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建設施工分野における人工知能と機械学習の台頭

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建設施工分野には、機械学習や人工知能(AI)の新たなテクノロジーを活用できる領域が数多くあります。私はオートデスクの BIM 360 Construction IQ (旧名:Project IQ)チームの一員として、建設施工分野向けの機械学習の研究開発に参加する機会を得ました。

本記事では、この分野における進化の概要や、これらのテクノロジーの価値を最大限活用するために準備すべきことについて解説します。また、AI と機械学習が建設施工分野にもたらす可能性のある影響や活用事例についての広範なアンケート調査の結果もご紹介します。これらのテクノロジーは、リスク管理、スケジュール管理、下請業者の管理、安全管理、建設現場環境のモニタリングなど、さまざまな領域に変化をもたらしています。

建設施工分野における人工知能と機械学習

人工知能(AI)とは

AI についての一般的な認識は、「真剣に議論する価値もないただのファンタジー」というものから「世界を支配する存在」というものまで、両極端な意見に分かれています。しかし実際のところ、これらの両極端な意見の中間くらいに AI の真実は存在します。AI は、非常に広範な応用可能性が認められている研究分野のひとつであり、現代のテクノロジーを促進している大きな要因でもありますが、いわゆる「超知能」とはまったく異なるものです。

従来、人口知能(AI)とは何かを定義することは困難でした。「人工」という言葉の定義は簡単で、単に「自然由来でない」ことを意味します。一方、「知能」という言葉を定義しようとすると、研究者は出口のない迷路に陥ってしまうのです。「人口知能(AI)」は一般的に、コンピューター サイエンスから心理学、哲学、言語学にいたるまで広範な領域を網羅する科学分野を指します。もともとは、人間の知能が求められるタスクを、代わりにコンピューターに実行させることを意図した言葉でした。 このシリーズ記事は、AI の定義と歴史について深く掘り下げて解説しています。

昨今では幅広い作業に AI が適用されていますが、本記事では、一般的に広く知られている機械学習とディープ ラーニングの 2 つの分野を定義したいと思います。機械学習は、AI の分野のひとつです。人間が明示的にプログラミングしなくても、コンピューターがデータから学習してアルゴリズムを生成します。たとえば、スパム メールを識別するアルゴリズムを作成する場合は、まず人間が手動で大量のメールにスパムまたは非スパムのタグ付けをしてメール サンプルを作成したうえで、これをアルゴリズムに学習させる必要があります。アルゴリズムは、メール サンプルに含まれる特定の単語や単語の組み合わせから、スパム メールを特定するパターンを「学習」します。

ディープ ラーニングは、機械学習の専門的なテクニックのひとつで、近年開発された新しい手法です。人間の脳のニューロンをシミュレートするニューラル ネットワークという機械学習アルゴリズムに基づいています。このディープ ラーニングは、画像や言語処理の分野にいくつかのブレークスルーをもたらし、ホームアシスタントや自動運転車といった高度な用途の可能性を広げました。

 

要因

AI が学術分野として誕生したのはかなり前に遡ります。AI をテーマとする最初の会議が開催されたのは 1956 年でした。ただし、AI が大きな注目を集めるようになったのはここ 10 年間ぐらいのことです。その理由としては、近年大きな進歩を遂げたいくつかの要因が考えられます。AI を構築するには必ず、インサイトを導き出し強化するために、大量のデータが必要になります。この点において、過去数年間の技術の進化によって、莫大な量のデータが収集可能になりました。数年前の IBM のブログに、「過去 2 年間のうちに作成されたデータが全体の 90% に上る」と記述されています。今では全体の 95% に至っているかもしれません。このデータ収集能力の進化に伴い、データを分析するための計算能力も毎年指数関数的に増大し、計算能力にかかるコストは低減しています。そして現代ではあらゆるデータがクラウド上に保存され、データ処理に必要なリソースも利用可能になった結果、データ分析によるインサイトに基づいてより良い意思決定を行うという用途が一気に広がりました。

