張感は、より良い未来へと導く可能性を秘めている。
私はステークホルダー資本主義、つまり社員や顧客、地域社会、株主など全ての関係者 (ステークホルダー) に利益をもたらすことを目指す経営理論が、より公平で持続可能な社会の実現をもたらすと考えている。だが、このステークホルダー資本主義そのものも、緊張を抱えている。
この運動を利他的な意図で牽引する企業のCEOが、突き詰めれば不誠実だという実体が批判されている。きれいごとを口にしながらも、これまで通りに株主を最優先し、社員や顧客、社会をずっと後回しにしているというのだ。
Business Roundtableの議長を務めるJPモルガン・チェースCEOのジェイミー・ダイモン氏によると、181名のCEOによるBusiness Roundtableは2019年、企業を「全てのアメリカ人に奉仕する経済」を生み出す方法で導くというコミットメントを行った。企業は変革のために立ち上がろうとしているが、この夢は単独では実現できない。公共部門による、民間企業のバックアップが必要だ。
貧富の差が拡大する中、企業に必要なのは無秩序な資本主義ではなく、CEOが正しい行動を行うための動機であり、全企業が同一のルールブックに基づいて行動することを確保するガバナンス構造だ。最良なのは、資本主義のアイデア創出とインセンティブを強化しつつ、その病を最小限に抑えることができる平等な社会だ。CEOは引き続き投資家を重要な支持層にできるが、社員や顧客、そして社会に対して正しいことを行うことが、ひいては投資家のためになる。
このステークホルダー資本主義が社会やビジネスにも利益をもたらす5つの理由と、それが機能する仕組み、実現のための政策を提言しよう。
政府や企業がカーボンプライシングを行えば、地球温暖化の原因となる二酸化炭素の排出量を減らし、気候変動の影響 (海面上昇や大気汚染による健康被害などの問題を緩和できる。以前述べた通り、政策は公害の原因を生み出す大企業に対してはマイナスの、そして再生可能エネルギーなどサステナブルなビジネス活動やテクノロジーへの投資に対してはプラスの誘因を提供する必要がある。
これは人と地球にとって正しいことであり、ビジネスにとっても良いことだ。カーボンプライシングにより、例えば人々は飛行機に乗るだけではなく、さまざまなコラボレーションの方法を考えたり、重要な商品やサービスの新しいサプライチェーンを模索したりするようになる。
その一例となるのが、スカンスカがマイクロソフトやCarbon Leadership Forumなどと協力して開発した、EC3だ。このツールは建築材料に内含される二酸化炭素量を計算し、より持続可能な建物を実現する選択を促進する。世界の温室効果ガス (GHG) 排出量の約40%を建物と建設が占めていることを考えると、これは大きな意味を持つ。
2021年、オートデスクはAutodesk Carbon Fundを立ち上げてカーボンプライシングを更新し、炭素排出量のネットゼロを達成した。また科学的根拠に基づいた温室効果ガス削減のための、次の目標を発表している。これを基にオートデスクは効率的な運営に注力し、ネットゼロカーボンと100%再生可能エネルギーのコミットメントを継続する。
その助力となるのが政策だ。税収中立の炭素税を導入することで、政府は経済全体の炭素削減 (運用で排出される炭素や材料に内含される炭素を含む) を促すことができる。これは、パリ協定の義務を果たすための正しいアプローチだ。
カーボンプライシングが機能する理由は、企業はカーボンフットプリントを相殺する責任を負うが、政府はその手段の厳密な規制を行わない点にある。企業は排出量を削減するのか、汚染に対してより多くの税金を支払うのかを、自らで決定できる。
低炭素イノベーションを促進し、それに逆行するような影響 (特に低所得者への影響) を軽減するには、炭素税で集めた資金を、必要とする人々の税控除の相殺、経済成長のための低炭素イノベーションへの投資に活用すべきであり、その資金を他の新たな、もしくは既存の政府プログラムに使用するべきではない。
オートデスクは施工会社による水漏れなどのリスクの早期察知を支援する機械学習ツールを提供しており、これは企業が顧客からデータを収集する際に、有益な知見を提供する機会となる
MITの科学者、「The Hype Machine: How Social Media Disrupts Our Elections, Our Economy, and Our Health」の著者であるシナン・アラル氏は、自身が「透明性のパラドックス」と呼ぶ、プライバシーと透明性の押し引きについて次のように説明する。「自由で民主的な社会においてプライバシーは不可欠ですが、その可能性を生かしつつ危険性を回避するようソーシャルメディアを設計・理解するには透明性が不可欠です」。例えば暗号化は、選挙の不正やテロ攻撃の計画など、ソーシャルメディアの負の側面を蔓延させることもできる。
これは複雑な問題だが、最終的にはプライバシー規制の強化と相互運用性の要件を通じて、顧客や消費者がこれまで以上に自らのデータをコントロールできるようにすべきだ。つまり、データがアプリケーション間でポータブルである必要がある。