AI の用途

AI がいかに普遍的な存在となったかを考えると、その用途の幅広さが分かります。私たちは毎日何通ものメールを受け取り、その対応に必要以上の時間がとられています。しかし、悪意のあるスパム メールの数が、以前よりも少なくなっていることにはお気づきでしょうか?5 年前なら、「宝くじに当選しました!」というメールを毎週少なくとも 1 通は受信したものです。スパムの検出は、機械学習の用途として、ずっと以前から広く知られているもののひとつです。コンピューター プログラムは数千通ものメールから、スパム メールの特徴を「学習」しました。そして、通常やりとりをしていない送信者からのメールを識別したり、メール中のテキストから不正なコンテンツを検出したりできるようになりました。これはテキスト処理のほんの一例です。

画像解析

画像解析は、近年進歩を遂げたもうひとつの分野です。画像解析には大きく分けて 2 つの課題がありました。画像が何を示しているかを識別すること、そして対象物が画像中のどこにあるかを正確に特定することです。たとえば、ここに 1 枚の写真があるとします。この写真に猫は写っているか、そして、写真のどこに猫が写っているか、この 2 点を特定する必要があるのですが、

ディープ ラーニングの進化によって、これらの課題にブレークスルーがもたらされました。猫の検出が可能になったばかりでなく、今や新しい iPhone には顔認証によるロック機能が搭載されています。このアルゴリズムでは、写真を細部のディテールまで識別でき、さらにリアルタイムに判定できるほど処理も高速です。また、かつてのアルゴリズムは、写真に猫が写っているかどうかを検出するものでしたが、今では、どの写真に同じ猫が写っているかまでを検出できます。

この画像認識・検出アルゴリズムを他の AI テクノロジーと組み合わせることで、自動運転車のような魅力的な用途が実現します。自動運転車は周囲の状況を感知し、そのデータを使用して運転をナビゲーションすることができます。ここでは、周囲環境に存在するさまざまな物体を把握し、それぞれの物体の挙動や動作の違い、周囲環境における暗示的な規則性を理解するという複雑なタスクが要求されます。下の画像は、自動運転車でナビゲーションに使用されるビューの例です。このシステムは、歩行者、自動車、静止物を区別し、赤信号や一方通行などの標識の意味を理解し、物体間の距離を計算して動作を判断する必要があります。 この記事は、自動運転車のそうした仕組みやテクノロジーについて、詳細に分かりやすく説明しています。

さまざまなデータ ポイント

人間の心は、意思決定を行う際に 3 つから 4 つ程の異なるデータポイントを処理することができます。これは、人工知能において進歩を遂げたもうひとつの領域です。人間の心が処理できるのは 3 つから 4 つ程度の次元ですが、AI アルゴリズムにそのような制限はありません。たとえば、Netflix であなたへのおすすめコンテンツを表示するエンジンは、あなたの年齢や性別をふまえて、プロフィールが類似する他のユーザーに人気のコンテンツや、あなたがそれまでに視聴したコンテンツ、各コンテンツに対する他のユーザーのエンゲージメントやレビュー結果など、数多くの属性データに基づいて推奨内容を判断しています。

こうしたアルゴリズムに共通する要件として、学習には必ず大量のデータが必要となります。AI は、学習したデータに基づいて推奨内容やソリューションを導き出すため、その結果は学習したデータの質によって決まります。そこで、このテクノロジーの能力を最大限に引き出すためには、どのようなデータを収集するかを慎重に検討し、全ソフトウェアを通じて収集データを管理する必要があります。AI の世界には「garbage in, garbage out.」(ゴミを入れればゴミが出てくる)という有名な言葉があります。つまり、ゴミのようなデータを入力すれば、ゴミのように役に立たない学習結果しか得られません。

AI が建設施工分野にもたらす変化とは

施工分野のテクノロジーには、過去数年間にわたって多額の投資が行われてきました。その投資の大部分は、施工ワークフローにおけるさまざまなタスクのデジタル化を目的としています。BIM モデルの導入によって、建物の設計方法が変わり、プロジェクト管理や指摘事項管理のプロセスがクラウドへと移行し、運用管理の「センサー化」および自動化も進みました。データの可用性が向上したことで、施工における AI の用途は拡大しています。

ジェネレーティブ デザイン

ジェネレーティブ デザインとは、自然の進化方法を設計で模倣する形状探索プロセスです。コンピューター サイエンティストは、建物設計プロセスを支援する手法をいくつか見つけました。これらの方法では通常、設計目標を明確に指定することから始まり、その後、可能性のある無数のソリューションの組み合わせから最適な設計案を決定します。ひとつ事例を挙げて説明しましょう。

トロントのオートデスク チームは、この新しい設計プロセスで設計された新しい建物へと移動しました。研究者たちは、あらゆるニーズを満たす理想的な建物設計を導き出すために、ジェネレーティブ デザインを使用しました。作業プロセスはまず、オフィス ビルの利用者にとって重要な条件のパラメーター(近隣環境の好み、作業スタイルの好み、騒音、生産性、自然光、外の景色)をすべて把握することから始まりました。

それぞれの平面図には左から順に、近隣環境の好み、作業スタイルの好み、騒音、生産性、自然光、外の景色の各パラメーターのシミュレーションがオーバーレイ表示されています。
From left to right, each plan is overlaid with a simulation of the following parameters: adjacency preference, work style preference, buzz, productivity, daylight, and views to outside.

次に、物理的な場所の要件を理解するコンピューター システムに、これらの設計パラメーターが入力されました。そしてアルゴリズムが、すべての要件に適合する設計案をいくつか生成しました。建築設計者はそこから、スタイルの好みやその他の要件を満たす最適な設計案を選択しました。このアプローチでは、簡単に設計の反復を行い、いくつかの点を協議のうえ設計を修正し、最終的な設計を導き出すまでのプロセスをとても迅速に行うことができます。この記事で詳しく解説されているように、ジェネレーティブ デザインを利用すると、実践上の厄介な課題を解決できるだけでなく、プロジェクト関係者間のコーディネーションを向上し、工期を短縮し、開発プロセス全体の効率性と経済性を高めることが可能になります。

リスクの低減

建設現場では、リスクの評価と低減の取り組みが、毎日行われています。現場では、数百人にも上る建設業者が、さまざまに異なる分野の作業を同時進行している中で、数千件もの指摘事項が作成・管理され、あらゆることが絶えず変化し続けています。BIM 360 Construction IQ のプロジェクトでは、施工管理者、プロジェクト マネージャー、および現場監督がそうした指摘事項を管理する中で日々直面している課題を理解し、そのプロセスを AI によって改善する方法を見出すことにフォーカスして取り組みました。そして何人かの現場監督から話を聞き、彼らの現場を訪問し、作成されたデータを調べた結果、リスクの程度に応じて指摘事項に優先順位を付けることが、効率を改善するうえで役立つと考えました。

 

AI、特に建設言語分析を活用することで、指摘事項に優先順位を自動で割り当てることが可能になります。このアルゴリズムでは、たとえばある指摘事項に対処しなければ浸水が起こる危険性があるかなど、複雑な状況について理解し、予測することができます。さらにこのシステムは、さまざまなプロジェクトを監視している数多くの品質管理者が認識し、入力したデータを活用します。

たとえば、ある品質管理者が窓の外側の雨押さえが不完全であるという問題に気づいたら、BIM 360 Field に記録します。この記録作業を日常的に行うことでデータが蓄積され、結果的に水に関する潜在的な問題がある場合には AI アルゴリズムがこれらのデータに基づいて自動的にフラグを立てるようになります。その後、現場監督がダッシュボードですべての指摘事項を確認する際に、このフラグを認識します。現在、このシステムのパイロット版がリリースされていて、BIM 360 製品のユーザーは誰でも利用可能になっています。

このシステムはさらに、指摘事項における潜在的なリスクをすべてまとめて、担当の下請業者に提供します。システムはここで、下請業者に関するさまざまな要因を考慮します。たとえば、この下請業者によるこれまでの指摘事項管理の対処方法、現在の作業負荷、担当範囲の指摘事項の重要度などの要因です。次にアルゴリズムは、プロジェクトの各下請業者に「リスク スコア」を割り当てます。これは、各下請業者に起因するリスクの程度を示す指標です。施工管理者はこれに基づき、リスクの高いチームと共に作業する時間を優先させることができます。

安全性

施工における安全性は、あらゆる現場で最優先事項となります。BIM 360 Construction IQ は、安全性の問題に関連する行動やコンテキストを理解し、安全管理者の注意を喚起します。Construction IQ アプリケーションは、現場の安全性に関するあらゆる問題を自動的にスキャンし、死亡事故につながる可能性があるかどうかを示すタグを割り当てます。米国労働安全衛生庁(OSHA)は、2015 年の建設関連の死亡者の約 67% が、「致命的な 4 つの事故」、すなわち落下、激突、挟まれ、感電死に関連する問題であったことを示しています。Construction IQ のアルゴリズムは、この致命的な 4 つの事故の前兆となる安全問題を分類します。

Construction IQ アプリケーションは、プロジェクトの下請業者のリストと、「致命的な 4 つの事故」のカテゴリー別に分類した安全問題の内訳を示します。
The IQ application shows a list of subcontractors on a project and a breakdown of their safety issues by the “fatal four” categories.