業界のプロセスが急速にデジタル化されていく状況で、その未来はデータ倫理であり、企業と消費者が成功を収めるための公正な競争の場を生み出すことだ。消費者により多くのコントロール権限を与え、データを失わずにプラットフォームを簡単に変更可能とすることで、プラットフォームプロバイダーは単に注目を集めようとする代わりに価値を提供し、信頼を構築せざるを得なくなる。
オートデスクは顧客のプロセスの自動化、知見へのアクセスの提供、意思決定を支援するテクノロジーの提供により、顧客がデザインや製造を行うプロジェクトに、より良い成果をもたらしている。そしてその実現のため、価値の高いバーティカルサービスを構築し、多様なソースから多様なプラットフォームへの顧客のデータへの (プライバシー保護が強化された) アクセスを可能にする、オープンかつ拡張可能なプラットフォームを構築している。
私が世界の政策立案者に提言したいのは、プライバシーと相互運用性に関する国内基準を設け、単に閉じたネットワークを収益化するだけでなく、倫理的にデータを利用し、価値と革新性で競争するよう企業に動機付けをすることだ。
企業が財務目標を達成する一方で格差が拡大している場合に、ビジネスのインセンティブを調整し、従業員により多くの富をもたらす最良の方法として、株式の付与がある。
それにより、社員は給与だけでなく、自分の仕事で長期的な価値を得ることができる。401Kプラン、社会保障制度、メディケアなど、企業が社員にセーフティネットを提供する税制上の優遇措置は既に存在している。これは雇用主が被雇用者の長期的な経済的健全性を高めるために使うべきツールのひとつだ。
会社の財務上の成功を自らの義務と捉え、帰属意識を持ち、株主として会社の利益に同調する社員は、困難な状況においても、それを克服する助けとなるだろう。CEOは、通常は社員のエネルギーの80%を当てにしているが、100%のパフォーマンスを必要とする場面では「私を使ってください!」という声を聞きたいものなのだ。
そのひとつの方法としてオートデスクは2020年に、まだRSU (譲渡制限付き株式ユニット) を受け取っていない全社員に株式を付与している。またすべて新入社員がRSUの付与を受ける。
私は立法者に、企業が全社員の株式所有を拡大させるための (恐らくは税制を通じた) インセンティブの維持・強化を提案したい。
政府は社員スキルへの投資に資本投資と同様の税制上の優遇措置を与えることで、企業による社員の継続的なスキルアップや適切なスキル習得を奨励できる
企業は機械や建物への長期投資を資本償却できるが、人材への投資、特に社員が新しい職務に移るためのスキル習得のトレーニングへの投資には、こうした税制上のメリットは得られない。社員のスキルアップと適切なスキルの習得は、スキルギャップを解消し、帰属意識と充実感を高めて、テクノロジーの進化に取り残される人材の減少につながる。
企業が社員育成に (他の設備投資同様の) 税制優遇措置を受けられれば、社員を解雇して人材を再構築するのでなく、既存のチームをスキルアップさせることができる。企業が社員に投資することで、会社には社員への信頼と確信が生まれ、従業員の幸福度は高まり、ビジネスの成果も向上する。今後の解雇が完全に回避できるわけではないが、企業はその必要性を低減できる。
社員のキャリア開発についての情報を得るため、オートデスクは事業全体で包括的な分析を行い、スキルギャップを特定して、トレーニングと開発のための予算を確保している。政策的な支援があれば、さらに活動を強化できるだろう。私が提案したいのは、政府が人材への継続的な学習への投資を税制により (社員へ投資する企業に恩恵を与えることで) 奨励することだ。これは結果的に、経済的なメリットをもたらす。
多様性のあるインクルーシブな労働力がより良いビジネス成果を生み出すことには、さまざまなエビデンスがある。多様性の実現が難しく、その適切な実行がさらに困難なものであってもだ。フォーチュン誌によると、多様性と帰属意識を高める取り組みを成功させている企業では、前年比の収益成長率が24%高くなっている。
企業は同一賃金に関する法律や情報開示の標準化を促進することで、給与体系を後から修正するのでなく人材の採用時に適正化できる。
理想的なのは、各国政府が同一賃金に関する普遍的な法律と、性別、民族、職種別の同一賃金に関する情報開示に合意し、企業が多様で包括的な労働力へと歩みを進められるという状況だ。
企業はそれにより、より意味のある同一労働同一賃金監査 (PEA) を実施できる。類似業務を比較して給与の差を明らかにし、女性や有色人種にも同じ仕事に対して平等に支払われるよう修正が可能だ。このような監査には経験、技能、職務と階級、場所、通貨、年功など多くの要素が存在している。一方、同一労働同一賃金に関する法律は国や地域により異なる。重要なのは標準化だ。
同一労働同一賃金は、社員の性別や民族の多様性が高いほど意味がある。オートデスクは、多様性を高めるとともに、同一労働同一賃金への継続的な取り組みを強化。3年以内に、米国内の社員のうち少数派である有色人種の社員数を30%増やし、黒人の社員数を倍にするという目標を設定している。
どれも簡単なことではない。規制や法律、企業戦略でステークホルダー資本主義を実現するには何年もかかるだろう。だが満ち潮により全ての船が浮き上がり、より豊かな未来を株主だけではなく全ての人のために実現できるのであれば、あらゆる緊張と生みの苦しみも無駄ではない。
アンドリュー・アナグノストはオートデスクの現プレジデント兼 CEO です。