このアプリケーションはまた、潜在的な事故の要因となる危険因子のインサイトや、39 種類の危険因子のどれに該当するかを示します。

Construction IQ アプリケーションによって検出可能な安全上の問題における危険因子。
A subset of the hazards that the IQ application can detect in a safety issue.

安全管理者はこれに基づき、どういった点に焦点を当てて計画やトレーニングを行うべきかを理解し、また安全点検を行う際に特定の問題に対してさらに注意を払うことができます。

昨今では、現場で毎日たくさんの写真や動画が撮影されています。建設作業員は皆、カメラ付きの携帯電話を所有し、指摘事項を作成する際には必ず写真を撮ることが標準的な手法となっています。空中撮影や、進行状況の計測などにドローンも広く使用されるようになりました。GoPro やスマート ヘルメットの使用も普及しつつあります。このようにさまざまな方法で膨大な量の写真が撮影されるようになった一方で、これらの写真を管理したり、インサイトを得るためのソリューションの開発は遅れを取っています。

Smartvid.io 社は、このソリューションの開発に取り組んでいるテクノロジースタートアップです。同社の提供するプラットフォームは、他のさまざまなテクノロジー ベンダーによるソリューションと統合し、あらゆる画像を一元管理できる機能を備えています。それだけではありません。同社のプラットフォームはさらに、AI を活用して何が画像に含まれるかを理解します。前述した自動運転車のように、画像に含まれるさまざまな物体を区別して認識できるのです。Smartvid.io 社が「スマート タグ」と呼ぶこの機能によって、システムによる写真の分類、検索が実現しています。

Smartvid.io 社のソリューションでは、はしごを下りている建設作業員の写真左側のタグが自動で追加されます。
In this image of a construction worker stepping off a ladder, Smartvid.io can automatically add the tags shown on the left to the image.

 

Smartvid.io 社は、施工に関する高度な概念を理解するスマートな検索機能を提供します。上の画像は、「天井の上」と検索した結果表示された、プロジェクトに含まれるすべての写真を示します。
Since Smartvid.io understands higher level concepts in construction, it provides for smarter searches. The above image shows all the images in a project for the query ‘above ceiling.’

建設業界における AI の未来に向けたオートデスクの取り組み

BIM 360 Construction IQ は、建設施工分野の品質を高めることを目的とする業界初の AI 製品です。オートデスクは本製品のリリース後も、可能性の限界を押し広げるための開発に取り組み続けています。そして施工の品質と安全性の両方の課題を解決するアプリケーションを構築しました。今後は、プロジェクト管理にも同様のアプローチを取り入れ、AI を活用したプロセスの強化を推進してまいります。

データ プラットフォーム

建設業界には、データ管理のソリューションを提供するテクノロジー ベンダーがいくつか存在しますが、各社のソリューションはしばしば互換性を備えていません。AI ベースのソリューションの能力は、あらゆるデータソースが相互に連携可能になって初めて、最大限に発揮されます。オートデスクはこのニーズに対応するために、サードパーティーのソリューションと統合可能なデータ プラットフォームの構築にも取り組んでいます。この取り組みによって、さまざまな施工会社がそれぞれに所有するデータをすべて、共通の分析レイヤー機能を備えたひとつのプラットフォームに統合することが可能になります。オートデスクは、企業資源計画(ERP)やプロジェクト管理などのデータ ソースもこのプラットフォームに取り込めるように開発を進めているほか、Smartvid.io 社、Triax Technologies 社、SmartBid 社などの建設業界のデータ関連企業ともパートナー提携を結んでいます。

新しい BIM 360 データ プラットフォームの概念アーキテクチャー。
Conceptual architecture of the new BIM 360 data platform.

Anand Rajagopal(アナンド・ラジャゴパル) は、オートデスクのデータ サイエンティストであり、BIM 360 製品チームのメンバーです。現在は、顧客と緊密な関係を築き、共に協力しながら、建設に特化した機械学習モデルを構築、テスト、導入する職務を担当しています。

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